アメリカ合衆国におけるメリタ
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アメリカ合衆国におけるメリタ

アメリカ合衆国におけるメリタ

1908年、ドレスデン(Dresden)の主婦メリッタ・ベンツ(Melitta Bentz)は、コーヒーに粉が混ざっているという夫の不満を解消するため、容器に紙を敷いてコーヒー注ぐ方法を考案した。これがメリタ社の原点である。その後、同社はドイツのミンデン(Minden)に拠点を置く家族経営の企業として成長し、コーヒーフィルターや関連器具の分野で世界的なブランドへと発展していった。

メリタが米国市場に本格的に参入したのは1960年代初頭のことである。手動式のドリップコーヒーメーカーとペーパーフィルターを持ち込み、当時主流だった電気式パーコレーターに代わる新しい淹れ方を提案した。雑味のないすっきりとした味わいを実現するこの方法は、美味しいコーヒーを求める消費者の支持を集め、アメリカの家庭にドリップ式コーヒーを定着させる大きな役割を果たした。

しかし、1970年代後半に入ると、「ミスター・コーヒー(Mr. Coffee)」ブランドの電気ドリップ式コーヒーメーカーを展開する他社にシェアを奪われ、メリタは米国のコーヒーメーカー市場における主導権を失うこととなった。それでもペーパーフィルターの分野では強固な基盤を保ち、特に北東部やカリフォルニア州(California)といった地域では高いブランド認知度を維持し続けていた。

フロリダ州(Florida)クリアウォーター(Clearwater)に北米本社を構えるメリタ・ノースアメリカ(Melitta North America)は、同地で製造するコーヒーフィルターによって、アメリカのフィルター市場でトップクラスのシェアを誇っていた。事業の大部分は、コーヒーフィルター生産とニュージャージー州(New Jersey)で焙煎されるコーヒーの販売が占めており、コーヒーメーカーの一部をメキシコで製造するなど、北米での強固な生産体制を築き上げていた。

親会社であるメリタ・グループは、ドイツに拠点を置く家族経営の企業であり、世界全体から見れば北米事業の売上は1割にも満たなかった。しかし、1990年代に入るとアメリカを重要な成長市場と位置づけ、積極的な投資を行うようになった。その結果、アメリカでの売上高は10年間で約3倍に伸び、約1億ドルに達するまでの成長を遂げた。

1980年代から1990年代にかけて、アメリカのコーヒー市場では消費者の関心が「量から質」へと移り変わり、スペシャルティコーヒーの人気が高まっていった。シアトル(Seattle)を拠点とするスターバックス(Starbucks)が急成長を遂げ、1990年代半ばには米国とカナダで1,000店舗を展開するなど、小売業としてのコーヒーチェーンが新たな文化を作り上げた。アメリカスペシャルティコーヒー協会(SCAA)(Specialty Coffee Association of America)によれば、当時のスペシャルティコーヒー市場は年率約10%で成長しており、フレーバーコーヒーや高品質な豆に対する消費者のニーズは高まる一方であった。

このような時代の変化に対し、メリタは当初こそ対応が遅れたものの、1990年代半ばに大きな戦略転換に踏み切った。長年にわたってレギュラーとカフェインレスのみを販売してきた方針を見直し、1996年にはチョコレートやラズベリーといった風味を楽しめる10種類のグルメコーヒーをアメリカの食料品店で発売した。さらに、それまで粉コーヒーしか扱っていなかった伝統を破り、コーヒー豆の販売にも乗り出すことで、グルメコーヒー市場への本格的な参入を果たした。

同時期にメリタは、消費者との直接的な接点を増やすため、自社のコーヒーショップチェーンであるコーヒー・ワールド(Coffee World)の拡大計画も打ち出した。ショッピングモールやホテル、大学のキャンパスなどに展開していた十数店舗を、数年のうちに最大200店舗規模まで増やすという野心的な構想であった。これは、実際の店舗で自社ブランドを体験してもらい、家庭用製品の販売にもつなげるという、スターバックスの成功モデルを参考にした戦略であった。加えて、独立系のコーヒーショップと提携し、メリタの製品を独占的に供給してもらうというネットワーク構築も目指した。

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