パナマ エスメラルダ農園の歴史:ゲイシャ ベスト・オブ・パナマ エスメラルダ スペシャル

パナマ エスメラルダ農園は世界で最も有名なコーヒー農園の一つです。ゲイシャの生産で一躍有名となった農園です。

パナマ エスメラルダ農園の歴史

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パナマとボケテ

パナマ(Panama)は中米で最も南アメリカ大陸の近くに位置し、北アメリカ大陸と南アメリカ大陸の境であるパナマ地峡を形成しています。西はコスタリカ、東はコロンビアに接し、北はカリブ海、南は太平洋に面しています。

パナマは紀元前1300年以前にはすでに先住民が生活していたと考えられています。パナマ中部や西部のチリキ県から金製品や彩色土器などが出土しているため、パナマにはオルメカ、マヤ、アステカなどの大規模な遺跡文明はありませんでしたが、これらを使用する先住民文化は存在していた考えられています。 1492年のコロンブスの新大陸発見後、パナマもスペインによって植民地化されます。1519年に現在の首都であるパナマシティ(パナマ市)が設立されると、ここがスペイン本国との船の拠点として繁栄しました。

17世紀-18世紀になるとヨーロッパでのコーヒー飲用が本格化したのに伴い、オランダやフランスの植民地でコーヒー栽培が始まり、グアテマラ、コスタリカ、メキシコなど中央アメリカにも18世紀後半にコーヒーが伝わりました。

パナマコーヒーの栽培は、コスタリカ国境に近いパナマ西部チリキ県(Chiriquí Province)ボケテ地区(Boquete District)を中心に行われています。高品質のコーヒーが栽培されるボケテ地区は、パナマの最高峰、標高3,474mを誇るバル火山(Volcán Barú)の東に位置するバホ・ボケテと呼ばれる峡谷地帯にあります。エスメラルダ農園もこのボケテ地区にあります。

パナマのボケテ地区には3度の移住ラッシュがありました。1度目の移住ラッシュは、19世紀半ばにカリフォルニアで金が発見され、ゴールドラッシュが始まったことがきっかけです。パナマ地峡を横断し、太平洋側からカリフォルニアに向かう船を待っている間、チリキ県の豊かな自然と肥沃な土地に触れた人々のなかから、そこで生活を営み、簡単な農業を始める人たちが現れました。さらにゴールドラッシュが終焉すると、一攫千金の夢に破れた人々のなかには、行きがけに通ったチリキ県の肥沃な土地を思い出し、パナマに戻って入植し、農業を始める人たちも現れました。入植はチリキ県南部の沿岸からボケテ区近郊まで進み、入植当初からコーヒー栽培が始まりました。

2度目の移住ラッシュは世界恐慌後の1935年以降です。第二次世界大戦中にはパナマ経済の好況を受けて、学校や教会、高速道路などが建てられてボケテ地区は発展を遂げました。その後、軍事政権が成立するとボケテ地区は停滞しますが、軍事政権崩壊後は再び発展しはじめました。

3度目の移住ラッシュは1999年以降です。ボケテ地区は自然豊かな住み心地の良い場所として、欧米で評判が高まり、リタイアした人々が余生を過ごすために移住するようになりました。2001年には、AARP(全米退職者協会)の機関紙「Modern Maturity(現 AARP the Magazine) 」で、2005 年にはFortune誌で、それぞれ「退職後に暮らしたい場所、世界のトップ5」の一つに選出されるほど評価の高い地区となりました。2011年には、ボケテ地区の100周年式典が開催されました。

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エスメラルダ農園

エスメラルダ農園のピーターソン家、エスメラルダ農園 ホームページより
パナマ エスメラルダ農園のプライス氏とダニエル氏のインタビュー、wataruspecialtyより

パナマ エスメラルダ農園(Hacienda La Esmeralda)は、バル火山の裾野、平均標高1,600mに位置する、世界最高のコーヒーを生産する農園として知られています。豊富な降雨量、天然林など、豊かな自然環境に囲まれています。農薬を使わず、完熟実だけを手摘みし、収穫後の精製、乾燥など、細心の注意が払われています。

1967年に、現在の農園主であり、ゲイシャを発見したダニエル・ピーターソン(Daniel Peterson)氏の祖父、スウェーデン出身の銀行家でバンク・オブ・アメリカ (Bank of America Corporation)の頭取であったルドルフ・A・ピーターソン(Rudolph A. Peterson)氏(1904-2003)が、リタイア後の拠点として、チリキ県パルミラ(Palmira)地区に数百ヘクタールを占めるハシエンダ・ラ・エスメラルダ(Hacienda La Esmeralda)を購入しました。その場所は、1940年にスウェーデン人のハンス・エリオット(Hans Elliot氏が単一農園としてまとめた土地でした。この数百ヘクタールの土地には、現在のカーニャ・ベルデス農園(Cañas Verdes)やパルミラ農園(Palmira)の土地が含まれています。当時、この土地は主に肉牛用の牧草地でした。ルドルフ氏がこの土地を購入したのは、同じスウェーデン人同士であることが関係しているはずです。

購入後の最初の数年間、ルドルフ氏は農園を数ヶ月おきに訪問していました。しかし、 彼は1970年に国連開発担当局長を務めることになり、海外への義務が高まり、農園に行く時間が少なくなりました。 その数年前に、彼はパトリシア・プリンス(Patricia Price)女史と出会って結婚しています。 彼らの間にリネア(Linnea)とプライス(Price)という2人の子供が生まれ、プライス・ピーターソン(Price Peterson)氏が1973年にルドルフ氏から農園経営を受け継ぎました。プライス氏はペンシルバニア大学で神経化学を学び、1961年に博士号を取得しており、農園経営を受け継ぐ数年前にパナマに移り、農園でより大きな役割を果たし始めていました。彼の科学的背景は、農園の経営にとって大きな利点となりました。 

