コーヒーの21世紀
1990年代終わりから2000年代中頃にかけて、コーヒーに関する重要な書籍がいくつか出版されました。
1999年にマーク・ペンダーグラスト(Mark Pendergrast)の著書『共通基盤を持たない:コーヒーの歴史そしてそれは私たちの世界をどのように変えたのか(Uncommon Grounds : The History of Coffee and How It Transformed Our World)』が出版され、2002年に『コーヒーの歴史』の邦題で、河出書房新社から日本語訳版が出版されました。
1999年にステュアート・リー・アレン(Stewart Lee Allen)の著書『悪魔のカップ、歴史の駆動力(The Devil's Cup: Coffee, the Driving Force in History)』が出版されました。
2002年にチャリス・グレッサー(Charis Gresser)とソフィア・ティッケル(Sophia Tickell)の著書『マグド:あなたのコーヒーカップの貧困(MUGGED: Poverty in your coffee cup)』がオックスファム・インターナショナルから出版され、2003年に『コーヒー危機 作られる貧困』の邦題で、筑摩書房から日本語訳版が出版されました。
2004年にアントニー・ワイルド(Antony Wild)の著書『コーヒー:暗い歴史(Coffee: A Dark History)』が出版され、2007年に『コーヒーの真実 世界中を虜にした嗜好品の歴史と現在』の邦題で、白揚社から日本語訳版が出版されました。
また、2005年にジャン=ピエール・ボリス(Jean Pierre Boris)の著書『不公正な取引:一次産品の暗黒物語(Commerce inéquitable: Le roman noir des matières premières)』が出版され、同2005年に『コーヒー、カカオ、米、綿花、コショウの暗黒物語 生産者を死に追いやるグローバル経済』の邦題で、作品社から日本語訳版が出版されました。
著者であるジャン=ピエール・ボリスは、1997年から2004年にかけて、ラジオ・フランス・インターナショナル(RFI)(Radio France Internationale)で、「一次産品の市場動向(Chronique des matières premières)」という番組を担当していました。この本は、その成果をまとめたものです。
「おいしいコーヒーの真実」
また、映像作品においては、2006年にスカラブ・スタジオ(Scarab Studio)とミューティニー・メディア(Mutiny Media)によるドキュメンタリー作品「ワン・カップ(One Cup)」が制作されました。
2006年にマーク・フランシス(Marc Francis)&ニック・フランシス(Nick Francis)監督作品「黒い金(Black Gold)」が制作され、フェアトレード・リソースセンター代表の北澤肯氏の発案により、2008年に「おいしいコーヒーの真実」の邦題で、日本で公開されました。
このように2000年代は、一般社会にコーヒーの世界の搾取の構造が「啓蒙」された時代でした。
アイリーン・アンジェリコ「ブラック・コーヒー」とマーク・ペンダーグラスト『コーヒーの歴史』
アイリーン・アンジェリコ「ブラック・コーヒー」
2007年にカナダ国立映画制作庁 (National Film Board of Canada)によって、アイリーン・アンジェリコ(Irene Angelico)監督による約3時間のドキュメンタリー映画「ブラック・コーヒー(Black Coffee)」が制作されました。
第1部「ザ・イレシスティブル・ビーン(The Irresistible Bean)」、第2部「ゴールド・イン・ユア・カップ(Gold in Your Cup)」、第3部「ザ・パーフェクト・カップ(The Perfect Cup)」の3部構成で、過去から現在に至るコーヒーの歴史を紐解いています。
第1部はコーヒーの起源と言われるエチオピアからナポレオンまで、第2部はラテンアメリカの光と影、第3部はフェアトレードとスペシャルティコーヒーに焦点を当てています。第3部には、コスタリカ ハシエンダ・ラ・ミニタとウィリアム・マカルピン(William McAlpin)が登場し、エチオピアのイルガチェフェで幕を引きます。
「ブラック・コーヒー」は、様々な重要人物のインタビューを折り込みながら、コーヒーの複雑な歴史を貴重な映像や画像を用いて首尾よく整理しており、非常によく作られたドキュメンタリーの秀作と言っていいでしょう。
マーク・ペンダーグラスト『コーヒーの歴史』
「ブラック・コーヒー」は、マーク・ペンダーグラストの『コーヒーの歴史』を下敷きにしています。
1999年8月29日には、ノンフィクション作家へのインタビュー番組である「ブックノーツ(Booknotes)」で、マーク・ペンダーグラストのインタビューが放送されています。
文字起こしは、以下のリンクで読むことができます。
Mark Pendergrast Uncommon Grounds:http://www.booknotes.org/Watch/151209-1/Mark-Pendergrast.aspx
マイケル・ワイスマン『スペシャルティコーヒー物語』と「サードウェーブ」
2008年にマイケル・ワイスマン(Michaele Weissman)の著書『カップの中に神を見た:完璧なコーヒーへの強迫的な探究(God In a Cup: The Obsessive Quest for the Perfect Coffee)』が出版され、2018年に『スペシャルティコーヒー物語 最高品質コーヒーを世界に広めた人々』という邦題で、楽工社から日本語訳版が出版されました。
監修者の旦部幸博氏の言うように、アメリカ合衆国でいわゆる「サードウェーブ」が衆目を集めたのは、この本がきっかけと言ってもいいと思います。
「サードウェーブ」の時代になると、多幸症的な華やかな幻想がコーヒーの世界を覆うようになります。
この一見華やかな幻想が、原理原則を欠いた快楽で埋め尽くされたポストモダン資本主義における人間的主体の退行と幼稚化の裏表であることを指摘することは、穿った見方でしょうか。