
コーヒーの抽出理論とその変遷 ゴールデンカップ賞
ゴールデンカップ賞
ゴールデンカップ賞(Golden Cup Award)は、元々はコーヒー抽出研究所(CBI)(Coffee Brewing Institute)/コーヒー抽出センター(CBC)(Coffee Brewing Center)のプロジェクトであった。この賞は、「全国の飲食店において可能な限り最高品質のコーヒー飲料の提供とサービスを奨励するために設計された(designed to encourage the preparation and service of the finest coffee beverages possible in public feeding establishments throughout the country)」ものであった。
アメリカ合衆国において、グルメコーヒーやスペシャルティコーヒーが日常語になる以前の一時期、ゴールデンカップ賞を受賞した店はコーヒーが美味しいことで知られていた。アメリカスペシャルティコーヒー協会(SCAA)(Specialty Coffee Association of America)は、この賞を復活させるための委員会を結成した。委員会は、外食産業に対し、家庭で淹れるものよりも優れた、濃厚でコクのある、店内で淹れたてのレストランコーヒーという伝統を復活させることを奨励するために、現代における優れた一杯のコーヒーを定義する卓越性の基準を新たに設定し、この賞のデザインを一新した。
検査手順を設定するにあたり、委員会のメンバーはコーヒー抽出研究所(CBI)/コーヒー抽出センター(CBC)の抽出基準だけでなく、アメリカスペシャルティコーヒー協会(SCAA)が推奨する抽出基準も参考にした。外食産業がスペシャルティコーヒーに新たな機会をもたらす一方で、高級コーヒーの準備と適切な保管において特有の課題も伴うことから、検査手順は、両団体の過去および現在の提言を統合したものとなった。
具体的には、アメリカスペシャルティコーヒー協会(SCAA)の執行役員であったテッド・リンクルが執筆した『コーヒー抽出ハンドブック』(第1版)(原題:Coffee Brewing Handbook)とアグトロン社(Agtron Incorporated.)の抽出システム試験キット「アグトロン/SCAA 抽出分析キット」(Agtron/SCAA Brewing Analysis Kit)の使用方法に関するカール・スタウブ(Carl Staub)の指示書に基づいている。そして、これらの資料の科学的根拠となった情報源は、アーネスト・E・ロックハート(Ernest E. Lockhart)による研究である、
まず、アメリカスペシャルティコーヒー協会(SCAA)によって訓練を受けた検査技術者が、検査対象の抽出プログラムに関する情報を記録する。まず、試験対象のコーヒーブレンド、焙煎分類を示すSCAA/アグトロン(SCAA/Agtron)タイル番号、グラインド(粉砕)度合いを記載する。さらに抽出器具の種類、製造元、容量(液量オンスとガロン単位)も記録する。その後、客観的評価(現場での可溶性固形物試験が主となる)と主観的評価を実施する。
認定技術者になるためには、アメリカスペシャルティコーヒー協会(SCAA)会員の焙煎会社で勤務し、アメリカスペシャルティコーヒー協会(SCAA)の上級抽出マスター分析キット(Advanced Brew Master's Analysis Kit)を所有し、抽出技術者認定コース(Brewing Technician Certificate Course)を修了する必要があった。
検査

水質
水質では、水と抽出液の総溶解固形分(TDS)(Total Dissolved Solids)が評価される。水の総溶解固形分(TDS)の最適値は50~100ppm、抽出液の総溶解固形分(TDS)の最適値は1,150ppm(重量比1.15%)から1,350ppm(重量比1.35%)の間と評価される。抽出前の水に含まれる総溶解固形分(TDS)を記録し、抽出後の抽出液の総溶解固形分(TDS)から差し引かれて、純TDS値が算出される。
ゴールデンカップ賞の評価対象ではないが、水に不純物が含まれていないことも適切な抽出を達成するために重要な条件である。
pHのバランスが崩れると、強度と抽出の最適なバランスを達成する妨げになるため、水のpH値も記録される。水のpHの最適値は7.0の中性と評価される。
抽出レシピ
次に、抽出レシピでは、コーヒー粉と水の比率が評価される。コーヒー抽出ハンドブックで定められたガイドラインは、水6oz(約170g)当たり9~11gのコーヒー粉が最適とされる。64oz(約1,800g)のポットの場合、3 1/4~4 1/4オンス(約92g~120g)が推奨範囲である。大型のアーン式抽出機の場合、コーヒー1lb(約453g)に対して水2~2 1/2gal(約7.5ℓ~9.5ℓ)を使用する。ゴールデンカップ賞の応募者は、この比率内で抽出を行わない場合、賞の受賞資格がない。
検査技術者にとって、抽出レシピは強度と抽出の最適なバランスが達成されているかを判断する上で、不可欠な項目である。コーヒー粉の量、水の量、抽出液の純TDS値から、収率(EY)(Extraction Yield)を算出できる。