1975年に肉牛用の牧草地は乳牛用に切り替えられ、それは現在でもエスメラルダ農園の半分を占め続けています。1987年に農園の大部分にコーヒーが植えられるようになりました。コーヒーは少なくとも1890年代から、エスメラルダ農園周辺の土地で栽培されていました。ピーターソン家が1987年にパルミラでコーヒー農園用に土地の大部分を再開発し、さらに最初のコーヒー農園を拡張することを助けたのは、長い間この地域で培われていたコーヒーの知識と文化でした。しかし、1990年代になって初めてスペシャルティコーヒーという概念が生まれるまで、この時点ではまだ、パナマのコーヒーは農園や品種が混在した大衆向けの商品でした。

1994年には農園に精製所を建設し、コーヒーを直接自分たちで精製するようになりました。1997年により高品質で微妙な違いに優れたコーヒー生産を期待して、バル火山の高地に新しい農園を買い取り、その農園をハラミージョ(Jaramillo)と名付けました。エスメラルダ農園によって有名となったゲイシャはこの土地に偶然植えられていた品種です。(ゲイシャについて参照)

2004年にエスメラルダ農園のゲイシャがベスト・オブ・パナマで記録的な価格で落札された後、ピーターソン家は優れたロット分離、緻密な精製処理、そして健全なオークション形式をサポートするインフラストラクチャの開発に集中しました。エスメラルダ農園のゲイシャのオークションの価格が年々上がるにつれて、それまではウォッシュト精製のみだったゲイシャのナチュラル精製や、各ロットの詳細な情報への要求も高まっていきました。

2007年に、ピーターソン家は10年にわたるコーヒーの品種の研究プロジェクトを開始しました。 その研究プロジェクトの一環として、2012年に開園されたエル・ベロ農園(El Velo)の標高の高い場所に、400を超えるコーヒーの品種が実験的に栽培されています。そこで栽培されている品種のいくつかは、ゲイシャと同じ遺伝子バンクを起源とするもので、かつて高い標高で植えられていたゲイシャのロットが分離されその素晴らしい香味が発見されたように、この中からゲイシャのような優れた香味をもつ品種が発見されるかもしれません。

エスメラルダ農園は現在、プライスとスーザン夫妻の3人の子供、エリック氏(1966年フィラデルフィア生まれ)、レイチェル女史(1967年スウェーデン生まれ)、ダニエル氏(1974年パナマ生まれ)によって経営が引き継がれています。

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ゲイシャについて

エスメラルダ農園のゲイシャのコーヒーチェリー、エスメラルダ農園 ホームページより

ゲイシャの発見

ゲイシャはエチオピア起原の野生種で、最も希少で高価な最高品質のコーヒーとして有名です。パナマ エスメラルダ農園が復活させたゲイシャは現存するコーヒー豆のなかで、最も高品質で美味しい品種の一つとして知られています。

1930年代にエチオピアのゲシャ地方で発見された品種です。ゲイシャはイギリス植民地時代のアビシニア(Abyssinia、現在のエチオピア)で、ベンチ・マジ地方(Bench Maji)の領事であったリチャード・ウォーリー大尉(Richard Whalley)が、ゲシャ山周辺で10ポンドのコーヒーの種子を集めた時に発見されました。ウォーリー大尉はケニアの農業局長からの指令により、エチオピアコーヒーの野生種の調査の一環として、これらの種子を集めることを任務としていました。エチオピアの原生林はコーヒーの発祥の地であり、その主要品種を調査することでイギリス植民地でコーヒーの商業栽培ができるかどうか、その実行可能性を評価する目的で行われました。すでに1930年代時点において、ゲシャ地方のコーヒーが美味しいものであると、コーヒー業界の人々の耳には届いていました。

ゲイシャ(Geisha、Gesha)は、もともとはゲシャ(Gesha、あるいはGechaと書かれることもあった)と表記されていました。それがいつから"Geisha"と表記されるようになったかははっきりしていませんが、現地語のカッファ(Kafa)は口頭言語であるため、ローマ字に置き換える際に"Gesha"に"i"の文字が入ったという説や単純にスペルミスという説もあります。

ゲイシャについて

ゲイシャはアラビカ種の亜種の一つです。アラビカ種はもともと栽培に大変な手間がかかり、病害虫にも気候変動にも弱い種です。ゲイシャはそのなかでも著しく生産量が低く、栽培と収穫には大きなリスクを伴います。

ゲイシャのコーヒーノキは樹高が4mにまで成長します。これは同じアラビカ種であるブルボンやティピカ種の約2倍の高さです。ゲイシャのコーヒーノキは枝葉が少なく、側枝と側枝の間隔が広いので、機械で収穫することは困難です。パナマの農園は険しい山の斜面に位置しており、手摘みの収穫には厳しい労働と高い精度が求められます。このようにゲイシャはもともと生産性の低いアラビカ種のなかでも特に生産性が低いため、商業生産は困難であると長い間考えられていました。

1970年に中南米では初めて、ブラジルでコーヒーさび病が発生しました。その後さび病は南米諸国に広まり、 やがて中米にまで被害が広がります。1984年までにはパナマを除く、中米地域のすべての産地がさび病に見舞われました。その後、多くの国でさび病対策のため、耐病性のアラビカ種とロブスタ種の交配種の生産を増やしたため、交配種の普及による香味劣化が問題視されるようになりました。ところが、現在までパナマのみ大規模なさび病の流行が確認されていません 。パナマではコーヒーの大敵であるさび病の流行がなかったため、ゲイシャの栽培に最適な環境を維持しています。

1930年代にエチオピアで発見されたゲイシャは、ケニアに渡り、その後タンザニアへ、そして海を渡り1953年に中米のコスタリカの熱帯農業研究および高等教育トレーニングセンター (英語:The Tropical Agricultural Research and Higher Education Center、スペイン語:Centro Agronómico Tropical de Investigación y Enseñanza(CATIE)) に入りました。

