
コーヒーの抽出理論とその変遷 テッド・R・リングル『ザ・コーヒー・カッパーズ・ハンドブック』
テッド・R・リングル『ザ・コーヒー・カッパーズ・ハンドブック』
『ザ・コーヒー・カッパーズ・ハンドブック』(原題:The Coffee Cupper’s Handbook)は、1985年にテッド・R・リングルによって著された、コーヒー・カッピングの理論的基盤を解説する著作である。コーヒー・カッピングとは、プロのコーヒーテスターがコーヒー豆を選定するために行う伝統的な官能評価の手法であり、香り、味、ボディといった品質特性を見極めるための重要な実践である。
本書は、単なる技術解説書ではなく、コーヒーのフレーバーを正確に伝えるための共通言語を築こうとする実践的な試みとして構想されている。特徴的なのは、カッピングの技術を経験則としてではなく、その背後にある科学や化学の観点から体系的に説明している点である。とりわけ、コーヒー飲料の香りや味、ボディといった知覚が、化学組成や成分の種類・強度、さらにはコーヒーに含まれる多様な風味化合物とどのように関係しているのかを論じており、コーヒーの官能評価を感覚だけでなく科学的知見から捉え直すための導入書として有用である。
コーヒーのフレーバーをめぐる最大の困難は、人間の言語が香りや味を表す語彙に乏しいことにある。視覚や聴覚、触覚には豊富な表現がある一方で、嗅覚と味覚に関しては限られた語しかなく、アロマ、オウダー、スメル、フレグランス、テイスト、フレーバー、ボディといった近接概念が日常会話や文章の中で混同されやすい。そのため、意味のある議論を可能にするには、業界の実務者が使う経験的な語彙と、化学者や食品技術者が使う精密な科学用語を架橋する包括的なフレーバー言語が必要となる。さらに、その言語は刺激の物理的性質に即して構成されなければならない。気体になったものは香りとして知覚され、液体として溶けたものは味として知覚され、蒸発も溶解もしない残留物は口中感覚として知覚されるため、香り、味、口当たりはそれぞれ独立した要素として扱う必要がある。こうした語彙の形成は、複数のカッパーが同じコーヒーを同時に評価し、感覚経験に対応する言葉をすり合わせるカッピングテーブルから始まるべきであり、他言語へ移し替える際には文化や伝統、共通経験への配慮も不可欠である。
コーヒーのフレーバーの科学的理解は進歩してきたものの、その本質にはなお多くの謎が残されている。コーヒーには微量ながら数多くの有機・無機化合物が含まれ、単独で主要なフレーバー成分とみなせるものはない。しかも、それらを分離・濃縮すると不快なフレーバーを示すものも多く、常温で不安定な成分は急速に揮発したり他成分と再結合して新たな化合物へ変化したりする。加えて、人間の味覚認識そのものが、香りと味の同時的な知覚、神経伝達、脳内での統合という複雑な過程に依存しており、とりわけ嗅覚の機構は十分に解明されていない。このため、コーヒーの好ましさと不快さの両面を完全に説明することは難しいが、それでも体系的な官能評価法を構築するには十分な知見が蓄積されており、本書はその知見を非専門家にも扱いやすい形へ整理しようとしている。
コーヒーのフレーバーを構成する化学成分は、本来すべて植物の自然な代謝過程から生じる。コーヒーノキは光合成によって水と二酸化炭素から糖を生み出し、土壌中の無機元素の助けを得てそれを成長や維持に用いるか、種子に蓄える。人間はその過程を、果実の収穫、乾燥、焙煎、粉砕、抽出によって中断し、種子に蓄えられていた化学成分を飲料として取り出す。こうして得られる一杯のコーヒーは、自然由来の有機・無機化合物の複雑な組み合わせによって、フレーバー、色、ボディを示す。フレーバーとは香りと味の同時的な知覚であり、香りは焙煎豆や粉から気体として放出される揮発性成分から成り、味は抽出中に液体として溶け出す水溶性成分から成る。さらに、口中に残った未揮発・未溶解の残留物は、標準的には水との比較によって把握されるボディ、すなわち口当たりの感覚を生む。
この官能評価は、オルファクション(嗅覚)、ガステイション(味覚)、マウスフィール(口当たり)の三段階に整理される。嗅覚評価では、焙煎や抽出によって生じる揮発性有機成分を捉えるが、成分ごとに揮発しやすさが異なるため、評価の局面も細分化される。挽いた粉から立つ乾いた香り、抽出液表面から立ちのぼる湯気としての香り、口に含んだ際に液体や固体に付着していた揮発成分が鼻へ抜ける香り、飲み込んだ後に口中残渣から立ちのぼる余韻としての香りが区別される。個々のコーヒーは固有の芳香パターン、すなわちブーケをもち、それが味覚の特徴と結びつくことで独自のフレーバープロファイルを形づくる。似た産地のコーヒー同士を識別するうえで、嗅覚はとりわけ重要な手段である。
味覚評価では、抽出液中に溶け出した水溶性の有機・無機成分が対象となる。有機成分には糖、植物油、果実酸、アルカロイド、エステルなどが含まれ、甘味、酸味、苦味に関与する。無機成分は主として鉱物塩であり、濃度によって甘味に近い印象から収斂味、石鹸味、金属味のような印象まで幅広い感覚を与える。コーヒーの基本味としては甘味、酸味、塩味が中心であり、苦味は通常それらを修飾・強調する役割を果たすが、低品質豆や深煎りでは苦味が支配的になることもある。ここで重要なのが味のモジュレーションであり、一つの基本味の知覚が他の味の強さとの関係で変化するという考え方である。コーヒーではこの相互作用によっていくつかの主要な味の型が生まれ、産地傾向とも大まかに結びつけられる。
口当たりの評価では、舌、歯茎、口蓋などにある神経終末が、飲み物の粘性や油性感を感知し、ボディの感覚を生む。粘性は、水に対してどれほど厚みがあるかを示し、主として抽出後も液中に浮遊する微細な固形物、すなわち豆の繊維片などに由来する。油性感は脂質の量に関係し、生豆では固体状で存在する脂肪分が、焙煎後には液状となり、抽出時に取り出されて完全には溶けず、液面に油膜として集まる。こうした未溶解成分や懸濁物が、コーヒーの触覚的印象を決定づける。
本書は、こうした三要素とそれを支える主要化学成分を整理するだけでなく、収穫、乾燥、保管、焙煎、抽出の各過程で生じる欠点臭や汚染由来の欠陥も扱い、さらにサンプル準備から香り・味・ボディの評価に至るカッピング手順、記録や比較のための図表類までを体系化している。初心者にとっては、似た味を持つコーヒーを大まかに分類する枠組みを与え、熟練者にとっては、近似したフレーバーをもつコーヒー同士を香りの差異によってより精密に識別するための語彙を提供するものである。目指されているのは決定版の提示ではなく、コーヒーのフレーバーを意味あるかたちで語り分けるための、科学的で共有可能な基盤の整備である。
