カフェ ランバン:アメリカ合衆国 ハワイ島 コナ地区 グリーンウェル農園 エクストラ・ファンシー

カフェ ランバンのアメリカ合衆国 ハワイ島 コナ地区 グリーンウェル農園 エクストラ・ファンシーです。

カフェ ランバンは、実店舗が北海道札幌市にある自家焙煎珈琲店です。パナマ エスメラルダ ゲイシャや、エリーゼブルー、コピ・ムサンなど、世界的にも希少なコーヒーを飲むことができる喫茶店です。

アメリカ合衆国 ハワイ島 コナ地区 グリーンウェル農園 エクストラ・ファンシー

スポンサーリンク

ハワイ州

アメリカ合衆国の50番目の州となったハワイ州(State of Hawaii)は、ハワイ・コナが生産されるハワイ島(Island of Hawai'i)をはじめ、カウアイ島、オアフ島、マウイ島など、8島と100以上の小島から成り立っています。なかでも最も新しくできた島であるハワイ島は面積1万456㎢とハワイ諸島最大の島で、ハワイ州の他の島をすべて合わせた面積よりも大きいことから、「ビッグ・アイランド (Big Island)」とも呼ばれています。

ハワイ島には5つの火山があります。島の西部にはコナ・コーヒーの産地であるファラライ山(Hualalai Mountain)(2,521m)、島の西北端にあるコハラ山(Kohala Mountains)(1,637m)、世界最先端の天文台があるマウナ・ケア山(Mauna Kea)(4,205m)、地球で最も体積の大きいマウナ・ロア山(Mauna Loa)(4,170m)、マウナ・ロア山の南嶺には世界で最も活発な火山の一つであるキラウエア山(Kīlauea)があります。 キラウエア山は、2018年5月に噴火しました。

ハワイ島は火山でできた島のため、ハワイ島の沿岸部には白い砂浜ではなく、黒い火山性の砂浜となっている場所も多いです。

気候

ハワイ島の気候区分 「気候と気象」,ハワイ州観光局公式ラーニングサイト.

ハワイ島には、さまざまな気候が共存します。ケッペンの気候区分によれば、世界にある17の気候区分のうち、北極気候とサハラ気候を除く15気候があるとされます。

ハワイ島には、東から西へ貿易風(偏東風)が吹き付けます。これがマウナ・ケア山とマウナ・ロアの山にぶつかり雲を発生させるため、島の東部は降水量が多い地域です。島の西側は降水量が少なく、乾燥した地域です。

コナ・コーヒーが生産されるコナ地区(Kona District)は、ハワイ島西部に位置し、ハワイ州で最も乾燥した地域にあたります。

ハワイ州のコーヒーの歴史

カメハメハ2世、Wikipediaより

スペイン人のフランシスコ・デ・パウラ・マリン(Don Francisco de Paula Marín)が、1813年1月21日付けの彼の日記に、オアフ島(Oʻahu)にコーヒーの苗を植えたと記録しています。これが最初の栽培の記録です。商業用のコーヒー・プランテーションは、1836年にカウアイ島(Kauaʻi)のコロア(Kōloa)で始まりました。

コーヒーは現在のハワイ大学マノア校(University of Hawaii at Manoa)近くのマノア・バレー(Mānoa Valley)に植えられ、そこからオアフ島の他の地域や近隣の島々に広がっていきました。

1825年に、カメハメハ2世(Kamehameha II)とカマルマル女王(Kamehamalu)、そしてオワフ島の総督であるボキ首長(Chief Boki)は、ロンドン滞在中にコーヒーを初めて味わいました。カメハメハ2世とカマルマル女王は、ロンドン滞在中に麻疹で亡くなってしまいましたが、ボキ首長は帰国し、その途中に停泊したブラジルでコーヒーの苗木を手に入れました。

この苗木は、カメハメハ2世とカマルマル女王の遺体を乗せたHMS ブロンド(HMS Blonde)によってオワフ島まで運ばれました。そして、イギリス人の農業従事者のジョン・ウィルキンソン(John Wilkinson)によって、オワフ島の総督であるボキ首長(Chief Boki)の農園にあるマノア・バレーに植えられました。

