コーヒーの抽出理論とその変遷(10):グラインドに関する調査
スポンサーリンク

コーヒーの抽出理論とその変遷 グラインドに関する調査

グラインドに関する調査

2013年、ヨーロッパスペシャルティコーヒー協会(SCAE)(Specialty Coffee Association of Europe)は、「ヨーロッパにおける抽出コーヒーの嗜好性(European Extraction Preferences in Brewed Coffee)」を発表した。これは2011年にヨーロッパ全域で実施された現地調査に基づく研究プログラムの成果である。

ヨーロッパスペシャルティコーヒー協会(SCAE)は、ノルディック・バリスタ・カップ(NBC)(Nordic Barista Cup)との協業により、「フラット型バリ」と「コニカル型バリ」のグラインダーに関する業界の通説を検証する研究プロジェクトを立ち上げた。主任研究者は、官能科学者フランシスカ・リストフ=サーベイ(Francisca Listov-Saabye)である。

2011年、フランシスカはノルディック・バリスタ・カップ(NBC)の競技中にある発見をした。競技中、粉砕したコーヒー粉の温度が上がっているように見えたのだ。この仮説に基づいて、フランシスカは次の年の2012年のノルディック・バリスタ・カップ(NBC)で小規模な試験を行った。40分間で250杯のエスプレッソを作り、エスプレッソが完成するまでの間の粉砕したコーヒー粉の温度上昇を調査した。その結果についての議論が、現在のノルディック・バリスタ・カップ(NBC)/ヨーロッパスペシャルティコーヒー協会(SCAE)のグラインドに関する研究プロジェクトの発展へとつながった。

この研究の目的は、業界で長年語られてきた「どちらのバリが優れているか」という言説を科学的手法で検証し、さらにコーヒー抽出の科学的基盤を業界全体に提供することであった。従来、業界ではフラット型バリとコニカル型バリは味に有意な差をもたらすという仮説が存在してきたが、体系的な科学的検証は行われていなかった。

センサリープロファイリングにおけるグラインダー一覧表

調査で使用したコーヒーはエチオピア産TADE、北欧スタイルのライトロースト(ソルベルグ&ハンセン社調達・焙煎)で、調査期間中の各テストでは、焙煎後5~14日以内に評価できるよう調整した。

グラインド(粉砕)には、複数の商業用・業務用グラインダー(マッツァー、マールクーニック、ラ・マルゾッコ、シモネリ等)を使用し、バッチブリューワー(ウィルファ、バン)で抽出、総溶解固形分(TDS)、粒度分布、温度変化を測定した。

異なるグラインダーを比較するため、調査全体を通して、コーヒーは総溶解固形分(TDS)1.43±0.01%、収率21%に標準化された。グラインダーの初期設定は、 さまざまな抽出と主観的なテイスティングに基づいて決定された。

リテンションテスト

リテンション(保持)テストでは、グラインダーに投入されるコーヒー豆とグラインダーから排出されるコーヒー粉の重量を測定した。この試験で検証したグラインダーの全機種において、投入時のコーヒー豆の重量と排出時のコーヒー粉の重量が一致することは、ほぼなかった。

官能評価

  1. トライアングルテスト(消費者パネル n=50、専門家パネル n=164)
  2. センサリープロファイリングテスト(コーヒー専門家パネル+食品科学研究者パネル)
  3. 粒度分布解析(光学ビジョンシステムによる粒径と粒度分布の測定)

官能評価手法として、トライアングルテスト(3種類のカップの中から異なる1つを識別)、官能プロファイリングテスト(香り、味、口当たりを数値化評価)を使用した。

トライアングルテストは、2013年6月にニースで開催されたSCAE ワールド・オブ・コーヒー(SCAE World of Coffee)で実施された。消費者パネルと専門家パネルに分けて行われた結果、消費者50人においては、異質なサンプルを選別できたのはわずか9人のみで、有意に差は識別できなかった(p<0,001)。また、コーヒー専門家164人においても、、異質なサンプルを選別できたのはわずか48人のみで、有意に差は識別できず(p<0,001)、経験年数や1日の摂取量とも相関は見られなかった。