パナマ ゲイシャの歴史は1963年にパナマ ドンパチ農園のオーナーで、当時パナマ農業省の職員であったフランシスコ・セラシン・シニア(Sr. Francisco Serracín、通称ドンパチ・シニア(Don Pachi Sr.))氏がコスタリカのCATIEからゲイシャを持ち帰り、中米で栽培したのが最初です。ドンパチ農園は1873年に、セラシン家がカジェ・ホン・セコ地区(Calle jon Sec、「埃だらけの乾燥した道」という意味)に開園した歴史ある農園です。しかし、ゲイシャは栽培と商業的な難しさのために栽培が放棄され、しばらくはそのまま放置されることになりました。

パナマ ゲイシャの発見

パナマ エスメラルダ農園のレイチェル女史のインタビュー、Difference Coffee Co.より

1960年代以降、コーヒーはピーターソン家やその周辺の農園で栽培されていましたが、その後数十年に渡って、複数の農園で生産されたコーヒー豆は、すべて品種を問わずミックスし、出荷されていました。コーヒー豆を農園ごと、品種ごとに区別して取り扱うという考えは、スペシャルティコーヒーというコンセプトが生まれてからのことです。それまでは、生産者にも、消費者にも、コーヒーを品種ごとに扱うという考え方はほとんどなく、すべての豆が一緒くたに扱われるのが当然でした。

1990年代にスペシャルティコーヒーという概念の登場によってコーヒー生産が注目を集めるようになると、ピーターソン家は1997年に高地に新しい農園を買い取り、ハラミージョ(Jaramillo)と名付けました。1997年はパナマに「オホ・デ・ガーヨ(Ojo de Gallo)」、日本語で「アメリカ葉斑病(American leaf spot (of coffee)」というコーヒーの病気が広まりました。これは植物の葉に斑点を形成し、発光反応を阻害する"Mycena citricolor"という病原体が、コーヒーノキをゆっくりと腐敗させます。

ピーターソン家が買い取ったこの農園もこの病気で荒れ果てていましたが、ダニエル氏はこの農園に偶然植えられていたゲイシャのコーヒーノキだけは痛みが少ないことに気づきました。コスタリカに入る以前、ゲイシャは遺伝子バンクやコーヒー研究所のネットワークで交換されていましたが、当時「オホ・デ・ガーヨ(Ojo de Gallo)」に耐病性を示すサンプルについて、特別注意が払われることはありませんでした。ダニエル氏は、それまでゲイシャが植えられていた場所よりももっと高い標高1,650m以上の場所を含む、この農園の多くの場所に、ゲイシャのコーヒーノキを植えることにしたのです。

スペシャルティコーヒーという考え方が浸透し始めた2000年代から、コーヒー品評会が生産各国で開催されるようになりました。1999年にブラジルが世界で初めてコーヒーの国際品評会であるカップ・オブ・エクセレンス (Cup of Excellence(CoE))を開催します。その成功を受け、パナマでも2001年からカップ・オブ・エクセレンスが開催されます(現在のベスト・オブ・パナマの元となるパナマスペシャルティコーヒー協会のカッピング ・コンペティション(Cupping competition)は1996年から始まりました)。

ピーターソン家はこのカップ・オブ・エクセレンス出品のために、それまでになかった新しいことを試みました。生産したコーヒーを農園の異なる区画ごとに極めて注意深く精製処理をし、優れたロットを分離したのです。区画ごとにコーヒー豆をカップテストした際に、ハラミージョ農園で生産されたコーヒー豆だけが、特別に素晴らしい香りと味を持っていることを発見します。コーヒーのカッパーが100%ゲイシャのサンプルを味わったのはこれが初めてのことでした。それから、この独特の香りと味をつくるこの品種を選別し、分離して栽培し始めました。それまで忘れられていたゲイシャが、最初にエチオピアで発見されてから約70年後に再発見されることとなったのです。

2003年からカップ・オブ・エクセレンスに変わり、パナマではベスト・オブ・パナマ(Best of Panama)が始まります。そして2004年のベスト・オブ・パナマで、エスメラルダ農園の出品したゲイシャ「ハラミージョ・スペシャル(Jarmillo Special)」が1ポンドあたり21ドルという当時のオークションで破格の最高落札価格を記録したことから、エスメラルダ農園のゲイシャはそのユニークな香味特性とともに一躍有名となり、それまでは個性不足と言われたパナマ・コーヒーの個性を打ち出すことに成功します。エスメラルダ農園のゲイシャは2004年ベスト・オブ・パナマで最高価格を記録して以来、自ら持つ記録を毎年更新し優勝し続けます。2004年2005年2006年2007年2009年2010年と、ベスト・オブ・パナマで連続一位に輝きます。2007年のオークションでは、落札価格1ポンドあたり130ドルという史上最高値を大きく更新し、世界中の注目を浴びます。

エスメラルダ農園のゲイシャは、コーヒー品評会に出品すれば、必ず優勝するという伝説のコーヒーになりました。そのため、2008年からはベスト・オブ・パナマの別枠で「エスメラルダ・スペシャル (Esmeralda Special)」として、エスメラルダ農園独自のスペシャル オークションが行われることになりました。この2008年はエスメラルダ農園はベスト・オブ・パナマに出品していません。上記の記録で2008年が抜けているのはそのためです。

この2008年にベスト・オブ・パナマのゲイシャ部門で優勝したのがカルレイダ農園(La Carleida)で、当時この農園を運営していたリゴベルト・コレア氏(Don Rigoberto Herrera Correa)がこのゲイシャをコロンビアのセロ・アズール農園の持ち込み、コロンビアで最初のゲイシャの栽培が始まりました。