オルファクション(嗅覚)
嗅覚の段階では、コーヒーの香りは揮発性化合物が鼻腔内の嗅覚受容体を刺激することによって知覚されると整理される。においの分子は、粉を嗅ぐときには気体として、飲み込むときには蒸気として嗅覚領域に到達するが、通常の呼吸では十分に届かないため、香りの評価には意識的な吸気や嚥下動作が重要となる。受容感度は人によって異なり、同じコーヒーでも評価者や時点によって印象が微妙に変化する。そのため、優れたカッパーに求められるのは特殊な過敏さよりも、長年の経験によって培われたにおいの記憶と比較能力である。複数のにおい刺激が同時に存在すると、それらは混ざって新しい印象を作ることもあれば、交互に感じられたり、別々に同時知覚されたり、片方が他方を覆い隠したり打ち消したりもする。コーヒーの香りが複雑でありながら、花や果実、木、香辛料など他の自然物を想起させるのは、こうした重層的な嗅覚作用が同時に生じているためである。
香りの分類は、まず成分がどこから生じたかによって整理され、その後に分子構造や揮発性の近さによってまとめられる。第一の群は、生豆が生きた植物である段階の酵素反応に由来する成分であり、もっとも揮発しやすく、挽きたての粉の乾いた香りに強く現れる。この群は花様、果実様、青葉・野菜様に分かれ、ジャスミンやラベンダーのような甘い花香、カルダモンのような甘い香辛感、柑橘やベリーのような果実感、あるいはタマネギ、豆、パセリ、キュウリを思わせる植物的印象として表される。第二の群は焙煎中の糖の褐変反応によって生じる成分で、抽出液の立ち香や口に含んだ際の鼻抜けに強く関与し、各コーヒーの中心的なフレーバー差を形づくる。これはナッツ様、カラメル様、チョコレート様に大別され、軽めの焙煎ではナッツや麦芽、標準的な焙煎ではキャンディや糖蜜、深めの焙煎ではビターチョコレートやバニラに近い性格が強まる。第三の群は、豆繊維の乾留、すなわちより強い加熱・燃焼に伴って生じる成分であり、最も揮発しにくく、後味として感じられやすい。ここでは樹脂や薬草を思わせるターペン様、温感や刺激を伴うスパイス様、煙や灰を思わせるカーボン様の印象が中心となる。
コーヒーの全体的な芳香像はブーケとして捉えられ、その中身は四つの局面に分けて観察される。第一は挽きたての粉から立つフレグランスであり、豆が粉砕される際に二酸化炭素とともに揮発成分が放出されることで生じ、一般に甘い花香や甘いスパイス香を伴う。第二は抽出直後の液面から立つアロマであり、熱湯によって液体状態の成分の一部が気体化して生まれるもので、果実様、植物様、ナッツ様な印象が交錯し、欠点臭があればこの段階で現れ始める。第三は口に含んだ液体をすするときに感じるノーズであり、液中の成分が気化し、閉じ込められていた気体も解放されることで、カラメル、ローストナッツ、穀物のような印象が立ち上がる。第四は飲み込んだ後に残るアフターテイストであり、より重い成分が口中残渣から蒸気として立ちのぼることで、木材、樹脂、煙、スパイス、チョコレート様の感覚が残る。コーヒーの芳香記述では、この四局面それぞれに適切な語を与えることが重要であり、それによってそのコーヒー特有の多様性が描き出される。
ブーケの評価には、種類の多さだけでなくストレングスとフルネスも含まれる。四局面すべてに十分な香気があり、しかもその強度が高ければリッチとされ、要素は揃っていても強度が弱ければフルとみなされる。いくつかの要素が欠けつつも一定のまとまりがあればラウンドとなり、ほとんど香りの存在感がなければフラットと評価される。したがって、あるコーヒーのフレーバーを体系的に記述するには、産地だけでなく焙煎度も前提として示し、そのうえでフレグランス、アロマ、ノーズ、アフターテイストを順に描写し、さらにそれらの複雑さと強度を判定する必要がある。フレーバー記述の精度を左右するのは、単一の香り語ではなく、この四層構造を通じて全体像を組み立てる能力である。
ガステイション(味覚)
味覚の段階では、舌の粘膜上にある受容器が水に溶けた化学成分を感知する。基本味は甘味、塩味、酸味、苦味の四つであり、それぞれ感受しやすい舌の部位が異なるとされる。コーヒー中の水溶性成分には、甘味に寄与する糖類やアミノ酸複合体、塩味に関わる各種鉱物酸化物、酸味に関わる不揮発性有機酸、苦味に関わるカフェイン、トリゴネリン、キナ酸、クロロゲン酸、フェノール系複合体などが含まれる。実際のコーヒーの味はこれら四味の総合であるが、量的に多い甘味、塩味、酸味が全体印象を主に決定する。苦味はしばしば欠点として語られるものの、本来はコーヒー固有の重要な構成要素であり、赤ワインのタンニンやビールのホップに近い役割を果たすため、単純に否定的な属性として扱うのは不適切とされる。
コーヒー味覚の核心には、基本味同士が相互に強め合ったり弱め合ったりする味のモジュレーションという考え方がある。酸が糖の甘味を引き立てるとアシディ、塩が糖の甘味を高めるとメロウ、糖が酸味を和らげるとワイニー、糖が塩味をやわらげるとブランド、酸が塩味を強めるとシャープ、塩味が酸味を抑えるとサワリーとなる。これら六つが一次的なコーヒー味の型であり、特定のコーヒーを体系的に記述する第一歩は、その一杯がどの型に最も近いかを見定めることにある。さらに各型は、どちらの方向へ傾いているかによって二次的な語へ展開される。たとえばワイニーが甘味寄りならタンジー、酸味寄りならタルトとなり、アシディは甘味寄りでニッピー、酸味寄りでピクアント、メロウは甘味寄りでマイルド、塩味寄りでデリケートというように、六型から十二の下位表現が導かれる。ここでも課題となるのは感覚そのものの識別能力より、むしろそれを適切に言語化する語彙の不足である。
味覚評価では温度の影響も重視される。温度が上がると相対的な甘味は弱まり、糖の寄与が大きいアシディやメロウは印象が変化しやすい。塩味も高温で弱まるため、ブランドやシャープもある程度変化する。一方、酸味は温度の影響を受けにくく、ワイニーやサワリーは比較的安定して感じられる。そのため、カッピングでは一つの温度だけで判断するのではなく、温度が下がっていく過程を通して複数回味を見ることが、正確な全体評価につながる。最終的には、一次的な味の型、二次的な方向づけ、そして知覚強度を示す副詞的な修飾を組み合わせることで、そのコーヒーのリカリング、すなわち液体としての味覚特性が記述される。
