伊藤園とタリーズ:コスタリカ アシエンダ ・ラ・ミニタとディスタント・ランド・トレーディング社、そしてスペシャルティコーヒーの未来
スポンサーリンク

コスタリカ アシエンダ ・ラ・ミニタとディスタント・ランド・トレーディング社、そしてスペシャルティコーヒーの未来

コスタリカ アシエンダ・ラ・ミニタとエステートコーヒー

"An Introduction to La Minita",Hacienda La Minita 2020年1月9日.

アシエンダ・ラ・ミニタ(Hacienda La Minita)は、コスタリカ(Costa Rica)サン・ホセ州(San José Province)タラス・カントン(Tarrazú Canton)に位置する農園です。コーヒー生産地域としては、タラス(Tarrazú)に区分されます。

「ラ・ミニタ(La Minita)」は「小さな鉱山」を意味しています。先コロンブス期の先住民が、この土地で金を探していたという地元に伝わる伝説から、この名前が付けられました。

アシエンダ・ラ・ミニタは、20世紀終わりのスペシャルティコーヒーの発展を考える上で最も重要な農園の1つです。

ウィリアム・マカルピン

ウィリアム・マカルピン 出典:SCA NEWS

ウィリアム・マカルピン(William McAlpin)(または、ビル・マカルピン(Bill McAlpin))は、世界的に有名なコーヒー生産者の1人です。彼はアメリカ国籍ですが、南米で育ち、1974年からコーヒー栽培を始めました。

彼はスイスの学校で経済学と哲学の教育を受けた後、南アメリカのエスタンシア(Estancia)で牛や馬などの世話をしたり、未知の土地に航空機を輸送するフェリー・パイロットとして働きながら、世界を旅していました。

*エスタンシア=羊などの家畜を飼育するため南米の土地

My own inspiration comes from having spent most of my life in the tropics. From my teenage years I have suffered from an irresistible nomadic urge that has pressed me into contact with far away people in distant lands. I have had the opportunity, desire, and good luck to explore others' world view, accordingly modifying my own understanding of reality.

William J. McAlpin (1997) "Hacienda La Minita", Dedication.

彼はまだ20代前半だった頃にコスタリカに戻り、1974年から投資家であった彼の父が所有していたコーヒー農園、アシエンダ・ラ・ミニタで働き始めました。アシエンダ・ラ・ミニタは1968年から彼の父の所有農園でしたが、1980年に自ら農園を買い取りました。

エステートコーヒー

スペシャルティコーヒーの最初期に、農園単位によるコーヒーの区分を初めて考えたのは、ウィリアム・マカルピンであると言われています。彼はそれまで、国名、地域名、市場名、またはグレードで区分されていたコーヒーを、「エステートコーヒー(Estate Coffees)」として農園単位に区分しました。

*エステートコーヒーには、数ヘクタールの小規模生産者から数百ヘクタールの大農園、複数の小規模生産者のコーヒーを処理する精製所までが含まれます。コーヒーの現状は、いまだに普遍的な定義も統一的な規格も存在しないスペシャルティコーヒーの概念よりも、エステートコーヒーの概念で整理するほうが、はるかに理解しやすいと考えます。

スペシャルティコーヒーの世界で「エステート」という用語は、ワインの世界の「エステートボトル(Estate-bottled)」という発想に由来しています。マカルピンは、コーヒーは「コモディティ(商品)」よりも優れたものであり、ワインやグルメと同じような贅沢品として扱われるべきだと考えました。

1985年に「アシエンダ・ラ・ミニタ」の名前でコーヒーが輸出され、これは単一農園のコーヒーとして販売される世界で最初のコーヒーの1つになりました。

アシエンダ・ラ・ミニタのコーヒーは、1987年にアメリカ合衆国の市場で初めて販売されました。

一九八七年に、三十六歳になったビル・マカルピンは、自分のコーヒー豆を並の豆より格の高いものにしようと決意した。彼は選りすぐった最高の豆二百袋を船でヴァージニア州に運び、それからトラックを借りて旅を開始した。妻のキャロル・カーツとともに、彼はアメリカ東部の高品質コーヒー焙煎業者を訪れて回り、自分のとびきり上等の豆を売り込んだ。こうして新たに獲得した顧客の中で最も重要な取引相手となったのが、ボストンでコーヒー・コネクション社を経営していたジョージ・ハウエルで、二人はすっかり意気投合して親友になった。やがてハウエルはマカルピンに、グアテマラやコロンビアでも上質な豆を探し出し、改良して売るように勧めた。