元々のゴールデンカップ賞が終了後、長年にわたりコスト削減のためにコーヒーの量を減らす慣行が定着してしまったため、多くの業務用抽出機では、特にコーヒーがまだ新鮮な場合、適切な量の粉をこぼさずに収めるのに十分な大きさのフィルターバスケットを備えていないという問題があった。そのため、アメリカスペシャルティコーヒー協会(SCAA)は、この問題が発生する機器メーカーと協力して改善に取り組んだ。
総溶解固形分(TDS)の測定
次に、抽出液の総溶解固形分(TDS)を測定する。これには、アグトロン/SCAA抽出分析キットに含まれる抽出強度計を使用する。この測定値には、元の水に含まれていた溶解固形分と、抽出液に溶け込んだ溶解固形分が含まれる。この測定値を記録し、事前に測定した水の総溶解固形分(TDS)を差し引いて、抽出液の実際の強度を示す総溶解固形分(TDS)の純総量を算出する。この測定値の目標値は、1,150ppmから1,350ppmである。
収率(EY)の算出
コーヒー抽出コントロールチャートを用いて、コーヒー粉の量、水の量、抽出液の純TDS値をプロットすることで、収率(EY)を算出することができる
抽出
抽出プロセスには、抽出結果とコーヒー抽出コントロールチャート上のグラフに影響を与える多くの要因がある。
温度
最初の要因は抽出温度です。これは主に抽出機器と標高によって決まる。抽出温度は195℉(約90.5℃)から205℉(約96.1℃)の間で保つ必要がある。コーヒーの風味成分は、様々な化合物で構成されており、それぞれの成分はそれぞれ異なる速度で抽出される。各成分の抽出速度は温度の変化に応じて変化する。基準を大幅に下回る水温は、抽出成分量を減少させる。逆に基準を大幅に超える水温は、抽出成分量を増加させるとともに、風味成分の抽出を好ましくない方向に変化させる。
検査技術者は、抽出中に水がコーヒー粉と接触する複数のポイントで水の温度を記録する。水温は抽出プロセス全体を通じて一定で、範囲内に保たれる必要がある。検査技術者は、抽出機器が適切な水温を使用していないと判断した場合、機器を調整して適切な温度に設定する。
時間
コーヒー粉と水が接触する時間の長さも、抽出される成分のバランスに影響を与える。一般に、接触時間が長いほど抽出成分量が増加する。抽出可能な成分は、化合物の種類によって異なる速度で放出されるため、抽出液中の化合物の混合比、およびその結果としての風味は時間とともに変化する。
水が粉と接触している時間を測定するために、3つの測定を行う。1つ目は、水循環時間である。これは、水が抽出機器から流れ出ている時間である 。この測定中、技術者は水を回収し、その量を測定して、抽出レシピが機械によって変更されていないことを確認する。次の測定は、総抽出循環時間である。ここでは、コーヒーはレシピに従って抽出され、すべての水がコーヒー粉から落ち切るまでの時間が計測される。総抽出サイクル時間から水サイクル時間を差し引くと、接触時間、水が粉と実際に接触している時間が得られる。接触時間の長さが適切かどうかは、攪拌と挽き目という2つの要素と密接に関連している。
攪拌
水がコーヒー粉を通り抜ける際、粉と混ざり合う。水が粉の中を循環する様子を攪拌と呼ぶ。適切な攪拌を実現するためには、コーヒー粉と水に十分な動きと膨張のスペースが必要となる。
水の流れは均一で滑らかでなければならない。コーヒーを抽出後、検査技術者はコーヒー粉を確認する。乾燥した部分や、コーヒー粉が一方に押し上げられている場合は、攪拌の均一性が欠如している兆候であり、一部のコーヒー粉から過剰に抽出され、他の部分から過小に抽出されている可能性がある。これにより、過剰抽出による苦味と、抽出不足による草のような風味が混在する、理想的でない抽出液が生まれる。
挽き目
適切な挽き目は、抽出時間と合致する。一般的には、水とコーヒー粉の接触時間が短いほど挽き目は細かくする必要があり、水とコーヒー粉の接触時間が長いほど挽き目は粗くする必要がある。細かいコーヒー粉を使用し抽出時間を長くすると、過抽出により苦味が増す傾向にあり、逆に粗いコーヒー粉を使用し抽出時間を短くすると、風味を十分に引き出すことができない。
主観的評価
これは最も重要な評価である。完成した抽出液の香り、味、ボディ、酸味、新鮮さについて、一般的なコメントが記録される。上記の客観的な要件をすべて満たしていても、コーヒーが美味しくなければ意味がない。ただし、一般的に、客観的な基準が満たされていれば、主観的な基準も満たされる傾向にある。そうでない場合、まだ特定されていない問題が存在し、さらなる調査が必要である強いサインとなる。
抽出後のコーヒーの保温状態も、主観的評価の一部として検査される。適切な保温温度は175℉(約79.4℃)から185℉(約85℃)であり、最大保温時間は30分である。これらの保温要件を満たさなければ、ゴールデンカップ賞の受賞資格はない。これらの基準を遵守しない場合、提供されるコーヒーの品質と鮮度が著しく低下する。
抽出場所の清潔さと状態も検査される。抽出バスケット、スプレーヘッド、シートカップ、保持容器はすべて清潔で正常に機能している必要がある。
賞の授与
現地評価が完了後、抽出されたコーヒーのサンプルは研究所に送られ、研究所のラボウェア9000 マイクロ波水分・固形物分析器で総溶解固形分(TDS)が測定される。
結果がサンプルの抽出がゴールデンカップ要件を満たしていることを確認した場合、アメリカスペシャルティコーヒー協会(SCAA)は賞を授与する。