1828年にアメリカ宣教師のサミュエル・ラッグルズ(Samuel Ruggles)が、マノアからコナ地区へ挿し木を持ち込み、栽培を始めました。コナ地区の温暖な気候と最適な環境のおかげで、わずか数年の内にコナ・コーヒー栽培は繁栄し、その気品ある香りは、特に捕鯨や貿易をする船員たちの間で名を馳せるようになりました。これがハワイ島コナ地区のコーヒーの歴史の始まりです。

コナ・コーヒーを世界市場に売り出したのは、ヘンリー・ニコラス・グリーンウェル(Henry Nicholas Greenwell)です。彼は1873年にオーストリアのウィーンで開催された万国博覧会(Weltausstellung 1873 Wien)で、彼のコナ・コーヒーに「認定証書(Recognition Diploma)」が授与されました。彼の子孫は現在、グリーンウェル農園(Greenwell Farms)でコナ・コーヒーの栽培の伝統を引き継いでいます。

コナ・コーヒーの品質は、作家のマーク・トウェイン(Mark Twain)も評価しています。彼は手紙の中で、「私はコナ・コーヒーが他のどのコーヒーよりも豊かなフレーバーがあると思う(I think the Kona coffee has a richer flavor than any other)」と記録しています。

1892年にヘルマン・ワイドマン(Hermann Widemann)が、1892年に、現在「コナ・ティピカ(Kona Typica)」として知られている「グアテマラン(Guatemalan)」という品種をハワイ島に紹介しました。彼はジョン・ホーナー(John Horner)に種子を与えました。そして、ジョンはハワイ島北部のハマクア(Hāmākua)で栽培を始めました。

ジョンは、400本の新しい品種のコーヒーノキと400本の既存のコーヒーノキの、計800本のコーヒーノキを植えて比較しました。この既存のコーヒーノキは、「ハワイアン・コーヒー(Hawaiian Coffee)」として知られる「カナカ・コッペ(Kanaka Koppe)」で、ウィルキンソンによってブラジルから持ち込まれた30のコーヒーノキに由来すると考えられています。

1875年に、アメリカ合衆国とハワイ王国の間で、1875年互恵条約(Reciprocity Treaty of 1875)が締結されました。これによって、ハワイの砂糖を非関税でアメリカに輸出することが可能になったため、ハワイの大規模コーヒー・プランテーションのほとんどがサトウキビに転作しました。しかし、傾斜した地形で溶岩の多いコナ地区でのサトウキビ栽培は現実的ではなかったため、コナ地区ではコーヒー栽培が生き残ることとなりました。

1890年にアメリカ合衆国で「マッキンレー関税法(McKinley Tariff)」が成立すると、ハワイからアメリカ合衆国に輸出される砂糖に再び関税が課せられるようになったため、ハワイの砂糖産業は不況に陥りました。

砂糖プランテーション間の競争の激化による労働者不足と西洋人が持ち込んだ疫病による人口の減少から、ハワイのプランター(プランテーション経営者)は世界各国から労働者を輸入するようになりました。ハワイには、1885年から1924年の間に14万人を超える日本人が労働者としてやってきました。

世界各国からやって来た労働者たちは、砂糖プランテーションで3年間の契約労働に従事していました。しかし、1898年のハワイ併合(United States Annexation of Hawaii)によって、アメリカ合衆国の法律がハワイにも適用されることとなったため、アメリカ合衆国同様にハワイにおいても契約労働が禁止されることになりました。

契約期限が切れると、彼らの多くはコーヒーを栽培するためにコナ地区に移住しました。

1890年代にノース・コナ地区(North Kona District)でのコーヒー栽培がブームとなり、コナ地区にポルトガル人と日本人が移住してきました。しかし、コーヒーの価格が下がり、砂糖プランテーションがより繁栄したため、コナ地区の大規模コーヒー・プランテーションは、3エーカーから5エーカー程度の小さな区画に分割され、労働者に貸し出されることとなりました。

彼らの多くは砂糖プランテーションで労働者として働き、副業として自らのコーヒー農園を営んでいました。しかし、コーヒー価格の低さから、ポルトガル人はコーヒーの耕作を放棄し、コーヒーを栽培するのはほとんどが日系人となりました。

19世紀から20世紀の変わり目に、すでにハワイ州の主要な島のすべてでコーヒーが栽培されていました。1930年代までには1,000を超える農園があり、1950年代には、コナ地区の6,000エーカーでコーヒーが栽培されていました。現在、ハワイ州全体で約700のコーヒー生産者がいると言われており、そのうち600の生産者がハワイ島でコーヒー生産を営んでいます。