マーク・ペンダーグラスト(2002)『コーヒーの歴史』,樋口幸子訳,河出書房新社 p.471-472

ジョージ・ハウエル(Geroge Howell)の「ザ・コーヒー・コネクション(The Coffee Connection)」のような北米のロースターによるアシエンダ・ラ・ミニタのエステートコーヒーの販売とマーケティングは、スペシャルティコーヒーの思想である高品質の生豆と差別化されたカップ・クオリティのスタンダードを業界に広めることに貢献しました。

1988年にジョージ・ハウエルが、ザ・コーヒー・コネクションでアシエンダ・ラ・ミニタのエステートコーヒーの販売を開始したとき、それは最も高価でありながら、最も人気のあるコーヒーの1つでした。

ジョージ・ハウエルが評価したアシエンダ・ラ・ミニタの「クリーンカップ(Clean Cup)」は、中米コーヒーの名声の確立とその後のスペシャルティコーヒーの評価に影響を与えたかもしれません。

また、アメリカのコーヒー研究家であるケネス・デーヴィス(Kenneth Davids)は、1999年12月1日の「世紀のコーヒー(COFFEES OF THE MILLENNIUM)」という記事の中で、「20世紀最高のコーヒー(BEST COFFEE OF THE 20TH CENTURY)」の1つに、アシエンダ・ラ・ミニタのコーヒーを上げています。

彼はこの中で、ラ・ミニタのコーヒーが「湿式精製の究極の洗練(the ultimate refinement of the wet processing method)」を象徴していると述べています。

シングルオリジンのエステートコーヒーは、無名のコーヒーよりも一貫して高価格で販売することができるため、生産者には有利に働きます。また、エステートコーヒーは品質と味の特徴が確認しやすいために、消費国側の輸入業者や消費者にも有利に働きます。

マカルピンの成功は、スペシャルティコーヒーの世界において、農園単位でコーヒーを扱うエステートコーヒーのビジネスモデルを確立しました。農園や品種ごとにブランディングするワインの世界を真似た彼のビジネスモデルは、その後それを模倣するコーヒー農園を数多く生みました。

サステナブルコーヒー

コスタリカは20世紀初期、バナナとコーヒーの栽培に集中していました。1920年の時点でバナナとコーヒーはコスタリカの輸出量の約70%を占め、その輸出先はアメリカ合衆国でした。アメリカ合衆国のユナイテッド・フルーツ社(UFCO)(United Fruit Company)によるバナナ栽培も、当初はコスタリカに集中していましたが、第一次世界大戦後に中米各国へと広まっていきました。

世界恐慌や世界大戦によるコーヒー 価格の下落やバナナの生産量の減少は、バナナやコーヒーの経済的な脆弱性と不安定性をあらわにしました。

これらの換金作物の代わりに開発されたのが、牛肉生産でした。

1921年のホワイト・キャッスルというハンバーガーのファストフード店の出現、アメリカ合衆国のライフスタイルの変化は、牛肉に対する巨大な需要を生みました。中央アメリカの森林や休閑地は、牧畜地へと次々に転換され、中央アメリカは世界最大の輸出用牛肉生産国となりました。

1981年に生態学者のノーマン・マイヤーズ(Norman Myers)が、スウェーデン王立科学アカデミー(Royal Swedish Academy of Sciences)の環境ジャーナルに「ハンバーガー・コネクション(The Hamburger Connection: How Central America's Forests Become North America's Hamburgers)」を発表しました。この論文では、アメリカの「物質主義的ライフスタイル」が中央アメリカの熱帯雨林の消滅の原因であると主張されています。

ハンバーガー・コネクションはコスタリカのマスメディアの注目を集め、コスタリカの環境意識を喚起しました。

1987年にアメリカ合衆国ではバーガーキングの不買運動が起こり、「レインフォレスト・アクション・ネットワーク(RAN)(Rainforest Action Network)」は、バーガーキングに3500万ドルの牛の契約をキャンセルすることに同意させました。このレインフォレスト・アクション・ネットワーク(RAN)の試算によると、「ハンバーガー1個を食べることは、約9㎡の熱帯雨林を消滅させたことと同じ行為である」ということです。