ここでは、味の型と産地傾向との緩やかな対応関係も示されている。高地の水洗式アラビカ種は酸や甘味のバランスに支えられた洗練された型に入りやすく、低地のロブスタ種や一部の未水洗式コーヒーは塩味や粗さ、重さを伴う型に寄りやすいという見取り図である。ただし、これは厳密な固定分類ではなく、精製方法、標高、品種、焙煎によって変動する代表的傾向として提示されている。こうした整理によって、コーヒーの味は単なる「酸っぱい」「苦い」といった断片的評価ではなく、糖、酸、塩、苦味の相互作用として把握され、その質感と方向性まで含めてより精密に語られるべき対象であることが明確になる。
深煎り
深煎りのコーヒーでは、味の構造そのものが標準的な焙煎とは異なる。強い熱分解によって豆中の糖の多くが失われるため、従来は甘味を軸に成立していた味の調和が崩れ、その代わりにフェノール性化合物の増加に由来する苦味が前面に出る。苦味は多くの食品では否定的に受け取られやすいが、ダークチョコレート、ビール、赤ワイン、トニックウォーターのように、むしろ製品個性として望ましい役割を果たす例も多く、深煎りコーヒーでも同様に、苦味は欠点ではなくフレーバー全体を組み立てる中心要素となる。ただし、苦味を主軸とする飲食物は嗜好が分かれやすく、深煎りコーヒーが市場で重要な位置を占めながらも、万人向けにはなりにくい理由もそこにある。
コーヒーにおける苦味の源は三つに整理される。第一に、クロロゲン酸やキナ酸など一部の不揮発性酸それ自体の苦味である。第二に、カフェインやトリゴネリンといったアルカロイド由来の苦味成分である。第三に、焙煎が進んで豆の熱分解が強まると、フェノール化合物や複素環化合物が生成し、深煎り特有の苦味が形成される。こうして深煎りでは、甘味が減退した空白を苦味が埋めるため、味のモジュレーションも標準焙煎とは別の形を取る。塩味と酸味の相互作用から生じるシャープとサワリーは引き続き現れるが、そこに苦味と酸味の相互作用によるハーシュとパンジェントが加わる。苦味成分が酸味を強めればハーシュとなり、逆に酸が苦味を和らげればパンジェントとなる一方、苦味と塩味の間には明確な相互作用が起こらないとされる。
深煎りの味を記述する際の第一段階は、この四つの一次的味覚のいずれが支配的かを見極めることである。シャープは酸が塩味を押し上げた状態で、舌の前側に塩気の強まりとして感じられる。サワリーは塩が酸味を抑えた状態で、舌の後方に酸味の弱まりとして現れる。ハーシュは苦味成分が酸味を押し出した状態で、舌奥に強く不快な酸の印象として知覚される。パンジェントは酸が苦味を和らげた状態で、同じく舌奥に鋭い刺激感として現れる。さらに二次的表現として、シャープは塩味寄りならラフ、酸味寄りならアストリンジェント、パンジェントは酸味寄りならクレオソート様、苦味寄りならアルカラインに分かれる。深煎りでは糖も果実酸も焙煎中にかなり失われるため、酸味そのものが支配的になることは少なく、温度による味の変化も小さい。加えて、苦味成分は濃度が高まるほど単純な「苦さ」としては知覚されにくくなるため、エスプレッソのような濃厚抽出では、同じ深煎り豆を通常抽出した場合よりも苦味が単純には前面化しない。このため深煎りコーヒーは、実際にはシャープとパンジェントが同時に存在する味として把握される。
酸
ここで改めて強調されるのが、アシディとアシディティの違いである。官能表現としてのアシディは、酸が糖と結びついて甘味を引き立てる味の質を指す語であり、化学的なアシディティ、すなわち酸濃度や pH の高さそのものとは一致しない。非常にアシディと評されるコーヒーが、必ずしも化学的に強い酸性を示すわけではない。化学的には、酸は水素イオンを放出する化合物であり、その強さは pH によって定量的に測定される。コーヒーにはアミノ酸、フェノール酸、脂肪族酸など多様な酸が含まれ、それぞれ味への寄与が異なる。アミノ酸が多ければ甘味系の印象、フェノール酸が多ければ苦味系の印象、脂肪族酸が多ければ酸味系の印象が強まりやすい。したがって、コーヒーの「酸」は単一の感覚ではなく、種類と比率によって異なる知覚結果をもたらす複合的な要素である。
家庭で飲まれる多くの飲料と比べると、コーヒーは客観的にはむしろ酸性の弱い部類に入るとされる。そのなかで量的に最も大きい酸群はクロロゲン酸を中心とするフェノール酸群であり、特にロブスタ種ではアラビカ種より多い傾向がある。未熟豆や黒豆などでは特定の型のクロロゲン酸が高濃度になりやすく、これが飲料としての受容性に影響すると考えられている。さらにクロロゲン酸は安定ではなく、抽出後にコーヒーがポット内で放置されると、特に高すぎる温度あるいは適温を外れた状態で分解し、カフェ酸とキナ酸へ変化する。キナ酸は明確な苦味を、カフェ酸ははっきりした酸味を示し、この二つが組み合わさることで、いわゆる煮詰まった古いコーヒーの刺すような不快な味とにおいが生じる。
一方で、フレーバーに鮮やかさと活気を与える主因は脂肪族酸群である。量そのものではクロロゲン酸群ほど多くなくても、水素イオンをより多く生じやすく、pH に強く影響するため、知覚上の明るさや張りを生む。酒石酸、クエン酸、リンゴ酸、乳酸、酢酸などがその代表であり、それぞれレモン様、バター様、リンゴ様といった固有の性格をもち、しばしば味だけでなく香りにも現れる。酢酸は特に重要で、水洗式精製における発酵管理が不適切な場合に増えやすく、生豆に果実様の発酵臭を与え、最終的には抽出液に強く不快な発酵味をもたらす前兆となる。適度な脂肪族酸はコーヒーに輝きと活気を与えるため、化学的にやや強い酸性を示すコーヒーが高値で取引される背景には、この明るい味わいへの評価がある。
味覚用語の整理では、一次的味覚と二次的味覚がそれぞれ具体的な感触と典型例を伴って定義されている。アシディ、メロウ、ワイニー、ブランド、シャープ、サワリーが一次区分であり、それぞれがピクアント〜ニッピー、マイルド〜デリケート、タンジー〜タルト、ソフト〜ニュートラル、ラフ〜アストリンジェント、ハード〜アクリッドなどへ分化する。これらは単なる比喩ではなく、どの部位の舌でどう感じられ、温度が下がるとどう変化し、どの成分のバランスからその感覚が生じるかという説明と結びついている。さらに、細菌汚染や果実の損傷、未水洗処理などによって生じる異常な味についても、コースティックやメディシナルのような語で区別され、どのような工程上の問題が背景にあるかが示される。つまり味覚語彙は、感覚の描写であると同時に、品質評価や欠点診断の道具として機能している。