Images of Old Hawai'i ~ Coffee ~ Ke kope hoʻohia ʻā maka o Kona.(The coffee of Kona that keeps the eyes from sleeping.)Mahalo, Peter TY

Greenwell Farmsさんの投稿 2014年11月24日月曜日
スポンサーリンク

コナ・コーヒー

14) ハワイコナ : アメリカのハワイ州南コナ地区及び北コナ地区にて生産されたアラビカコーヒー豆をいう。

(別表2)産地、品種、銘柄の区分及び範囲の例示 「レギュラーコーヒー及びインスタントコーヒーの表示に関する公正競争規約(平成30年6月更新)

コナ・コーヒー(Kona Coffee)とは、ハワイ島西側のコナ地区(Kona District)で生産されるアラビカ種コーヒーのことです。

コナ地区のコーヒー農園は、ファラライ山とマウナ・ロア山の西側斜面を走るハワイ・ベルトロード(Hawaii Belt Road)(以前は、マラホア・ハイウェイ(Māmalahoa Highway)と呼ばれていた)に沿って走る「コナ・コーヒー・ベルト」と呼ばれる、長さ約32km、幅3,2kmの狭い一帯に集まっています。

コナ地区は、標高約250m-800mと低い標高ですが、火山性の肥沃な土壌、昼夜の寒暖差のある気候、適度な降水量など、コーヒー生産に恵まれた環境です。また、海面の水蒸気が雲を作り出し、直射日光を防ぐため、シェードツリーは必要ありません。

コーヒーノキを庭に植えると農園扱いとなり、固定資産税が安くなるため、副収入源として個人でコーヒーを栽培する農園も多いようです。コナ地区の有名農園には、日本人の山岸秀彰・真理夫妻が経営する「山岸コーヒー農園」があります。

現在ハワイ州では、ハワイ島以外にも、マウイ島、オアフ島、カウアイ島などでもコーヒー栽培が行われていますが、コナ地区で生産されるコナ・コーヒーが最高品質とされています。

品種と等級

コナ・コーヒーの主な栽培品種は、ティピカです。

コナ・コーヒーは、生豆の粒の大きさと300g中の欠点豆の数によって等級分けされ、粒の大きいものから「エクストラ・ファンシー(Extra Fancy)」、「ファンシー(Fancy)」、「No.1」と等級分けされます。No.1以下は粒の大きさには関係なく、300g中の欠点豆のg数のみで等級分けされ、欠点豆の割合の少ないものから「セレクト(Select)」、「プライム(Prime)」と等級分けされます

この「プライム」までがコナ・コーヒーを名乗ることが許され、「プライム」以下の等級の生豆は、コナ地区で生産されていても「ハワイアン・コーヒー(Hawaian Coffee)」と呼ばれて区別されます。

コナ・コーヒーと認証

コナ・コーヒーは、年間約1,000t-1,500tの生産量しかなく、希少なコーヒーとして取引されています。

「コナ」のラベルを使用するには、アメリカ合衆国では10%以上のコナ・コーヒーが含まれている必要があります(日本での表示の基準は30%です)。コナ・コーヒー100%の表示には、ハワイ州農務局(Hawaii Department of Agriculture(HDOA) )の認証が必要です。

しかし、「ハウス・ビル 1886(House Bill 1886(HB 1886))」という法案が成立したことにより、2022年7月1日以降は10%から51%にまで配合率が引き上げられることになりました。

この闘争は、1990年代初頭から始まりました。

コナ・コーヒーに関しては、かつてコナ・カイ農園(Kona Kai Farms)が、パナマとコスタリカの中央アメリカ産コーヒーをコナ・コーヒーとして販売していたという詐欺事件がありました。

この事件では、コナ・カイ農園の共同経営者であるマイケル・ノートン(Michael Norton)氏が、1996年11月にマネー・ロンダリングと郵便・通信詐欺で起訴されました。

このスキャンダルは、コナ・コーヒーの認証闘争を前進させるきっかけとなりました。

スポンサーリンク

グリーンウェル農園

グリーンウェル農園、GreenwellFarms 2013年8月21日.