同じ1987年に「環境と開発に関する世界委員会(WCED)(World Commission on Environment and Development)」のブルラント報告書(Brundtland Report)、「我ら共通の未来(Our Common Future)」が発行されました。現在のSDGsにつながる「持続可能な開発(Sustainable Development)」の考えがここで示されました。

冷戦が終結すると、中央アメリカとカリブ海地域の政治的安定はこの地域への魅力を増大させ、多くの観光客を惹きつけました。コスタリカは環境と観光がビジネスになることから、「エコツーリズム(Ecotourism)」の先進国となりました。

アシエンダ・ラ・ミニタは、コスタリカのコーヒー農園で実践されているエコツーリズムのパイオニアです。

ある意味で、マカルピンの並外れた成功はスターバックス社の場合とよく似ている。彼も宣伝にはほとんど金をかけていないからだ。顧客はラ・ミニタに招待され、モデル農園が運営されるのを見学し、素晴らしい食事とコーヒーを満喫し、二百フィート[約六十メートル]の高さから落ちる滝に感嘆し、農園の診療所を見学し、何人かの明らかに満足している労働者と会う。また、実地に収穫を体験することもできる。

マーク・ペンダーグラスト(2002)『コーヒーの歴史』,樋口幸子訳,河出書房新社.p.472.

アシエンダ・ラ・ミニタは、現在の大農園で一般化している持続可能な生産様式、再生可能エネルギーやバイオマス炉の導入、予防医療や歯科治療などの労働者のケア、農園の労働者向けのプログラムの作成などの先駆的なモデルケースです。

フェアトレードとオーガニックコーヒーで有名なグリーンマウンテンコーヒーロースターズ(Green Mountain Coffee Roasters)のボブ・スティラー(Bob Stiller)は、1991年にラ・ミニタに従業員を送り、「木から一杯のコーヒーへ(from the tree to the cup)」の意見を仰いでいます。

写真集"Hacienda La Minita"

マカルピンは、1997年に"Hacienda La Minita"という写真集を出版しました。この写真集の写真と文書で表現されていることは、現在スペシャルティコーヒーの大農園のホームページで表現されていることの先駆けと考えられます。

表紙
ウィリアム・マカルピンとジョージ・ハウエルの序文
アシエンダ・ラ・ミニタ
女の子
ウィリアム・マカルピンとあとがき

商標登録

マカルピンは、スペシャルティコーヒーの産業における商標登録を導入したパイオニアでもあります。例えば、"LA MINITA TARRAZU"の特許登録日は1989年3月7日です。

*"DISTANT LANDS TRADING COMPANY"の名前でも、様々な商標を取得しています。

このようにアシエンダ・ラ・ミニタは、シングルオリジン、持続可能性、農園観光、商標登録など、スペシャルティコーヒーの生産農園の先駆的なモデルケースとなりました。

マカルピンの次のビジョンは、品質管理のために、栽培、育成、収穫、精製、輸出までを一貫して手掛けることでした。彼はコーヒーの生産に関わるこれらすべての段階を1つの組織下に統合し、あらゆる段階で厳格な品質管理を構築しようと考えました。

彼のビジョンは、アシエンダ・ラ・ミニタを単一農園から、「ディスタント・ランド・トレーディング社(Distant Lands Trading Company Inc.)」という垂直統合型のグローバル企業にまで成長させました。

ディスタント・ランド・トレーディング社

DLTC社のグローバル・ネットワーク 出典:Distant Lands Coffee

2005年10月31日、マカルピンはアメリカ合衆国ワシントン州に「ディスタント・ランド・トレーディング社(Distant Lands Trading Company Inc.)(以下DLTC社)」を設立しました。この名前は、マカルピンの若き日の「遠い土地(Distant Lands)」への憧れから来ているのだと考えられます。

彼は自社農園によるコーヒー生産だけではなく、生産各国の様々な農園、精製所、輸出業者と提携し長期的な関係を築いてきました。農園でコーヒーを栽培することに加えて、世界中のアラビカ種コーヒーの大規模なポートフォリオを構築しました。