コロンビアのセロ・アズール農園については以下の記事を参照してください。

http://real-coffee.net/cuppingroomcoffeeroasters-colombia-cerroazul-geisha-xo

エスメラルダ農園は2009年、2010年はベスト・オブ・パナマに出品し、2年連続優勝します。2010年の落札価格は1ポンドあたり170ドルでした。2011年以後は、毎年スペシャル オークションが行われています。

ベスト・オブ・パナマのゲイシャ ナチュラル部門

2017年ベスト・オブ・パナマ、エスメラルダ農園 ホームページより

ベスト・オブ・パナマにゲイシャのナチュラル精製が初めて出品されたのは2011年です。当時はゲイシャのナチュラル精製に関して賛否両論あったようですが、その香味の強さから、その後はむしろウォッシュト精製よりもナチュラル精製の方が高く評価されることとなります。エスメラルダ農園は2013年2015年にベスト・オブ・パナマのゲイシャ ナチュラル部門で優勝しました。

2017年は記録的な年となりました。2017年のベスト・オブ・パナマのゲイシャ ナチュラル部門で94.115点を獲得し優勝した、エスメラルダ農園のカーニャ・ベルデス農園のモンタナ(Moñtana)という区画で生産されたパナマ エスメラルダ農園 カーニャ・ベルデス ナチュラル(Esmeralda Geisha Cañas Verdes)が、1ポンドあたり601ドル(約454gあたり約6万7300円=当時の為替レート)の当時世界最高額で落札されたことが話題となりました。50ポンド(22.68kg)の2箱のみがオークションにかけられ、日本のサザコーヒー 、香港のキュー スペシャル コーヒー(Kew Specialty Coffee)、オーストラリアのシドニー コーヒー ビジネス 株式会社(Sydney Coffee Business Pty Ltd. )の3社が共同落札しました。

それまでの世界最高額は2013年のベスト・オブ・パナマのナチュラル部門の優勝ロット(エスメラルダ農園)で1ポンドあたり350ドルだったので、大幅に更新することとなりました。そのためパナマ エスメラルダ農園 カーニャ・ベルデス ナチュラルは、エスメラルダ農園の歴史に残るコーヒーとして記録されるはずです。

パナマ エスメラルダ農園 カーニャ・ベルデス ナチュラルについては以下の記事を参照してください。

http://real-coffee.net/sazacoffee-panama-hacienda-la-esmeralda-geisha-canas-verdes-natural-best-of-panama-2017

ゲイシャの伝播の流れ

ゲイシャはゲシャ地方で発見されたためその名で呼ばれていますが、ゲシャ(Gesha)ではなく、ゲイシャ(Geisha)と呼ばれるようになったのは、この品種をコスタリカからパナマに持ち込んだドンパチ農園のセラシン・シニア氏がこの品種をゲイシャ 2722(Geisha 2722)と記憶していたためです。これはトゥリアルバで「T.2722」と名付けられた系統であると言われており、エスメラルダ農園のプライス氏は、この他にも異なった系統のゲイシャがあるという「二つのゲイシャ」説を唱えています(このあたりはマイケル・ワイスマンの『スペシャルティコーヒー物語(原題:GOD IN A CUP)』227-232ページに詳しいです)。

ゲイシャ(Geisha)について最初の記録は、1936年のウォーリー大尉から農業局長へ当てた手紙にあります。この中ではすでに"Geisha"と表記されています。下が実際の手紙です。

A letter from the British Consulate dated 1936 makes numerous references to Geisha Mountain and Geisha coffee. Letter shared courtesy of Rachel Peterson.「Is it Geisha or Gesha? If Anything, It’s Complicated」Daily Cofee Newsより

2.My departure for the Geisha coffee area somewhat delayed but eventually arrived there… on the 18th January 1936 to find as i had feared that the heavy crop was over.

3.I had always understood in the past that the coffee at Geisha (considered by Abyssinians to be the best quality) was cultivated, but to my great surprise I found all the coffee growing wild in a huge area of rain forest, underneath the shade of huge trees of various African varieties…

A letter from the British Consulate dated 1936 makes numerous references to Geisha Mountain and Geisha coffee. Letter shared courtesy of Rachel Peterson.「Is it Geisha or Gesha? If Anything, It’s Complicated」Daily Cofee Newsより

要約すると、ウォーリー大尉は1936年1月18日に予定よりも少し遅れてゲイシャコーヒーエリアに到着した。彼はゲイシャエリアでコーヒーが栽培されているのを知っていた(それはアビシニア(現在のエチオピア)で最高品質のものだと考えられる)が、熱帯雨林の巨大なエリアで、巨大なシェードツリーの下でコーヒーが野生に育てられているのを発見したことにとても驚いた、と書かれています。

ゲイシャは1931年にエチオピアで発見され、そこから1931-1932年にケニアへ、1936年にタンザニアへ、そして1953年にコスタリカへ、そこから1960年代にパナマへと渡ったと言われていました。この一連の流れはフランスの生物学者ジャン・ピエール・ランブイス(Jean-Pierre LABOUISSE)氏が、2004年から2006年まで勤務していたエチオピア国立農業研究所(Ethiopian Institute of Agricultural Research(EIAR))で調査したものです。しかし、近年になって上の手紙が発見されたこともあり、実際の発見年がよくわからなくなっています。そのため、現在ゲイシャの発見年は1930年代と書かれるのが一般的です。

ゲイシャ(Geisha)か、あるいはゲシャ(Gesha)か

コーヒーの品種であるゲイシャは、日本の芸者とは何の関係もありません。しかし、海外ではコーヒーのゲイシャと日本の芸者が紛らわしく混同されがちなため、ゲイシャをゲシャと名称変更しようという話があります。実際に海外では、ゲイシャを販売する際に日本の芸者やその他の伝統芸能の画像を流用して販売するロースターも存在するようです。