マウスフィール(口当たり)
マウスフィールの段階では、コーヒーは味や香りだけでなく、口中での物理的感触によっても評価される。口当たりは、飲料の密度、粘性、表面張力などによって生じる触覚的印象であり、口腔内の自由神経終末や各種神経終末が圧力、温度、化学刺激、機械刺激に反応することで知覚される。食品や飲料では、この感触が品質評価において大きな意味を持ち、もし口に含んでいるあいだにフレーバーが先に消えてしまえば、心理的にも生理的にも拒否感が生じうる。コーヒーでは、抽出後も液中に残る未溶解の油脂と固形物が、こうした触覚印象の基礎を形成する。
油脂は生豆中に相当量含まれており、発芽時の栄養源として蓄えられている。これらは主としてトリグリセリドから成り、組成的にはバターや綿実油に近い。コーヒー油はフレーバーに対していくつかの重要な役割を果たす。第一に、水の表面張力を下げることで、舌触りをなめらか、あるいはクリーミーにする。第二に、他の香味成分の運び手となり、燻製食品における脂肪のように、香りを保持し伝達する媒体となる。第三に、外来臭の担体にもなりやすく、異臭汚染が油脂を通じてフレーバーに入り込む。さらに、油脂の水素添加や酸化は、コーヒーが古くなる過程で起こるフレーバー劣化の一因であり、温かく湿った環境でバターが酸敗するのと似た変化を引き起こす。
固形分である沈殿物は、主として二つの源から来る。一つは焙煎・粉砕された豆表面から剥がれ落ちる微細な繊維片であり、抽出液中に浮遊したのち、時間とともにカップ底に沈む。もう一つは、水に溶けなくなったタンパク質である。生豆中のアミノ酸は焙煎中に結合してより大きな分子となり、やがて不溶性のタンパク質へ変わる。これらは抽出液中で微細な固形分となるだけでなく、抽出器具の内面に黒く油っぽい残渣として付着するいわゆるコーヒータールの一因にもなる。こうした油脂と微粒子は単独で存在するだけでなく、飲料中でブリューコロイドを形成する。これは雲が水蒸気と塵の結合で生じるのに似た状態であり、コーヒーの質感を作るだけでなく、他の香味成分を吸着・保持し、フレーバー全体の相乗効果に大きく寄与する。
ブリューコロイドは香り成分を抱え込んで飲み込むまで液中に留める一方、味の面では緩衝的に働き、カップ全体をやや穏やかな酸味へと調整する。この存在が、レギュラーコーヒーとインスタントコーヒーの主要なフレーバー差の一因とみなされる。伝統的なカッピング法では、コロイド形成が増えやすいサンプル調製が行われるため、口当たりや香り保持の差がより明瞭に現れる。逆に紙フィルターは多くのコロイド粒子を取り除いてしまい、加熱を続けるとコロイドは不安定化して、表面の油膜と底部の沈殿へ分離する。したがって、抽出後に長く加熱されたコーヒーのフレーバー変化は、化学成分の劣化だけでなく、こうしたコロイド構造の崩壊にも由来している。
最終的なフレーバー記述では、ボディはストレングスと区別されなければならない。ストレングスは可溶性成分の量と種類による味の強さであり、ボディは不溶性の液体・固体成分による触覚的重みである。したがって、味は弱くてもボディが重いコーヒーはありうるし、その逆もありうる。脂肪分が少なく繊維片も乏しければウォータリーまたはシンと表され、中程度の油脂と少量の繊維片をもてばスムースまたはライト、高めの油脂とある程度の繊維片を伴えばクリーミーまたはヘビー、非常に高い油脂と多い繊維質を含めばバタリーまたはシックと記述される。つまりボディ評価とは、油分由来のなめらかさや厚みと、固形分由来の重さや濃さを切り分けながら、口中での物理的存在感を言葉に置き換える作業なのである。
欠点
コーヒー豆は、生豆であれ焙煎豆であれ、自然な均衡状態にとどまり続けることがほとんどない。果実として樹上にある段階から、乾燥、保管、焙煎、抽出を経て飲料として消費されるまで、内部の酵素反応や外部環境の影響を絶えず受け続けており、その作用が一定以上になると化学変化が生じ、最終的なフレーバーに影響を及ぼす。この変化が比較的軽微で、主として香りに現れる場合はテイント、すなわちフレーバーの汚れや癖として捉えられ、心地よいか不快かは種類や程度、評価者の嗜好によって左右されうる。これに対し、味そのものにまで及ぶ重大な欠陥はフォールトとされ、通常は明確に不快なものとみなされる。こうした欠点語は単独で理解するよりも、それがどの工程で、どのような化学変化から生じたかという由来に即して把握することで意味が明確になる。
欠点や汚染は、種から一杯のコーヒーになるまでの五つの段階で生じうる。第一の段階は収穫と乾燥である。果実が樹上に長く残されすぎ、しかも樹の生理に不利な条件下に置かれると、果実内の酵素が種子に蓄えられた栄養を分解し始め、アラビカ種ではリオイ、ロブスタ種ではラバリーと呼ばれる特有の不快なフレーバーを生む。乾燥中に豆や果実が高温多湿の状態に置かれると、豆内部の酵素反応が加速し、糖が酢酸へ変わるなどしてファーメンテッド、すなわち発酵臭・発酵味が生じる。乾燥環境が不潔で、特に地面に直接広げて乾かした場合には、豆中の脂肪分が土由来のにおいを吸着してアーシーとなる。湿気が多くカビの生えやすい環境ではマスティが生じ、機械乾燥などで急激に加熱しすぎると脂肪が分解して、獣脂や皮革を思わせるハイディが現れる。ここでは、酵素反応が酸や糖の性質を変える内部要因と、脂肪が周囲のにおいを取り込む外部要因の双方が重要である。
第二の段階は、乾燥後から焙煎までの保管と熟成である。収穫直後の生豆は、刈ったばかりのアルファルファや青草のような青い香りと収斂感をもち、これがグラッシーと呼ばれる。数か月にわたって酵素変化が進むと、この若さは徐々に和らぎ、出荷適期に近い状態はニュークロップと表現される。適切な条件下で保管されれば変化は緩慢に進むが、約一年を超えると豆内の酸組成にも変化が及び、酸の鮮やかさがやや弱まったパストクロップの状態になる。さらに数年に及ぶと酸は大きく減衰し、エイジドと呼ばれる段階に至る。これと並行して有機物全体も少しずつ失われ、乾いた干し草のようなストローイな印象が現れ、長期間の保存ではウッディ、すなわち木質的で不快な味わいへ進み、商業的価値を失う。つまり保管中の変化は単なる古さではなく、若さ、出荷適期、劣化、枯渇という連続した化学的推移として捉えられている。