グリーンウェル農園(Greenwell Farms)は、ハワイ島コナ地区に位置するハワイ・コナ最古のコーヒー農園です。「ザ・ハート・オブ・コナ(The Heart of Kona)」として知られている場所に位置しています。

ヘンリー・ニコラス・グリーンウェル

ヘンリー・ニコラス・グリーンウェル

グリーンウェル農園(Greenwell Farms)の歴史は、1850年にヘンリー・ニコラス・グリーンウェル(Henry Nicholas Greenwell)が、コナ地区に足を踏み入れたときに始まりました。

ヘンリーは、1826年1月26日にイングランドのダラム・カウンティ(County Durham)ランチェスター(Lanchester)で生まれました。彼はサンドハースト王立陸軍士官学校(The Royal Military Academy Sandhurst)を卒業し、イギリス軍人としてアイルランドで過ごしました。

ヘンリーは1年間の兵役義務を果たした後、軍人を辞め、羊毛のビジネスを始めるため、1848年3月15日にオーストラリアへと出発しました。1848年6月に到着しシドニーを旅しましたが、羊の価格の上昇や干ばつのために、オーストラリアに長く止まることはありませんでした。

1849年、ヘンリーは船長とパートナーシップを組み、事業の資金によってゴールドラッシュの鉱夫に売却できる道具や備品を積んで、サンフランシスコに向かいました。

船がサンフランシスコ湾に到着すると、彼は荷下ろし中にひどい怪我を負いました。船長はヘンリーに、ハワイの王族に仕える最高の医者がいるというホノルルに行くことを勧めました。彼はホノルルで怪我から回復すると、ホノルルのフォート・ストリート(Fort Street)の貿易会社に雇われ、1850年に新たな店を開くためにハワイ島のコナ地区に派遣されました。

ここからヘンリーの運命が変わり始めました。カメハメハ3世(Kamehameha III)は近代的な土地所有制度を導入し、1851年に外国人に土地の売却を始めました。グリーンウェルはそこで買い取った90エーカーの土地で、壊血病防止のために捕鯨船に向けたオレンジの栽培を始めました。

病害によってオレンジの栽培が不作に終わった後、ヘンリーは世界中を旅し、たどり着いた西インド諸島のモントセラト(Montserrat)で、イギリス領のライム・プランテーションの娘であるエリザベス・キャロライン(Elizabeth Caroline)と出会い、1868年に結婚しました。彼らは2人は10人の子供を育て、サウス・コナ地区(South Kona District)のケアラケクア(Kealakekua)に家を建てました。

コナコーヒーのビンテージのポスター

ヘンリーはそこで牛と羊の牧場のために、広大な土地を買い取りました。彼はやがてコーヒーに注目し、コナ地区で栽培されたコーヒーを買い取り販売をはじめました。

ヘンリーは1891年5月18日に亡くなるまでの間、コナ地区の改善に専念していました。彼はコナ地区で郵便局長、地域の教育長、ケアラケクア港の税関を務めました。

ヘンリーは、1870年代にはコナ・コーヒーをヨーロッパ市場に売り出しました。

彼は1873年にオーストリアのウィーンで開催された万国博覧会(Weltausstellung 1873 Wien)に参加し、オーストリアからコナ・コーヒーのための「認定証書(Recognition Diploma)」を授与されました。

トーマス・グリーンウェル

ヘンリー家の伝統は、ヘンリーがコナ地区にやって来た150年以上後の現在も続いています。

現在グリーンウェル農園は、ヘンリーの孫であるノーマン・グリーンウェル(Norman Greenwell)とひ孫のトーマス・グリーンウェル(Thomas Greenwel)(または、トム・グリーンウェル(Tom Greenwell))に引き継がれています。

グリーンウェル農園はコナ地区で最も生産性の高い場所で、コーヒーの栽培と精製、観光所を運営しています。また、コナ・コーヒーを世界に輸出するために、コナ地区の農園から選ばれた400以上の農園からコーヒーチェリーを購入しています。

グリーンウェル農園は自社農園の他に、他の所有者の土地も管理しており、新しい農園開発を行っています。

コナ・コーヒー・リビング・ヒストリー・ファーム

「コナ・コーヒー・リビング・ヒストリー・ファーム」,Big Island Television, Hawaii 2018年8月3日.
「コナ・コーヒー・リビング・ヒストリー・ファームの物語」,Kona Historical Society 2012年1月13日.