フラット型バリとコニカル型バリの味の違いは極めて小さく、トライアングルテストでは検出できないため、別のアプローチが必要となった。使用するグラインダーによるプロファイルのわずかな差異を、センサリーパネルによって説明する必要があった。

センサリープロファイリングテストのコーヒー専門家パネルは、ノルディック・バリスタ・カップ(NBC)のコーヒーラボで行われた。パネルメンバーには、各自のペースで個別にサンプルが提供された。プロジェクトの目的、コーヒーの背景知識、サンプルの違い(異なるグラインダーで挽いた同一コーヒー)に関する情報は一切与えられなかった。結果は多変量解析により分析された。

コーヒー専門家パネルでは、パネルメンバーは単純な属性評価を超えて、一度に一つ以上の評価を行う傾向にあり、コーヒーの産地や抽出方法などについて推測し始めた。ここでは、フラット型バリは酸味傾向、コニカル型バリは甘さ傾向とする弱い傾向が観察された。

これらの傾向をさらに調査するため、同様のテストが食品科学研究者パネルによって行われた。食品科学の研究者と修士課程の学生からなる食品科学研究者パネルは、全員がコペンハーゲン大学の食品科学部に所属していた。パネルメンバーは、さまざまな食品のセンサリープロファイリングの経験があり、コーヒーを飲み慣れていた。

コペンハーゲン大学のセンサリーラボは、認定を受けた官能評価施設であり、密閉された中立的な防音・無臭環境内に個別のブースを設置している。パネルメンバーには、各自のペースで個別にサンプルが提供された。

食品科学研究者パネルでは、より安定した結果を示し、グラインダーごとにわずかな特徴が確認された。具体的には、フラット型バリは、エチオピア産コーヒーのリコリスとチョコレートのフレーバーを強化し、コニカル型バリは、フローラル、チョコレート、キャラメルのフレーバーを強化するとされた。

食品科学研究者パネルによるセンサリープロファイリングテストでは、グラインダー間で「焦げ(Burnt)」と「酸味(Sour)」の属性が、グラインダーを有意に区別することが発見された。2013年9月にノルウェーのオスロで開催されたノルディック・バリスタ・カップ(NBC)でのカッピング・セッションは、この発見に基づいて行われた。147人の参加者は、3つのサンプルの中から異質なサンプルを見つけるテストを受けた。テストは2種類行われた。1つは酸味(Sour)(どのサンプルが他の2つのサンプルと酸味が違うか)、もう1つは苦味(Bitter)(どのサンプルが他の2つのサンプルと苦味が違うか)である。ノルディック・バリスタ・カップ(NBC)の参加者は、苦味(Bitter)に集中するよりも酸味(Sour)を基準にしたほうが、サンプルの識別が若干容易であることを発見した。しかし、カッピングに参加した147人のうち、両方のテストに正解したのはわずか20人だった。世界中から集まったコーヒー専門家である参加者らは、フラット型バリとコニカル型バリのグラインダーの味の違いを識別できないという結果となった。

粒度分布解析

粒度分布の全体像(サンプルの% vs. 粒径平均直径 [µm])

粒度分布は、フラット型バリとコニカル型バリで明確な差はなく、いくつかのグラインダーは、フラット型バリであるかコニカル型バリであるかに関わらず、粒度分布が互いに類似していた。粒度分布パターンは、必ずしも官能差に直結しなかった。また、同じグラインダーの同じセッティングでも、焙煎度によって粒度分布は異なった。

結論

結論として、フラット型バリとコニカル型バリは、統計的に有意な官能差を示さない。味わいの違いは存在してもきわめてわずかで、訓練を積んだ専門家でも一貫して区別することは困難であった。むしろバリの形状よりもグラインダー全体の設計要素(モーターの出力と回転数、設計精度、外観、操作性など)が、グラインダーの品質の決定因子となる。

Xでフォローしよう

おすすめの記事