DLTC社は、1968年のアシエンダ・ラ・ミニタでのコーヒー栽培から始まり、1987年からはコーヒー生産各国の提携農園から生豆のダイレクトトレードを、1994年からはコーヒーの焙煎と包装事業を、2009年にはコロンビアでコーヒーの精製事業を開始しました。

DLTC社は、アメリカ合衆国で唯一の垂直統合型のスペシャルティコーヒー供給業者です。年間40万袋を超えるアラビカ種コーヒーを取引しています。

DLTC社は現在、コスタリカに6つの農園、コスタリカに2つ、コロンビアに1つの精製所を所有しています。DLTC社の代表的な農園としては、コスタリカのアシエンダ・ラ・ミニタとアシエンダ・リオ・ネグロがあります。

アシエンダ・ラ・ミニタ

アシエンダ・ラ・ミニタ 出典:Hacienda La Minita
"Hacienda La Minita - drone video",Hacienda La Minita 2019年9月3日.

アシエンダ・ラ・ミニタ(Hacienda La Minita)は、タラス・カントン(Tarrazú Canton)に位置する農園です。総面積1,200エーカー(約485ヘクタール)のうち、800エーカー(約323ヘクタール)で170万本のコーヒーノキが栽培されています。農園の南側の200エーカー(約81ヘクタール)は自然林保護区となっています。

農園の南にタラス川(Tarrazú River)、北にカンデラリア川(Candelaria River)が流れており、これら2つの川が農園の低地の斜面を冷涼にします。

従業員には十分な賃金、無料の住宅、貯蓄プログラムが提供され、無料の予防医療と歯科治療を受けることができます。

ラ・ミニタは、2009年にレインフォレスト・アライアンス認証(Rainforest Alliance Certified)を受けています。

サステナブルな実践には、除草剤を使用しない人による除草、無農薬の害虫駆除、バードフレンドリー、シェードグロウンがあります。

ベネフィシオ・デル・リオ・タラス

ベネフィシオ・デル・リオ・タラス 出典:Hacienda La Minita

アシエンダ・ラ・ミニタには、ベネフィシオ・デル・リオ・タラス(Beneficio del Rio Tarrazú)という精製所があります。

この精製所はタラス川沿いにあり、農園にある水力発電所の電力を使用しています。水力発電所は現地で消費する以上のエネルギーを生み出し、精製所は政府基準を上回る節水技術があります。また、乾燥工程には、特別設計のバイオマス炉のエネルギーを利用しています。

ベネフィシオ・デル・リオ・タラスは、2009年にCoC認証(Chain of Custody Certified)を取得しました。

アシエンダ・リオ・ネグロ

アシエンダ・リオ・ネグロ 出典:Hacienda La Minita

アシエンダ・リオ・ネグロ(Hacienda Rio Negro)は、パナマとの国境に近いコスタリカ南部プンタレナス州(Puntarenas Province)コト・ブルス・カントン(Coto Brus Canton)に位置する農園です。

この農園は、コスタリカ最大の森林保護地域である「タラマンカ山脈=ラ・アミスター保護区群とラ・アミスター国立公園ラアミスタッド公園(Talamanca Range-La Amistad Reserves/La Amistad National Park)」に隣接しており、DLTC社のサステナブル農業の柱となっています。

総面積1,700エーカー(約687ヘクタール)のうち、700エーカー(約283ヘクタール)で、140万本のコーヒーノキを栽培が栽培されています。農園の815エーカー(約329ヘクタール)は自然林保護区で、150エーカー(約60ヘクタール)は再生林です。

従業員には、貯蓄プログラム、低金利のローンが提供され、無料の予防医療と歯科治療を受けることができます。子供のための保育施設があり、制服が提供されます。

アシエンダ・リオ・ネグロは、2001年にコスタリカで最初のレインフォレスト・アライアンス認証(Rainforest Alliance Certified)を取得したコーヒー農園です。