第三の段階は焙煎であり、ここでは糖のカラメル化が中心的な反応となる。焙煎温度が十分に上がると、豆内の糖は他の有機・無機成分と反応しながら褐色物質であるカラメルへ変化し、多彩な香味成分を生む。この反応は、どの程度の熱を、どれほどの速さで加えるかによって大きく左右される。熱が不足すれば糖の反応が不十分となり、焙煎豆はグリーンと呼ばれる青い野菜様の草っぽさを残す。加熱が遅すぎると香りに張りがなく、鼻抜けも弱いベイクドとなる。逆に熱を急にかけすぎると、豆の先端が焦げる一方で内部反応が完了せず、穀物様のティップドが生じる。さらに過度な熱では表面の炭化が進みスコーチドとなり、煙っぽさや焦げ感が前面化する。ここで問題となるのは、単に浅い・深いという焙煎度ではなく、反応が適切な経路をたどったかどうかである。
第四の段階は焙煎後の劣化、すなわちステーリングである。焙煎直後のコーヒーはフレッシュであり、特に硫黄系の極めて揮発しやすい芳香成分を含む完全な香気を備えている。劣化が始まると、まず挽いた粉のフレグランスが失われ、次いで抽出液のアロマが弱まり、フラットと表現されるようになる。さらに揮発性有機物の喪失が進むと、ノーズに関与する成分まで減り、ヴェイピッドとなる。ここまでは主として香りの衰退であるが、酸素や水分が豆内部へ入り込むと、油脂の酸化によってテイストにも変化が及び、生命感のないインシピッドな状態になる。さらに酸化が進むとステールとなり、最終的には脂肪そのものが攻撃的で不快なランシドへ変わる。焙煎後の劣化は、香りの消失から始まり、油脂の酸敗を含むフレーバーの本格的な破綻へ進行する過程として描かれている。
第五の段階は抽出後の保持であり、ここでの変化は全工程の中で最も速い。淹れたてのコーヒーもフレッシュから始まるが、開放容器内で加熱され続けると、高温による激しい分子運動によってまず揮発成分が失われ、アロマが消えてフラットになる。さらに加熱が続くと残った揮発成分も飛び、ヴェイピッドに至る。同時に、液中に溶けた有機化合物も分解を受け、長鎖の成分が短鎖化して酸味が強まり、特にクロロゲン酸の分解に伴ってアサービックという刺すような苦酸っぱさが生じる。水分の蒸発によって塩類が濃縮されるとブライニーとなり、コロイド中のタンパク質が焦げればタリーの焼けたような不快味が出る。さらにアルカロイドが濃縮され、その苦味が塩味と結びつくとブラキッシュとなる。抽出後のコーヒーは、時間の経過と加熱によって香りだけでなく、酸味、塩味、焦げ味、苦味のバランスが急速に崩れていくのである。
コーヒーの欠点は、こうした自然な化学変化だけでなく、外部汚染によっても広範に生じる。コーヒー豆は繊維質が吸湿性をもち、水分とともに水蒸気中の化合物を取り込みやすい。加えて、豆に含まれる脂肪は常温で気体状のにおい分子をよく保持するため、周囲の空気にある異臭を吸着し、それが抽出時に油として現れたときフレーバーに移される。そのため、保管環境や輸送環境の影響は大きく、青臭い、カビ臭い、土臭いといった欠点が、生豆を嗅いだ段階で見抜かれることも多い。評価者が生豆を鼻先に近づけて深く嗅ぐのは、外来汚染を検出するためでもある。
水による外部汚染も別個の問題として重視されている。抽出に用いる水中の無機物が、コーヒー中の有機・無機成分と反応して、本来どちらにも存在しなかった新しい化合物を生み出すことがある。こうした化合物はしばしば薬品様あるいは金属様の不快な味をもたらし、その代表が塩素残留物による汚染である。つまり、どれほど原料豆や焙煎が優れていても、抽出水の質が悪ければ、最終的なカップには別種の欠点が発生しうるという認識である。
欠点語の具体的な定義は、それぞれが発生段階、感覚の現れ方、化学的背景をもつ用語として整備されている。アサービックは抽出後の保持中にクロロゲン酸が分解して生じる苦酸っぱい味の欠陥であり、エイジドは保管熟成により酸味が弱まりボディが増した状態を指す。ベイクドは焙煎時の低温長時間処理により、香りが平板で味も生気を欠く状態である。ブライニーとブラキッシュはどちらも保持中の濃縮に由来するが、前者は塩っぽさ、後者は塩味とアルカリ・苦味の混じる不快さに重点がある。アーシー、マスティ、ハイディはそれぞれ土、カビ、脂肪分解由来の異臭であり、乾燥環境の問題を示す。リオイやラバリーは樹上で果実が不適切に乾燥し始めたことに伴う酵素異常の典型であり、産地や品種と結びついた特有の欠点として扱われる。
同様に、グラッシー、新豆臭を意味するニュークロップ、パストクロップ、ストローイ、ウッディは、生豆保管中の経時変化を段階的に表す用語である。クエーカリーは未熟果を収穫した結果として現れるピーナツ様のフレーバーであり、熟度選別の不備を示す。フラットやヴェイピッドが香りの喪失中心であるのに対し、ランシドとステールは焙煎後の酸化による重大欠陥であり、味の不快化まで進んだ段階である。ティップドやスコーチドは焙煎時の熱の加え方の失敗を示し、ワイルドはカップごとのばらつきが極端に大きく、不快な酸味を伴う不安定な欠点として、内部変質や外部汚染の双方に由来しうる。こうした用語体系から見えてくるのは、コーヒーの欠点評価が、単に「まずい」と判断するためのものではなく、どの工程で何が起きたかを逆算し、品質管理へ結びつけるための分析言語として構築されているという点である。
カッピング
カッピングは、コーヒー豆の香りと味を体系的に評価するための方法であり、単なる試飲ではなく、定められた抽出条件と感覚評価の手順に基づいて行われる厳密な作業である。多くの場合、購買、ブレンド、品質判定といった経済的判断に直結するため、実施者には手順の再現性と観察の精度が強く求められる。目的は、一杯のコーヒーを嗅覚、味覚、口当たりの各側面から分解して捉え、その特徴と欠点を比較可能な形で記録することにある。
試料調製では、まず粉砕度を一定に保つことが重視される。基準は、粉の約70〜75%が米国標準サイズ20のふるいを通過する程度の細挽きであり、これによって焙煎豆から18〜22%の収率を得ることが目指される。この範囲が、コーヒー中の多様なフレーバー成分をもっとも均衡よく引き出す条件とされている。さらに、抽出液の大部分を占める水の質が評価精度に決定的な影響を及ぼすため、使用水には適度なミネラル含有量が求められ、蒸留水は不適とされる。とくに塩素などの水処理薬剤はフレーバーを歪めるため除去が必要であり、水質は当然視せず事前に確認されなければならない。
サンプルは、各カップごとにホールビーンズの状態で重量を量って分け、個別に粉砕することが求められる。これは、もし欠点豆が含まれていても、その影響を一つのカップに局所化し、複数カップへ薄く拡散させないためである。また、前の試料がグラインダー内に残って次の評価を汚染しないよう、最初に少量を空挽きして捨てる操作も必要とされる。粉と水の比率も厳密に一定でなければならず、標準的には8.25gの粉に対して150mlの湯を用いる。この比率によって、溶解固形分1.1〜1.3%程度の、フレーバー判定に適した濃度帯が得られる。