グリーンウェル農園の近くには、コナ・コーヒー・リビング・ヒストリー・ファーム(Kona Coffee Living History Farm)やコナ・ヒストリカル・ソサエティ(Kona Historical Society)があります。コナ・コーヒー・リビング・ヒストリー・ファームは、日系移民のダイサク・ウチダ(Daisaku Uchida)によって拓かれた歴史のある農園です。

ウチダは、1913年にヘンリーの妻であるエリザベス・キャロライン・グリーンウェル(Elizabeth Caroline Greenwell)、そして後にヘンリーとエリザベスの間の子供であるアーサー・レオナルド・グリーンウェル(Arthur Leonard Greenwel)から土地を借りて農園を始めました。

一帯で生産されるコナコーヒーはキリマンジャロ、ブルーマウンテンとともに世界三大コーヒーと呼ばれ、酸味と甘みのバランスが良く香り豊か。その発展に寄与したのが、1900年代に入植したダイサク・ウチダさん。ファームでは、ウチダさんが住んでいた母屋や作業場が保存公開され、当時の暮らしとコナコーヒーの歴史を今に伝える。

 コナコーヒーは各国からやってきた移民が生産していたが、過酷な労働にギブアップ。それに耐えたのが、日本からの移民だった。熊本出身のウチダ夫妻ら日本からの移民の苦労を伝えるのは、70代の日系人ポーリン・ニシダ・ミラーさん。幼少時代は親のコーヒー栽培を手伝った。「とにかく休みがなかった。私たち子どももかり出された」

 ファームの庭には豆の皮むきや焙煎(ばいせん)の機械が並ぶ。家に入るとかまどやおひつが残っていた。質素な暮らしぶり。神棚や仏壇があり、若いころの昭和天皇の写真も掲げられていた。移民のほとんどは家督を継ぐ長男ではなく、次男や三男…。帰る場所がない。故郷にも。だから意地がある。

 「同級生のオニヅカさんも一生懸命親の手伝いをしていました」。エリソン・オニヅカ。福岡県うきは市出身の祖父母を持つ日系3世は、米空軍在籍中に宇宙飛行士に選ばれた。しかし、1986年のスペースシャトルチャレンジャー号の爆発事故で6人の飛行士とともに亡くなった。

 「爆発の映像は今も記憶に残っている。本当に悲しかった」とニシダさん。寸暇を惜しまず働き、ハワイでの生活を築いた日系移民にとって彼は出世頭。希望の星だった。「苦労をともにした友人。日系人のヒーローなのです」

 ハワイの英雄でもあるオニヅカさんの名は空港の名前になった。ハワイ島の東西を結ぶ高速道路は、日系人初の上院議員で父が福岡県出身の故ダニエル・イノウエ氏にちなんで「ダニエル・イノウエ・ハイウエー」と命名された。極東からやってきた移民たちの多大な功績が感じられる。

ハワイ島(米国)上 日系移民の足跡たどり」,西日本新聞 2020年3月16日.

グリーンウェル農園の向かいには、当時の日系人が建てたヘンリー・ニコラス・グリーンウェルの石碑があります。ヘンリーが当時の日系人の世話をしていたことから、彼らが感謝の意を込めて建てた石碑です。

農園観光

グリーンウェル農園では、月曜日から日曜日の午前9時00分から午後4時00分までフリー・ファーム・ツアー(Free Farm Tour)を提供しており、農園を観光することができます。

コーヒーの剪定、GreenwellFarms 2013年12月10日.

グリーンウェル農園の苗床では、アラビカ種とロブスタ種が植えられています。

ロブスタ種を台木にして、アラビカ種が接木されます。接木された苗は、農園に移植される前に約1年間苗床で育てられます。農園で栽培されてから3年目または4年目に最初の収穫があり、6年目または7年目で生産のピークを迎えます。

コナ・スノー

グリーンウェル農園のコナ・スノー、GreenwellFarms 2014年6月13日.

コナ地区のコーヒーノキは、1月-3月頃に一斉に真っ白な花を咲かせます。それはまるで農園一帯に雪が降ったかのように見えることから、「コナの雪」、「コナ・スノー(Kona Snow)」と呼ばれています。

コーヒーの花は開花から2-3日のうちには茶色に変色してしまうため、この非常に美しい光景も一瞬で消えてしまいます。

花が咲いて実が完熟するまでに約8ヶ月間かかります。コーヒーの実は始めは緑色ですが、7ヶ月を過ぎると徐々に黄色からオレンジを経て、8ヵ月目にはルビー色に輝きます。

品種

品種はティピカ(Typica)です。

ハワイ・コナ地区では、伝統的にティピカが栽培されています。コナ・ティピカは独特の豊かな酸味を特徴としています。

さて、コナコーヒーといえば、クリーンですっきり、際立つ甘い酸味が特徴だ。飲んだときに、歯のエナメルがキュッキュッと音がするのではないかと思うくらい酸味が強い。(中略)