ゲイシャをゲシャと呼ぶことで、日本の芸者との不適切な混同と言葉の濫用を避けることができ、この品種の起源であるエチオピアと関係づけることができるとのことですが、このようなオリエンタリズムを逆手にとった歴史の改竄は考えものです。

カツアイについて

カツアイのコーヒーチェリー、エスメラルダ農園 ホームページより

カツアイ(カトゥアイ)(Catuai)はゲイシャと並んで、エスメラルダ農園で栽培されている代表的な品種の一つです。1940年代後半にブラジルで発見されたムンドノーボ(Mundo Novo)とカツーラ(Caturra)の交配種です。カツアイという名前は、南アメリカ先住民のトゥピ・グアラニー語族(Tupi-Guarani)の言葉で、「とても良い」という意味です。カツアイは密集栽培ができ、非常に生産性の高い品種です。横に成長する低木で、非常に強い木であり、激しい雨と強い風に抵抗することができます。ブラジルで広く栽培されている品種です。

味はブルボンに似て、甘味があるのが特徴です。エスメラルダ農園のカツアイは、フルーツやチョコレートのような甘味のあるバランスのとれた味が特徴です。大量生産が可能なため、エスメラルダ農園の発展と労働者を支えるために、非常に重要な品種です。エスメラルダ農園のカツアイのブランドに、ダイヤモンド マウンテン(Diamond Mountain)とパルミラ(Palmyra)があります。

エスメラルダ農園内にある4つの農園について

エスメラルダ農園内にはハラミージョ農園(Jaramillo)、カーニャ・ベルデス農園(CañasVerdes)、エル・ベロ農園(El Velo)、パルミラ農園(Palmira)の4つの農園があります。

ハラミージョ農園

ハラミージョ農園、エスメラルダ農園 ホームページより

ハラミージョ農園(Jaramillo)は、2004年にダニエル・ピーターソン氏によってゲイシャが最初に発見された場所です。標高最大1,700mにまでマイクロロットが生産されています。ハラミージョのマイクロクライメット(微気候)は、ゲイシャの持つ花のような明るく大胆なフレーバーを生み出します。この場所は大西洋と太平洋の両方の影響を受けており、絶え間なく霧が発生し、一年中湿度が高いです。気温が低く、多くのシェードツリーがあり、ゲイシャを栽培するのに最適の環境です。エスメラルダ農園の最高級のマイクロロットは、ハラミージョ農園の斜面にある小さな畑から生まれます。

ハラミージョ農園には以下のような区画があります。

  • Mario
  • Noria
  • Reina
  • Bosque
  • Buenos Aires

ダニエル氏がゲイシャを発見したのは、このマリオ(Mario)という区画です。この区画は絶えず霧が立ち込める特殊なマイクロクライメット(Microclimat、微気候)を持っており、この区画で生産されるゲイシャはエスメラルダ農園のゲイシャのなかでも特別な香味を有しています。

カーニャ・ベルデス農園

カーニャ・ベルデス農園、エスメラルダ農園 ホームページより

カーニャ・ベルデス農園(Cañas Verdes)は、1967年からピーターソン家が所有しているバル火山の南東斜面にある農園です。大きな原生林に覆われ、爽やかで涼しい風の吹く、標高最大2,000mに至るまでマイクロロットが生産される場所です。エスメラルダ農園の最西端に位置しています。カーニャ・ベルデスは乾季が12月-3月にかけて3-4ヶ月あり、ハッキリとした酸味と非常に複雑な味わいを持つ、バランスの取れたフルーティーなゲイシャのマイクロロットを生み出しています。

カーニャ・ベルデス農園には以下のような区画があります。

  • Lino
  • Coronado
  • Fundador
  • León
  • Montaña
  • Trapiche
  • Chinta
  • Cabaña
  • Tumaco

2017年のベスト・オブ・パナマのゲイシャ ナチュラル部門で94.115点を獲得し優勝した、エスメラルダ農園 カーニャ・ベルデス ナチュラルは、この農園のモンタナ(Moñtana)という区画で生産されたゲイシャです。

エル・ベロ農園

エル・ベロ農園、エスメラルダ農園 ホームページより

エル・ベロ農園(El Velo)はバル火山の東、アルト・キエル(Alto Quiel)として知られるボケテ地区の北部にあります。エル・ベロは2012年の開園された、エスメラルダ農園の最も新しい農園です。農園面積50ヘクタール、若干傾斜の多い地形で、列ごとに異なった区画に整然と分けられています。標高最大2,100mにまでマイクロロットが生産されています。太平洋からの暖かい空気と大西洋から降りてくる冷たい空気がぶつかり合って生じる小雨が定期的に降り注ぎます。この場所の高い標高、明るい日差し、低い気温は、アプリコット、ジャスミンとバラ、レモングラスのような若々しいカップを生み出します。この農園ではゲイシャも栽培されていますが、高品質なコーヒー生産、病気の耐性や商業栽培の可能性の長期的な研究のために、ローリナ(Laurina)、パカマラ(Pacamara)、モカ(Mocca)とケニア由来のSL-28や、エチオピア由来の400以上の品種が栽培されています。

エル・ベロ農園には以下のような区画があります。

  • Guabo
  • Portón
  • Durazno
  • Higuerón
  • Higo
  • Buena Vista
  • Águila

3つの農園のコーヒーノキは標高1,650-2,100mに植えられていますが、エスメラルダ農園の土地は2,900mにまで至るバル火山のあらゆるところにあります。そこにはケツァールという色鮮やかな鳥や、絶滅の危機に瀕している鳥や動物がいる自然保護区があります。