ベネフィシオ・リオ・ネグロ

ベネフィシオ・リオ・ネグロ 出典:Hacienda La Minita

アシエンダ・リオ・ネグロには、ベネフィシオ・リオ・ネグロ(Beneficio Rio Negro)という精製所があります。

この精製所にも水力発電所とバイオマス炉があり、ベネフィシオ・デル・リオ・タラスと同様にクリーンエネルギーを動力としています。

ベネフィシオ・リオ・ネグロは、2001年にCoC認証(Chain of Custody Certified)を受けました。

エンプレサス・デ・アンティオキア

エンプレサス・デ・アンティオキア 出典:Hacienda La Minita

DLTC社は、コロンビア北部のアンティオキア県(Antioquia Department)に、エンプレサス・デ・アンティオキア(Empresas de Antioquia)という精製所を所有しています。

アシエンダ・ラ・ミニタは、1991年からコロンビアで事業を開始しました(この時点では、まだDLTC社は設立されていません)。コロンビアのボゴタ(Bogota)とパスト(Pasto)を拠点に置く、ドン・エンリケ・ヴァスケス(Don Enrique Vasquez)と彼の家族とパートナーシップを結び、コロンビア南部の高品質のコーヒー、特にナリーニョ県(Nariño Department)のコーヒーを供給してきました。

DLTC社は、サプライチェーンをさらに強化するために、コロンビア北部のコーヒーの取り扱いを始めました。コロンビアは、北部と南部で収穫時期が異なるために、年間を通じてコーヒーを供給できるようになりました。

DLTC社は、コロンビアで一定の品質基準を満たす地元生産者のネットワークからコーヒーを購入しています。高品質のコーヒーを生産する生産者を報奨し、継続的な農学的または技術的支援を行っています。

生産各国のパートナー

DLTC社はコスタリカとコロンビアの他に、ブラジル、エルサルバドル、グアテマラ、インドネシア、ケニア、ニカラグア 、パプアニューギニア、ペルーと、世界のコーヒー生産各国の様々な農園、精製所、協同組合とパートナーシップを結んでいます。

DLTC社が世界各国の生産者とパートナーを結んでいる歴史的な背景には、ジョージ・ハウエルの勧め(マーク・ペンダーグラスト『コーヒーの歴史』472ページ)があると考えられます。

サステナビリティ

コスタリカとコロンビアには、現地に水力発電所があり、現地で消費する以上の再生可能エネルギーを生み出しています。また、DLTC社は精製の過程で発生するパーチメントを利用したバイオマス炉を設計、開発しています。

DLTC社のベネフィシオ・デル・リオ・タラスは、環境保護の世界最先端の精製所として、コスタリカ政府の「バンデーラ・エコロジカ賞(Bandera Ecológica Award)」を受賞しています。

焙煎と包装事業

DLTC社の焙煎施設は、ワシントン州レントン(Renton)とテキサス州タイラー(Tyler)にあります。

レントンの焙煎施設は、生豆の倉庫、焙煎と包装事業、流通倉庫、および本社を備えています。焙煎と包装事業は、DLTC社のプライベートレーベルコーヒーを生産するように設計されています。タイラーの焙煎施設は、2003年に設計建設されました。高品質のコーヒーの焙煎と包装事業を行っています。

DLTC社のコーヒーはすべて、サプライチェーン全体で何度も品質評価がされます。品質サービスグル​​ープは、輸出、加工、出荷の、すべての品質保証の段階を追跡および監視します。DLTC社の垂直統合と品質管理プロセスは、流通の透明性とトレーサビリティを明確にします。このようにコントロールされたサプライチェーンによって、一貫した品質と味を保証することができます。DLTC社は、2015年の時点で、年間24,700トンのコーヒー豆の調達力があります。

DLTC社の運営するパネラ・ブレッド(Panera Bread)は、2013年から「シングルサーブコーヒー(Single-serve coffee)」(いわゆるカプセル式コーヒー)を販売しています。

生涯功労賞

マカルピンはこれまでの功績を称えられ、2015年2月24日にアメリカスペシャルティコーヒー協会(SCAA)(Specialty Coffee Association of America)の「生涯功労賞(Lifetime Achievement)」を受賞しました。