コナはティピカというコーヒーの原種に最も近い品種を守っている。栽培に手間の掛かるティピカは、他の産地では次々と姿を消し、味を犠牲にして、生産効率の良い品種改良種を栽培している。原種に一番近いコナがコーヒーの標準語で、世界中の他の産地が訛っているといえるかも知れない。確かにティピカのウォッシュトはコーヒーの香味の基本だ。

コナコーヒー農園便り 2014年3月号」,山岸コーヒー農園 2014年3月1日.

エクストラ・ファンシーは、グリーンウェル農園で生産されているティピカの中でも最高級品です。

シグネチャー・シリーズと受賞歴

グリーンウェル農園の品種、GreenwellFarms 2013年12月10日.

トム氏はグリーンウェル農園の3つの異なる標高に、「ジェニー・ケイ(Jeni K)」、「エリザベス・ジェイ(Elizabeth J)」、「マモ(Mamo)」という区画を作り、様々な品種を実験的に栽培しています。ここで栽培されているコーヒーは、「シグネチャー・シリーズ(Signature Series)」と呼ばれています。

「ジェニー・ケイ(Jeni K)」は、トム氏の妻にちなんで名付けられました。上の動画で解説されています。

「エリザベス・ジェイ(Elizabeth J)」は、トム氏の姉妹であるエリザベス・グリーンウェル(Elizabeth Greenwell)女史にちなんで名付けられた、2番目のシグネチャー・シリーズです。

「マモ(Mamo)」は、グリーンウェル農園が開発したマモ(Mamo)というハイブリッドが栽培されている場所です。

受賞歴

ハワイコーヒー協会(Hawaii Coffee Associacion(HCA))は、2009年から「ステートワイド・カッピング・コンペティション(STATEWIDE CUPPING COMPETITION)」というコーヒーの品評会を開催しています。

グリーンウェル農園はこの品評会で数多くの受賞歴があります。

2009年の第1回ステートワイド・カッピング・コンペティションで、グリーンウェル農園は第11位に入賞しました。2011年には、コナ地区の第1位に輝きました。

2013年に、グリーンウェル農園のF3 ハイブリッド(F3 Hybrid)が、85.153点を獲得しクリエイティブ・ディヴィジョン(Creative Division)で第6位に入賞、ディストリクト・ウイナーズ(District Winners)のコナ地区で第2位に入賞しました。

同じ品評会のクリエイティブ・ディヴィジョンで、ブルボン/ハワイアン・ティピカ/コナ・ティピカ(Bourbon/Hawaiian Typica/Kona Typica)が82.107点を獲得し第26位、コナ・ティピカ(Kona Typica)が81.250点を獲得し第38位に入賞しています。

2014年に、グリーンウェル農園のマラ・モカ・2R2(mara moka 2R2)のファーメンテーション(Fermentation)精製が、85.1点を獲得しクリエイティブ・ディヴィジョンで第10位に入賞しました。

同じ品評会のクリエイティブ・ディヴィジョンで、モカマラ・2R2(mokamara 2R2)のファーメンテーション精製が83.4点を獲得し第13位、ジェニー・ケイ(Jeni‐K)シリーズのティピカ(Typica)のファーメンテーション精製が83.2点を獲得し第16位、マラモカ・1R1(Maramoka 1R1)のファーメンテーション精製が82.8点を獲得し第24位、3-グアテマラ・ティピカ、ハワイアン・ティピカ、レッド・ブルボン(3‐Guatemala typica, Hawaiian Typica Red Bourbon)のファーメンテーション精製が82.7点を獲得し第25位、マカマル・1R1(makamaru 1R1)のファーメンテーション精製が81.8点を獲得し第33位に入賞しています。

2015年に、グリーンウェル農園のパカマラ(Pacamara)のファーメンテーション-スペシャルプロセス(Fermentation - Special Process)が85.5点を獲得しクリエイティブ・ディヴィジョンで第2位に入賞、ディストリクト・ウイナーズのコナ地区で第2位に入賞しました。