パルミラ農園

パルミラ農園、エスメラルダ農園 ホームページより

パルミラ農園(Palmira)は1967年にルドルフ・A・ピーターソン氏が購入した最初の土地で、ここからエスメラルダ農園の歴史は始まりました。何年にもわたり小さな農園を買い取り、所有地を拡大していきました。パルミラ農園はバル火山の裾野に位置し、標高1,100m-1,250mと低い場所にあります。この農園ではパルミラというブランドで販売されるカツアイ (Catuai)を生産しています。パルミラ農園で生産されたコーヒーはすべて、農園の中心にある単一の精製所でウォッシュト(Washed、湿式)で精製されます。

収穫

収穫の労働者、エスメラルダ農園 ホームページより

エスメラルダ農園ではパナマの他の農園同様に、収穫期にはパナマの先住民族であるノベ・ブグル(Nôbe-Buglé)族が活躍します。エスメラルダ農園のゲイシャのピッカー(収穫労働者)には平均の3倍の報酬が支払われ、6月にはすべてのピッカーにボーナスが支給されます。また、ピッカーが働いている間に、子供たちを世話するための保育園も設けられています。優秀な子供には、小学校と中学校、そして大学教育を受けるための奨学金が与えられます。

精製方法

エスメラルダ農園の精製方法はウォッシュト(Washed、湿式)とナチュラル(Natural、乾式)です。

ウォッシュトとナチュラルはコーヒーの代表的な精製方法です。ウォッシュトは収穫したコーヒーチェリーをパルピング(Pulping、果肉除去)し、発酵と水洗い後、パーチメント(Parchment)付きコーヒー豆を乾燥させ脱穀する方法で、ナチュラルは、収穫したコーヒーチェリーをそのまま天日干し乾燥させ、その後、脱穀してコーヒー生豆を取り出す方法です。ウォッシュトでは水洗いするため綺麗な味わいに仕上がり、コーヒー豆が持つ本来の風味を楽しむことが出来ます。ナチュラルでは乾燥工程における果肉の発酵の作用によって、より複雑な味わいとなります。

ウォッシュト(湿式)

エスメラルダ農園のウォッシュト精製、エスメラルダ農園 ホームページより

エスメラルダ農園のウォッシュトでは、収穫されたコーヒーチェリーは受水槽に運ばれます。 そこでコーヒーチェリーを漏斗状になった下部に沈めるために、ポンプで水を汲み上げます。水に沈まず表面に浮かび上がった完熟していないコーヒーチェリーは処分されます。受水槽で浮遊物を除去した後、残りのチェリーは果肉と外皮(パルプ)をパルピング(果肉除去)します。 除去された果肉や外皮は集められ、農園や牧草地の肥料として使用されます。パーチメントとなった状態で、粘着性の粘液であるムシレージ(Mucilage)を機械で除去します。

ナチュラル(乾式)

エスメラルダ農園のナチュラル精製、エスメラルダ農園 ホームページより

エスメラルダ農園のナチュラルは、気象条件やスペースにもよりますが、収穫したコーヒーチェリーをコンクリートのパティオで3-5日間、または乾燥ベッドで1日8時間乾燥します。十分に乾燥させた後、通常72時間かけてのグアルディオラ乾燥機(Guardiola)で乾燥工程を完成させ、発酵を防ぎます。乾燥が完了すると、機械によって脱穀されます。

エスメラルダ農園では、この二つの精製方法の他にも実験的な精製方法に取り組んでいます。

乾燥

エスメラルダ農園の乾燥工程は、伝統的なパティオによる乾燥と、グアルディオラ乾燥機による乾燥の2つの方法で行われます。どちらを用いるかはコーヒーの種類、気象条件、利用可能なスペースによって決定されます。

グアルディオラ乾燥機

グアルディオラ乾燥機、エスメラルダ農園 ホームページより

グアルディオラ乾燥機は水平回転式ドラムで、定量の熱風を流すことでコーヒー豆の水分を除去します。エスメラルダ農園では熱源にバイオマスが利用されます。この乾燥方法では乾燥工程が気象条件に依存しないため、品質の一貫性を保つことができます。この大きな乾燥機では一度に大量のコーヒー豆を乾燥させることができますが、マイクロロットのような少量のコーヒー豆を乾燥させることはできません。

パティオによる乾燥

パティオによる乾燥、エスメラルダ農園 ホームページより

パティオによる乾燥はマイクロロットに適しています。パティオによる乾燥ではコーヒー豆が広いパティオに広げられ、天日乾燥されます。パティオによる乾燥は気象条件の影響を受けやすい乾燥方法です。均一な乾燥のために、定期的に反転させます。この方法では日照や気象条件に応じて、水分量11%を目安に3-7日間乾燥されます。

乾燥後は倉庫でリポーゾ(Reposo)というコーヒーを寝かせて休ませる休養期間が与えられます。これによって品質が安定しカップクオリティが高まります。エスメラルダ農園では最低30-45日コーヒー豆が寝かせられます。脱穀と選別後、輸送されます。

エスメラルダ農園の各ブランドについて

エスメラルダ農園はゲイシャが有名ですが、ゲイシャ以外の品種も栽培していて、それぞれブランド名を持っています。ゲイシャには3つのブランドがあり、エスメラルダ スペシャル(Esmeralda Special)、プライベート コレクション(Private Collection)、ゲイシャ 1500(Geisha 1500)で構成されています。その他にティピカ、ブルボン、カツアイのダイヤモンド マウンテン(Diamond Mountain)、カツアイのパルミラ(Palmyra)、カツアイのエル ベロ カツアイ リザーブ(El Velo Catuai Reserve)のブランドがあります。

エスメラルダ スペシャル

エスメラルダスペシャル

エスメラルダ スペシャルは、こちらの赤いロゴが使用されます。エスメラルダ スペシャルは、スペシャル オークションに出品される特別に高品質のゲイシャです。ハラミージョ、カーニャ・ベルデスの1,600m-1,800mのエリアで生産されたゲイシャに対して、90点以上のカッピング評価がなされたロットにのみ与えられるブランドです。パナマ エスメラルダ ゲイシャの全生産量のうち、非常に希少なマイクロロットがこのブランド区分に位置付けられています。