抽出法は浸漬法であり、小さなカップに入れた粉へ沸騰直前の湯を直接注ぐ。粉は最初に表面へ浮かび、クラストあるいはキャップを形成するが、熱湯中で数分間浸されるうちに次第に沈み始める。3〜5分後、このキャップを崩してしっかり撹拌し、すべての粉が十分に濡れて沈むようにする。沈まないものは表面から取り除かれる。この方法では濾過を行わず、抽出過程に人為的な制限を加えないため、豆のフレーバー成分ができるだけそのまま液中に現れる。つまりカッピング抽出は、飲みやすさよりも官能評価の完全性を優先した方法である。
評価における身体動作は、日常の飲食に比べて誇張される。嗅ぐ、すする、飲み込むといった動作を強く行うのは、コーヒーの刺激をできるだけ多くの受容器へ行き渡らせ、フレーバーの全体像を余さず引き出すためである。礼儀作法としては粗野に見える振る舞いであっても、カッピングではむしろ不可欠な技術とされる。評価は6段階から成り、フレグランス、アロマ、テイスト、ノーズ、アフターテイスト、ボディを順に見ていく。
最初の段階では、挽いたばかりの粉から放出されるフレグランスを評価する。複数のサンプルカップに同量ずつ粉を用意し、粉砕によって豆組織から放たれる二酸化炭素とともに出てくる気体を勢いよく嗅ぐ。ここでは、香りの性格が味の方向性を予告すると考えられており、甘い印象の香りはアシディ寄り、刺激的な香りはシャープ寄りの味を示唆する。また、フレグランスの強さは鮮度とも関係し、焙煎から粉砕までの時間が短いほど、最も揮発しやすい硫黄系成分を含む強い立ち香が感じられる。
第二段階では、湯を注いで抽出した後のアロマを見る。粉の上に新鮮な熱湯を注ぎ、3分ほど浸漬したのち、表面のクラストを崩しながら深く長く吸い込み、熱によって気化した多様な香気を鼻腔へ取り込む。ここで評価されるのは、果実様、植物様、ナッツ様などを含むより複雑な香りのパターンであり、熟練したカッパーはそれを過去の経験に照らして記憶の中で分類し、豆の個性や産地差を見分ける手がかりとする。一般に香りの質的な幅は産地特性を反映し、香りの強度は焙煎後から抽出までの鮮度や包装状態を反映する。
第三段階では、テイストを評価する。専用のカッピングスプーンで抽出液をすくい、口の直前から勢いよくすすることで、液体を舌全面へ一気に広げる。こうすることで、甘味、塩味、酸味、苦味に反応する神経終末が同時に刺激され、味の相互作用、すなわちモジュレーションを完全に知覚しやすくなる。液を3〜5秒ほど口中に保持し、どの種類の味がどの程度の強さで現れているか、またどの部位で感じられるかに意識を向けることで、一次的味覚と二次的味覚を判定する。温度によって甘味の知覚が変わるため、たとえばアシディなコーヒーでは、まず舌先のぴりっとした感覚として現れ、その後に甘味の印象へつながることがある。
第四段階のノーズは、テイストの評価と同時に行われる。液体を勢いよくすするとき、抽出液は空気を含んで気化しやすくなり、液相にあった有機成分の一部が気相へ移行する。そのガスが鼻腔へ引き上げられることで、口に含んだときに初めて現れる鼻抜けの香りを分析できる。これは味と結びついて一杯の固有のフレーバー印象を作る重要な要素であり、標準的焙煎では糖の褐変生成物の性格が、深煎りでは乾留生成物の性格が比較的強く出るとされる。つまりノーズは、焙煎がどのような化学反応を主として経てきたかを示す感覚領域でもある。
第五段階では、少量を飲み込んだ後に残るアフターテイストを見極める。数秒口に含んだのちに飲み込み、さらに喉頭を素早く動かして口蓋奥に残った蒸気を鼻腔へ送り込むことで、より重い分子による後続の香りと味を捉える。ここではチョコレートのような甘味、焚き火やパイプタバコのような煙感、クローブのような刺激的スパイス感、松脂のような樹脂感などが現れうる。アフターテイストは、単なる余韻ではなく、前面の香味が薄れたあとに露わになる成分の性格を読む段階であり、コーヒーの複雑さや焙煎由来の特徴を確認する場でもある。
第六段階では、ボディを評価する。舌を口蓋にそっと滑らせることで、液体の油っぽさ、滑り、厚み、重み、粘性を触覚として捉える。滑らかさやぬめりは主として脂肪分の量を、重みや粘りは繊維分やタンパク質など不溶性固形分の存在を示し、これら二つの感覚が組み合わさってボディを構成する。カッピングでは、味が濃いこととボディが重いことは別問題であり、ここで評価されるのはあくまで触覚的な質感である。
テイスト、ノーズ、アフターテイストについては、コーヒーが冷めていく過程で少なくとも2、3回繰り返し見ることが推奨される。温度によって基本味の感じ方が変化するため、熱いうちだけの印象では全体像を誤る可能性があるからである。特にカッピングでは、複数温度帯での観察を通して初めて、そのサンプルの本来の味のバランスが見えてくる。また、一つのサンプルにつき3〜5杯を同時に用意して比較するのは、ロットの均一性を確かめるためである。カップ間に差があれば、同一ロット内で品質のばらつきがあることを意味し、それ自体が重大な欠点とみなされる。
同時に、異なるサンプルを横並びで比較することもカッピングの重要な原則である。通常は少なくとも2種類を並べ、多いときには6〜8種類ほどを一度に比較する。この比較によって、単独では見えにくい微細な差異が浮かび上がり、評価者の中にフレーバーの記憶が蓄積されていく。8種を超える場合は小分けにして行うのが望ましい。大量サンプルを扱う際には、飲み込まない分を吐き出して口中の負担を減らし、ぬるま湯で口をすすいで次の評価に備える。どれほど熟練した評価者でも、嗅覚と味覚には疲労の限界があり、その限界を超えると識別精度は低下する。
カッピングの精度は、環境と心理状態にも左右される。視覚的な雑音、周囲の音、外部のにおいは記憶との連想を乱し、感覚判断を鈍らせるため、カッピングルームは外部干渉の少ない状態に保たれるべきである。評価者自身も作業に集中し、各サンプルについて何らかの形で記録を残さなければならない。感覚は瞬間的に生じて消えるため、それを言葉や数値に変換して残すことが、比較と学習の基盤になる。