同じ品評会のクリエイティブ・ディヴィジョンで、ジェニー・ケイ(Jeni‐K)のファーメンテーション精製が82.3点を獲得し第19位、パープラセンス(Purpurascens)のファーメンテーション精製が82.3点を獲得し同じ第19位、コナ・ティピカ・コナワエナ(Kona Typica Konawaena)のファーメンテーション精製が82.2点を獲得し第23位、マラモカ(Maramoka)のファーメンテーション精製が82.0点を獲得し第28位、パカマラ(Pacamara)のウェット・ファーメンテーション(Wet Fermentation)精製が80.8点を獲得し第46位に入賞しています。

2016年のステートワイド・カッピング・コンペティションとグリーンウェル農園のエリザベス・ジェイ

受賞の様子 「Greenwell Farms Honored As State’s Top Coffee」,Greenwell Farms 2016年7月25日.

グリーンウェル農園は、2016年の第8回ステートワイド・カッピング・コンペティションのクリエイティブ・ディヴィジョンで、「エリザベス・ジェイ(Elizabeth J)」シリーズのパカマラのファーメンテーション精製が84.8点を獲得し第1位に輝きました。また、ディストリクト・ウイナーズのコナ地区で第1位に輝き、コナ地区の最高品質のコーヒーとして、ディストリクト・アワード・ディビジョン(District Award Division)を受賞しました。

同じ品評会のクリエイティブ・ディヴィジョンで、パカマラ・ティピカ・ブレンド(Pacamara Typica blend)のファーメンテーション精製が83.8点を獲得し第6位、コナ・ティピカ-コナワエナ(Kona Typica‐Konawaena)のファーメンテーション精製が82.1点を獲得し第27位、ジェニー・ケイ(Jeni‐K)のファーメンテーション精製が81.6点を獲得し第41位、グアテマラン/ティピカ/ブルボンの混合(Guatemalan / Typica / Bourbon mix)のファーメンテーション精製が80.9点を獲得し第47位に入賞しています。

We are proud to announce that our Signature Series Elizabeth J, won the top award in the Creative Division and the...

Greenwell Farmsさんの投稿 2016年7月21日木曜日

マモ

2017年に、グリーンウェル農園のアラビカ種のイースト・ファーメンテーション(Yeast Fermentation)精製が83.18点を獲得しクリエイティブ・ディヴィジョンで第14位に入賞しました。コナ・ティピカ-コナワエナ(Kona Typica - Konawaena)のファーメンテーション精製が82.80点を獲得し第23位、アラビカ種のファーメンテーション精製が82.56点を獲得し第28位、マモ(Mamo)のファーメンテーション精製が82.31点を獲得し第34位に入賞しました。

2018年のステートワイド・カッピング・コンペティションでは、グリーンウェル農園のジェニー・ケイ(Jeni-K)のイースト・ファーメンテーション精製が85.25点を獲得し第2位に入賞、ディストリクト・ウイナーズのコナ地区で第2位に入賞しました。また、パカマラのウェット・ファーメンテーション(Wet Fermented)精製が84.42点を獲得し第5位に入賞しています。

マモ(Mamo)のウェット・ファーメンテーション精製が82.92点を獲得、マモのイースト・ファーメンテーション精製が81.95点を獲得、ティピカ(Typica)のウェット・ファーメンテーション精製が81.90点を獲得しました。

マモ 「From Kona, Greenwell Farms Takes Hawaiian-Born Hybrid Mamo to Market」,Daily Coffee News 2018年11月13日.

マモはグリーンウェル農園が開発したハイブリッドです。マロゴシッペ(Marogogype)とモッカ(Mokka)の交配種です。

マモは、1999年に育種プログラムを立ち上げたハワイ農業研究センター(Hawaii Agriculture Research Center (HARC))の長井千文(ナガイ・チフミ(Chifumi Nagai))博士の研究に続く、20年にわたる研究の成果です。

この育種プログラムは、グリーンウェル農園のトム氏とハワイコーヒー協会によって支援されてきました。

グリーンウェル農園は、2009年に試験的に約30のハイブリットを植えました。品種の属性が観察した結果、グリーンウェル農園はマモを選択的に育種することを決定しました。

マモはカカオ、わずかなスパイス、レーズン、チェリー、ブラックベリーのカッププロファイルを持っています。

2019年のステートワイド・カッピング・コンペティションとグリーンウェル農園のゲイシャ

受賞の様子 「11th Annual State of Hawaii Cupping Contest Results」,Hawaii Coffee Association.