オークションロット名は収穫された区画と収穫時期によって名前がつけられます。1月に収穫されたロットは1月を意味するエネロにちなんで「エネロ(Enero)」、2月に収穫されたロットはカーニバルの時期にちなんで「カルナバル(Carnaval)」、3月に収穫されたロットは、3月19日のスペイン語で聖ヨセフの意味するサン・ホセ(San José)の祝日にちなんで「サン・ホセ(San José)」、4月に収穫されたロットはスペイン語で復活祭、イースターを意味するパスクアにちなんで「パスクア(Pascua)」と名付けられます。

例えばマリオ・カルナバル(Mario Carnaval)というオークションロットは、ハラミージョ農園のマリオという区画で2月に収穫されたロットという意味です。

エスメラルダ プライベート コレクション

エスメラルダ プライベートコレクション

エスメラルダ プライベート コレクションは、こちらの緑のロゴが使用されます。こちらはハラミージョ、カーニャ・ベルデス、エル・ベロの1600-1800mで生産されたゲイシャで、スペシャル オークションの出品には落選した豆のブランドです。エスメラルダ スペシャルを選別する際にカッピング評価90点未満でスペシャル オークションに出品できなかった豆ですが、87-90点の高品質なゲイシャとして提供できる豆が選別されています。こちらも非常に高品質のブランドです。

エスメラルダ ゲイシャ 1500

エスメラルダ ゲイシャ1500

エスメラルダ ゲイシャ 1500は、こちらの紫色のロゴが使用されます。2016年からスタートした標高1400-1500mの新しく開拓された区画で生産されているゲイシャのブランドです。ゲイシャ 1500は、エスメラルダ農園の比較的低い標高の区画で生産されています。こちらは比較的安価で、購入しやすいブランドです。

コーヒーは標高の高さが香味を決定づける重要なポイントとなります。標高が高ければ昼夜の寒暖差が大きくなり、コーヒーの果実が引き締まったり膨らんだりを繰り返すことで糖度を増し、それがコーヒーの香りの豊かさや甘味を生み出します。エスメラルダ農園では、1400m以上の標高がなければ、ゲイシャの個性の際立った風味特性を求める事は難しいと考えているため、標高1400m-1800mの土地でゲイシャの生産をしています。

ダイヤモンド マウンテン

ダイヤモンド マウンテン

ダイヤモンド マウンテンは、ハラミージョとカーニャ・ベルデスの比較的標高の低い1400mの区画で栽培されたティピカ、ブルボン、カツアイのブランドです。シトラス系の酸味とチョコレートのような甘味とコクが特徴です。ゲイシャと同様に徹底的に管理された環境で栽培されているため、非常にクリーンな味わいに仕上がっています。

パルミラ

パルミラ

パルミラは、エスメラルダ農園の中央部に位置するパルミラ農園で生産されたカツアイのブランドです。パルミラは、ルドルフ・A・ピーターソンが最初に購入したエスメラルダ農園の最初の土地です。味はミルクのような優しい甘味、チョコレートのようなコクがあり、柔らかく丸い口当たりです。

ちなみにエスメラルダ農園内のパルミラ農園は"Palmira"と"i"の表記ですが、ブランド名のパルミラは"Palmyra"と"y"の表記です。

受賞歴

受賞歴、エスメラルダ農園 ホームページより
  • ベスト・オブ・パナマ ゲイシャ部門 第一位:2004年、2005年、2006年、2007年、2009年、2010年、2013年(ナチュラル)、2015年(ナチュラル)、2017年(ナチュラル)
  • レインフォレスト・アライアンス・カッピング ・フォー・クオリティ 第一位:2004年、2006年、2007年、2008年、2009年、2013年
  • スペシャルティ・コーヒー・アソシエーション・オブ・アメリカ・ロースターズ・パビリオン 第一位:2005年、2006年、2007年

日本とゲイシャ

コーヒー界のロマネコンティ

カフェバッハのチラシ

これはカフェ・バッハが日本にゲイシャを紹介した時のチラシです。カフェ・バッハはゲイシャを「コーヒー界のロマネコンティ」という謳い文句で紹介しました。上のチラシの文言はその後、日本でゲイシャを紹介する際の定型文となり、繰り返し使われることになります。

ベスト・オブ・パナマと日本

ベスト・オブ・パナマのロゴ、ベスト・オブ・パナマ ホームページより

ベスト・オブ・パナマでエスメラルダ農園のゲイシャは破格の価格で落札されて以降、ゲイシャは日本で非常に注目されることとなります。サザコーヒーやワタル、小川珈琲がエスメラルダ スペシャルやベスト・オブ・パナマの入札に参加します。ベスト・オブ・パナマでエスメラルダ農園のゲイシャを最初に落札した日本の企業はワタルです。ベスト・オブ・パナマ 2009でエスメラルダ農園の出品ロット「エスメラルダ スペシャル」が、ワタルによって71.50ドルで落札されました。ここから日本の企業のベスト・オブ・パナマ優勝ロットの落札が続きます。近年はサザコーヒーの高額落札が特に目立っています。

サザコーヒーとパナマ ゲイシャ

左 フランシスコ・セラシン・シニア氏、中央 鈴木太郎氏 右 ダニエル氏、「いちばんすごい「パナマ ゲイシャ」は? 」 サザコーヒーより

サザコーヒーの鈴木太郎氏はこのパナマのゲイシャと「恋をしてしまった」らしく、2009年からオークションに参加し、毎年パナマのベストゲイシャを落札しています。鈴木太郎氏は現在ベスト・オブ・パナマの国際審査員も務めています。