優れたカッピング技術は、練習、訓練、経験の三つによって形成される。練習は、毎回同一条件で試料を準備し、嗅ぎ、味わう機械的手順を身体に定着させるために必要である。訓練は、似たサンプル間の微差を見分ける感覚の鋭さとフレーバーの記憶を育てるために必要である。経験は、産地、標高、精製方法、保管条件、焙煎の違いによって現れる無数の変化を理解するために必要である。適切な器具を毎回同じように使い、適正な水を用い、十分な集中のもとで感覚を働かせ、結果を記録することが、再現性ある実践につながるとされる。
学習においては、正式な訓練プログラムだけでなく、他のカッパーとの共同実践も重視される。知識ある他者と同じテーブルで評価し、用語や印象を共有することは、単独の練習では得にくい調整力を養う。記録を継続して蓄積し、個々のコーヒーについて味や香りの各要素を特定の語と結びつけていくことは、脳内のフレーバーの記憶を強化するうえで有効である。後から参照できるノートや参照資料の体系を自ら作ることも、学習の重要な一部とされる。
訓練補助としては、日用品を用いた味覚識別練習のほか、専用の味覚・香りキットが有効とされる。糖、塩、クエン酸、酢酸などを用いて甘味、塩味、酸味の濃度や組み合わせを段階的に体験することで、香りに妨げられずに基本味の識別力を養うことができる。さらに、標準的なコーヒー液へ特定のフレーバー濃縮液を少量ずつ加え、認識閾値に達するまでの変化を体験する方法は、特定のフレーバーを素早く見抜く感度の訓練に役立つ。香りキットでは、酵素由来、糖褐変由来、乾留由来の主要香気や、カッピングで出会う代表的欠点臭を個別に学ぶことができ、嗅覚記憶の形成に大きく寄与する。
記録法としては、感覚を視覚化する図表や採点表が用意されており、単一サンプルの詳細評価から複数試料の比較採点まで、用途に応じた方法が示されている。数値化は、感覚が本来対数的かつ主観的であるにもかかわらず、将来の比較や競技的評価を容易にする。焙煎色と酸味、可溶性固形分とボディ、 pH とバランスなど、客観データと主観評価を結びつけるためにも記録様式は有効である。こうした仕組みによって、カッピングは経験のみに頼る職人的技能であるだけでなく、比較可能性と再現性を備えた半科学的な評価法として整えられている。
属性評価の章では、コーヒーの官能評価を一貫したものにするために、何を「好ましさ」として点数化し、何を「強さ」として測るのかを明確に分ける必要があるとされる。従来の評価では、アロマ、アシディティ、ボディ、フレーバー、アフターテイストに数値を与える方法が広く用いられてきたが、その際、アシディティやボディは強度評価として扱われる一方、アロマ、フレーバー、アフターテイストは好みや受容性に近い評価として扱われることが多かった。評価を安定させるには、カッパーが今まさに問われているのが強さの順位づけなのか、品質や好ましさの採点なのかを、事前にはっきり理解していなければならないという立場である。
この整理に基づき、まずレーティングは好ましさの評価として定義される。対象となるのは、香りの複雑性としてのアロマ、味と鼻抜け香の結合としてのフレーバー、味や香りがどれだけ調和しているかを見るバランス、そして口中に残る味と香りとしてのアフターテイストである。これらは一から十の尺度で、非常に悪いから卓越しているまでの好みの軸で評価される。これに対してランキングは強度の順位づけであり、収斂感、酸の強さ、鼻抜けに関係する芳香の刺激性、口当たりとしてのボディなどが、感じられない状態から非常に強い状態までの一から十の尺度で測られる。さらに、甘味、酸味、苦味、塩味などの基本味も同様に強度の尺度に載せることができる。つまりここでは、良い悪いと強い弱いを混同せず、別の軸として扱うことが重要視されている。
とくにアシディティとボディについては、一般的な強度尺度とは別に、感覚語を伴う特別な尺度が設けられている。アシディティはベリー・フラットからベリー・ブライトまで、ボディはベリー・シンからベリー・ヘビーまでの十段階で表される。ここでのアシディティは単なる酸含有量ではなく、カップに与える明るさや張りの感覚を指しており、ボディも重いほど高評価という意味ではなく、あくまで質感の位置づけである。この考え方によれば、ケニアのように本来高い酸が期待されるコーヒーと、スマトラのように酸が低いことが個性であるコーヒーは、強度の位置は異なっても、それぞれの期待されるフレーバー像に即していれば同じように高い好みの評価を得ることができる。同様に、重いボディが特徴の産地と軽いボディが魅力となる産地は、強度の違いと品質の違いを分けて評価されるべきとされる。
官能評価だけで完結させず、焙煎色、 pH 、抽出液の可溶性固形分濃度、その他の重要刺激量といった定量的測定を併記することも強く推奨される。これらの数値は、後から感覚評価を解釈するための基盤となる。たとえば、あるコーヒーが高い酸の明るさとして評価されたとき、その背景にある焙煎度や pH を合わせて見ることで、感覚の印象と物理化学的条件との関係を整理できる。こうして得られたデータを体系的に並べ、視覚化する方法として提案されるのがスパイダー図である。中心から放射状に複数の軸を設け、甘味、酸味、苦味、塩味、収斂感、アシディティ、芳香刺激、ボディなどの強度順位づけ、フレーバーや複雑性、バランス、アフターテイストなどの好ましさ評価、さらに焙煎色、pH、可溶性固形分などの定量値を同時に記録し、各点を線で結ぶことで、一つのコーヒーの感覚的・物理的プロフィールを可視化するのである。
この図法の利点は、すべての軸を必ず埋める必要がなく、比較の際に同じ軸を使い続ければ、変数の違いが感覚にどう作用したかを直感的に把握できる点にある。たとえば焙煎色だけを変えた場合に、酸の印象、ボディ、フレーバー評価がどの方向へ動くのかを一目で追える。官能評価を単発の主観的印象として終わらせず、変化の因果を読み解く分析手段へ変えることが目的である。
また、人間の感覚が刺激に対して線形ではなく対数的に反応するという心理物理学の考え方も導入される。フェヒナーの法則によれば、知覚の強さは刺激量そのものではなく、その対数に比例する。背景にはウェーバーの法則があり、ある刺激の差を「かろうじて知覚できる差」として感じるためには、もともとの刺激強度に比例した追加量が必要になるとされる。つまり、すでに強い甘味の中でさらに少し甘味を増しても変化は感じにくく、弱い甘味の中で同じ量を足した場合のほうが変化を大きく感じる。この考え方は、パネリストが0から10の尺度で複数サンプルを採点したとき、その分布が実際には対数曲線的になることによって裏づけられるとされる。ここから、評価尺度上の一点差は単純な等間隔ではなく、知覚上の違いとしては非線形であるという理解が導かれる。