グリーンウェル農園は、2019年の第11回ステートワイド・カッピング・コンペティションで、ゲイシャ(Geisha)のウォッシュト(Washed)精製が85.280点を獲得し第1位、ディストリクト・ウイナーズのコナ地区で第1位に輝きました。

K7のウォッシュト精製が84.345点を獲得、ジェニー・ケイ(Jenny K)のウォッシュト精製が83.035点を獲得、マモ(Mamo)のウォッシュト精製が82.880点を獲得しています。

We are excited to announce that our Gesha variety, grown at our high-elevation Kopiko Farms, won first place at Hawaii Coffee Association's 11th Annual Cupping Contest in both the Kona division and statewide!

Greenwell Farmsさんの投稿 2019年8月13日火曜日

コピコ農園

トム氏は、彼のいとこであるユージーン・クラップ(Eugene Clapp)氏とユージーン家とともに、新しいプロジェクトに着手しました。これは1800年代後半に砂糖と牛の生産に使用された200エーカーのコピコ農園(Kopiko Farms)の土地を、コナ・コーヒーの生産に切り換え、グリーンウェル農園のコナ・コーヒーのより多様で安定した供給を目的としたものです。

グリーンウェル農園の土地の大部分は、トム氏と彼の父親のノーマン氏と共同で開発されましたが、これはトム氏主導のプロジェクトです。

コピコ農園の土地は2,600フィート(約800m)-2,800フィート(約850m)とハワイ・コナでは非常に高地に位置しており、気温が低く、朝の日差しが強いため、フレーバーが明るく大胆に開き、酸味が加わります。

コピコ農園のコーヒーの主な収穫時期は、9月から5月です。これはコナ地区の主な収穫時期の8月から1月とは異なっています。

コピコ農園では6種類の品種が栽培されており、2019年にゲイシャを含む3品種が販売されました。

精製方法

精製方法はウォッシュト(Washed、湿式)です。

コナ地区では、ウォッシュト精製が一般的です。

コナでは水洗式が一般的。収穫したコーヒーの実は皮と果肉を取り除いてから乾かす。一方、乾燥した地域、水が貴重な地域、皮むき機械のない地域などは、皮をむかずに乾燥させる。非水洗式あるいはナチュラルと呼ばれる。

ナチュラル製法大失敗の巻」,山岸コーヒー農園 2017年1月3日.

完熟したコーヒーチェリーを手摘みで収穫し、精製します。コーヒーチェリーの外皮と果肉は乾燥され、コナ・レッド(Kona Red)という抗酸化物質が豊富なウェルネス飲料を製造するために使用されます。

グリーンウェル農園のブログに、コーヒーチェリーの健康効果について書かれた記事があります(正確性は保証しません)。

パーチメントコーヒーを乾燥させしばらく保管した後、ドライ・ミル(Dry Mill)に送られます。そこでパーチメントを除去、スクリーン選別と比重選別し、グレーディング(等級分け)します。グリーンウェル農園で精製されたコーヒーは、すべてハワイ州農務局によって等級が検査されます。

コナ・コーヒーは豊かな酸味を特徴としています。香り高く、柔らかな甘味を持ち、シルクのような滑らかな口当たりとクリーンな味わいが特徴です。

カフェ ランバンのアメリカ合衆国 ハワイ島 コナ地区 グリーンウェル農園 エクストラ・ファンシー

2年振りにグリーンウェル農園のコナが入荷しました。今回入荷した豆は「エクストラファンシー」と呼ばれ豆のサイズが一番大きい最上級の物です。ベリーボラーの影響で大減産になってしまい、とても貴重なコーヒーになりました。豊かなコクと独特の酸味、ほのかな甘味が特徴です。

カフェ ランバン ホームページより

カフェ ランバンでは、コーヒーの焙煎度を選ぶことができます。アメリカ合衆国 ハワイ島 コナ地区 グリーンウェル農園 エクストラ・ファンシーは、浅煎り(ライトロースト)、中煎り(ミディアムロースト)から選択できます。

浅煎り(ライトロースト)

豊かで爽やかな酸味とシルクのようななめらかな口当たり、非常にクリーンな味わいが印象的です。豊かな酸味の中にほのかな甘さが感じられます。

中煎り(ミディアムロースト)

豊かな酸味としっかりとしたボディがあり、甘さがより強く感じられます。口当たりが非常になめらかです。

Twitterでフォローしよう

おすすめの記事