パナマ・ゲイシャ品種 No1ロットの落札の記録
※値段は1ポンドあたり価格
2009年
エスメラルダスペシャルオークションで No1を117ドルで落札。(同年最高価格)
*エスメラルダ農園
2010年
ベストオブ・パナマで No1を170ドルで落札。(同年最高価格) *エスメラルダ農園
2011年
ベストオブ・パナマで No1を75ドルで落札。(同年最高価格) *エスメラルダ農園
2012年
ベストオブ・パナマが 2部門制になり
ウォッシュド(水洗式)部門 No1を90ドルで落札。*エスメラルダ農園
ナチュラル(天日干し)部門 No1を93ドルで落札。(同年最高価格)*エスメラルダ農園
エスメラルダスペシャルオークションで No1を65ドルで落札。*エスメラルダ農園
2013年
ベストオブ・パナマ
ナチュラル部門のNo1を350ドルの世界過去最高価格更新で落札。(同年最高価格)*エスメラルダ農園
エスメラルダスペシャルオークションで No1を127ドルで落札。*エスメラルダ農園
2014年
ベストオブ・パナマ ゲイシャ以外のトラディショナル部門が加わる。
トラディショナル部門 No1を85ドルで落札。(パカマラナチュラル)
2015年
ベストオブ・パナマ
ナチュラル部門 No1を1ポンド140ドルで落札。(同年最高価格)*エスメラルダ農園
2016年
ベストオブ・パナマ
ウォッシュド部門 No1を1ポンド275ドルで落札。(同年最高価格)*エスメラルダ農園
エスメラルダスペシャルオークションで No1を135ドルで落札。*エスメラルダ農園
2017年
ベストオブ・パナマ
ナチュラル部門 No1を1ポンド601ドルで購入、世界過去最高価格更新。*エスメラルダ農園
ウォッシュド部門 No1をポンド254ドルで落札。
エスメラルダスペシャルオークションで No1を182ドルで落札。*エスメラルダ農園
2018年
ベストオブ・パナマ
ウォッシュド部門 No1を1ポンド661ドルで落札。*エリダ農園
ナチュラル部門 No1を1ポンド803ドルで購入、世界過去最高価格更新。*エリダ農園
2019年
ベストオブ・パナマ
ウォッシュド部門 No1を1ポンド331ドルで落札。*エリダ農園
ナチュラル プロセス部門 No1を1ポンド1029ドルで購入、世界過去最高価格更新。*エリダ農園

「パナマで偶然に発見された「ゲイシャ」というコーヒーに恋をしました。」 サザコーヒー ホームページより

ベスト・オブ・パナマのゲイシャ部門の落札価格は年々上昇し、2019年にはエリダ農園のゲイシャ ナチュラル&スペシャルプロセスが1ポンドあたり1029ドルの価格で落札されました。

ベスト・オブ・パナマ 2019 ゲイシャ部門 第1位のパナマ エリダ農園 グリーンチップ・ゲイシャ ウォッシュト ナチュラル&スペシャルプロセスについては以下の記事を参照してください。

http://real-coffee.net/sazacoffee-panama-elida-estate-greentips-geisha-best-of-panama-2019-no1

このような品評会のオークションでは、入札合戦が加熱し、価格が異様に高騰するということに疑問を呈する声もあります。特にパナマのゲイシャはその高いカップクオリティと同時に、非常に話題性が高く、ある種の流行となっているので、グローバル資本主義の投機的な運動の対象となることも懸念されます。良かれ悪しかれ今後しばらくは、パナマのゲイシャが最高品質のコーヒーとして注目を浴び続けることは必至であると思います。

<参考>

マイケル・ワイスマン『スペシャルティコーヒー物語(原題:GOD IN A CUP)』,楽工社,久保尚子訳,旦部幸博日本語版監修・解説.

旦部 幸博 「パナマとパナマコーヒーの歴史(概観)」,『バッハコーヒー・インフォメーション』<http://www.bach-kaffee-planandconsul.jp/Panamacoffee.pdf>2019年10月31日アクセス.

旦部 幸博「2012-01-01から1年間の記事一覧」,百珈苑BLOG<https://coffeetambe.hatenablog.com/archive/2012>2019年10月31日アクセス.

Hacienda La Esmeralda homepage,<http://haciendaesmeralda.com/>2019年10月31日アクセス.

「Is it Geisha or Gesha? If Anything, It’s Complicated」Daily Cofee News<https://dailycoffeenews.com/2017/11/09/is-it-geisha-or-gesha-if-anything-its-complicated/>2019年10月31日アクセス.

「HACIENDA LA ESMERALDA」,Specialty Coffee Association of Panama<http://scap-panama.com/2017/03/10/haciendaesmeralda/>2019年10月31日アクセス.

「PRODUCER PROFILE: DANIEL PETERSON, HACIENDA LA ESMERALDA」,Collaborative Coffee Source<https://www.collaborativecoffeesource.com/the-collaborative-blog/2016/07/14/producer-profile-daniel-peterson-hacienda-la-esmeralda>2019年10月31日アクセス.

「Stop Calling It “Geisha” Already」,SPRUDGE<https://sprudge.com/stop-calling-it-geisha-already-136137.html>2019年10月31日アクセス.

「パナマ エスメラルダ農園 各ブランドの復習」,Specialty Coffee WATARU<https://www.specialty-coffee.jp/wp/archives/6316>2019年10月31日アクセス.

「パナマで偶然に発見された「ゲイシャ」というコーヒーに恋をしました。」,SAZA COFFEE<http://www.saza.co.jp/goods/geisha/geisha1.php>2019年10月31日アクセス.

鳥目散 帰山人「一番じゃなきゃダメ?」,帰山人の珈琲漫考 2010年6月21日エントリー<https://kisanjin.blog.fc2.com/blog-entry-245.html>2019年10月31日アクセス.

鳥目散 帰山人「狂気のゲイシャ」,帰山人の珈琲漫考 2012年2月12日エントリー<https://kisanjin.blog.fc2.com/blog-entry-424.html>2019年10月31日アクセス.

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