そのため、0から10の通常尺度に対して、感覚強度や好ましさをより現実的に対応づける補助表も示される。そこでは、インパーセプティブル、スレッショルド、ベリー・スライト、スライト、マイルド、モデレート、ディスティンクト、ストロング、ベリー・ストロング、インテンスといった強度語、ならびにベリー・プアからアウトスタンディングへ至る好ましさ語が、フェヒナー型の段階と結びつけられている。これは、単に点を打つだけでなく、その点が知覚上どれほどの違いを意味するかを意識させるための仕組みである。
書面記録の重要性も強調される。簡単なカードでも、ノート形式でも、標準化されたカッピングフォームでもよいが、少なくともアロマ、アシディティ、フレーバー、バランス、ボディ、アフターテイストは記録されるべきとされる。記録は技能形成の一部であり、過去のカップと現在のカップを比較する基盤になる。
具体例として、 SCAA のカッピングフォームが紹介される。その目的は、カッパーが一つのコーヒーの品質をどのように知覚したかを構造化して残し、サンプル間の比較を可能にすることにある。高得点のコーヒーは、低得点のコーヒーより明確に優れていなければならず、点数差には実感を伴う差があるべきと考えられている。
このフォームでは、フレグランス/アロマ、フレーバー、アフターテイスト、アシディティ、ボディ、バランス、ユニフォーミティ、クリーンカップ、スイートネス、ディフェクツ、オーバーオールが主要項目となる。前半の多くは品質に対する正の評価であり、ディフェクツは不快な感覚に対する負の評価、オーバーオールは個々のカッパーによる総合的な私的判断を表す。評価には6から9を中心とする16段階の尺度が用意され、4分の1点刻みでグッド、ベリー・グッド、エクセレント、アウトスタンディングの水準が区分される。理論上は0から10までの全域を想定するものの、低い側の値はスペシャルティグレード未満に相当する領域とされる。
プロトコル面では、使用するカップの大きさ、材質、温度状態まで統一が求められる。サンプルの焙煎はカッピング前24時間以内、休ませる時間は少なくとも8時間、焙煎度はライトからライトミディアムで、アグトロン値にも具体的な基準が与えられる。焙煎時間は短すぎても長すぎてもならず、スコーチングやティッピングがあってはならない。冷却は水ではなく空冷で行い、室温まで下がったら気密性の高い容器に入れて、光、酸素、湿気から守る。冷蔵や冷凍は推奨されない。こうした条件設定は、評価対象を豆そのものの差へできるだけ純化するためのものである。
抽出比率は従来どおり8.25g対150mlが最適とされ、カップ容量に応じてわずかな誤差範囲内で調整される。試料は注湯15分以内に粉砕するのが理想で、難しい場合でも30分を超えてはならない。各サンプルから5杯を用意するのは均一性確認のためであり、各カップは個別に粉砕され、蓋をして香りの散逸を抑える。注湯時の水は無臭で清浄である必要があるが、蒸留水や軟水化された水は不適とされ、総溶解固形分も100〜250 ppm の範囲が望ましい。湯温はおおむね200度F(華氏)前後で、標高に応じて調整される。注湯後は3〜5分間静置し、その後に評価が始まる。
評価順序は温度低下に伴う知覚変化を前提に組まれている。まず乾燥粉のフレグランスと、クラストを崩した際の湿ったアロマを合わせて評価する。次に液温が約71度C(摂氏)まで下がった段階で、フレーバーとアフターテイストを評価する。この温度帯ではレトロネーザルな蒸気が最も強く、味と香りの結合が明瞭だからである。その後、さらに冷える過程でアシディティ、ボディ、バランスを見る。バランスとは、フレーバー、アフターテイスト、アシディティ、ボディが相互に補完し合っているかどうかの判断である。最後に、液温がほぼ室温に近づいた段階でスイートネス、ユニフォーミティ、クリーンカップを判定し、最終的にオーバーオールを与える。温度ごとに印象が変われば、フォーム上で修正の跡を残しつつ最終判断を定めることができる。
各属性の定義もこのフォーム上で明確にされる。フレグランス/アロマは乾燥時、クラストブレイク時、浸漬中の三段階を含む総合的な香りの質であり、フレーバーは最初の香りや酸味が与える第一印象と、最後のアフターテイストとの間に位置する「中間の」ニュアンスであり、舌の味覚と鼻抜け香が一体となった複合的な印象である。アフターテイストは吐き出した後あるいは飲み込んだ後に残るポジティブな余韻の長さと質であり、短い、あるいは不快であれば低くなる。アシディティは明るさとして好ましい場合もあれば、支配的すぎて不快になる場合もあり、産地特性や焙煎、用途に照らして妥当かどうかが問われる。ボディは舌と口蓋の間で感じる液体の触覚的質であり、重いほどよいのではなく、期待されるスタイルとの整合性の中で判断される。バランスはこれらの諸要素の調和を見、スイートネスは単純な砂糖的甘味ではなく、炭水化物由来の好ましい充実感を意味する。クリーンカップは最初の一口から最後の余韻まで、ネガティブな混入印象がない透明なカップであることを指し、ユニフォーミティは5杯すべてが同じ味であるかどうかを見る。オーバーオールは、こうした分析項目を超えた個人的総合評価として位置づけられる。
ディフェクツは別枠で扱われる。欠点はテイントとフォールトに分けられ、前者は主として香りに現れる目立つが圧倒的ではない異常で、強度2として扱われる。後者は主として味に現れ、強く支配的で、飲用を困難にするほどの欠陥であり、強度4として扱われる。評価では、まず欠点をテイントかフォールトかに分類し、その内容をサワー、ラバリー、ファーメント、フェノリックなど具体語で記録する。その欠点が何杯に現れたかを数え、強度と掛け合わせた値を総得点から差し引く。したがって、欠点評価は単に存在の有無ではなく、種類、広がり、深刻さを数値化して最終品質へ反映させる仕組みになっている。
最終得点は、各ポジティブ属性の合計から欠点点数を差し引いて求められる。そこから90点以上はアウトスタンディング、85点以上はエクセレント、80点以上はベリー・グッドといった品質区分が与えられ、80点未満はスペシャルティの範囲外とされる。この閾値設定によって、カッピングは単なる自由記述ではなく、流通や格付けに接続できる評価制度として機能する。つまりこの章で示されるのは、コーヒーの感覚評価を、好みと強度、主観と定量、分析と総合を峻別しながら、一つの共有可能な尺度体系へ組み立てる方法論である。