しかし、そのわずか2ヶ月前の2014年12月25日、皮肉なことにDLTC社は株式会社 伊藤園に買収されることになりました。

伊藤園とDLTC社

2015年4月期 決算説明会資料 出典:株式会社 伊藤園

2014年12月25日、株式会社 伊藤園(以下、伊藤園)はDLTC社を8200万ドル(約100億円)で買収しました。アメリカ合衆国デラウェア州会社法の規定によって、逆三角合併方式で完全子会社化されました。「コーヒーの都市国家(A Coffee City-State)(マーク・ペンダーグラスト)」は、「グローバル資本の都市国家」になったわけです。

合併のスキーム図 「伊藤園、米コーヒー会社「ディスタントランズトレーディング」を100億円で買収」,ビジネス+IT

2015年2月、伊藤園はDLTC社を連結子会社化し、星 和弘(Kazuhiro Hoshi)が代表に就任しました。

ディスタント・ランド・コーヒーは、創業者が伊藤園と同じような考えを持ち、質の高いコーヒーの提供を目指して50年前にコスタリカで農園を始めたところからスタートしています。コーヒーの生産、焙煎から商品の販売までを一貫して行っている会社です。世界の3大飲料は水・お茶・コーヒーと言われていて、将来の海外展開を見据えた伊藤園がこのディスタント・ランド・コーヒーを買収し、現在のビジネスに至りました。

Distant Land Coffee 星 和弘さん」,シアトルの生活情報誌 SoySource.

この買収は、スペシャルティコーヒーによる多国籍資本の飲料分野での成長の最初の取り組みです。

コーヒーの栽培から輸出までを一貫して手掛ける垂直統合型の国際企業にまで成長していたDLTC社を買収することは、伊藤園の北米における飲料の販路拡大に最適でした。コーヒーの栽培から輸出までを一貫して手掛けるというマカルピンのビジョンは、グローバルなバリューチェーンを構築したいグローバル資本にこそ親和性の高いものだったわけです。

伊藤園とタリーズ

「COFFEE IS OUR PASSION ~タリーズコーヒーの世界~」,TULLYS COFFEE JAPAN 2011年4月4日.

伊藤園の国内グループ企業に、スペシャルティコーヒー店のタリーズコーヒー(Turry's Coffee)があります。伊藤園は2006年にタリーズの運営会社、フードエックス・グローブ株式会社を連結子会社化しています。そして、2008年にタリーズコーヒージャパン株式会社に商号変更しています。

タリーズが伊藤園の国内グループ企業になってから、伊藤園はタリーズブランドでリキッドコーヒーの飲料分野に参入しています。

2007年にタリーズブランド初のチルドカップのコーヒー「タリーズコーヒー バリスタズ スペシャル ブラック/スペシャルラテ」、2009年にタリーズブランド初のボトル缶コーヒー「タリーズコーヒー バリスタズチョイス ブラック」、2010年にタリーズブランド初のショート缶コーヒー「タリーズコーヒー バリスタズチョイス エスプレッソ ラテスティーレ/フォルテスティーレ」を発表しています。

2018年4月期 通期 決算説明会資料 出典:株式会社 伊藤園

現在の伊藤園は、消費国側の垂直統合型のサプライチェーンと生産国側の垂直統合型のサプライチェーンを結びつけることによって、グローバルなコーヒーバリューチェーンを構築しています。

伊藤園のコーヒーバリューチェーンにおいては、伊藤園とタリーズ、DLTC社がトリニティをなしており、コーヒーの原材料である生豆は、DLTC社が運営するアシエンダ・ラ・ミニタなどの農園とそのパートナーであるコーヒー生産各国の農園が栽培、DLTC社が運営する精製所によって精製されます。

焙煎と包装は、国内においては静岡にある焙煎施設によって、北米においてはDLTC社の焙煎施設によって、営業販売は、国内市場では伊藤園とタリーズが担い、伊藤園のリキッドコーヒーやタリーズのコーヒーとして提供され、北米市場ではDLTC社が担い、DLTC社の様々なブランドとして販売されるという構造になっています。

このバリューチェーンは、北米市場に対してはシングルサーブコーヒー、食料品店や飲食業界に卸すためのプライベートレーベルブランドのコーヒー、国内市場に対しては伊藤園のリキッドコーヒー、タリーズのスペシャルティコーヒーを提供しており、ブレンド、シングルオリジン、シングルサーブコーヒー、レインフォレスト・アライアンス、フレーバーコーヒー、限定コーヒーなど、あらゆるタイプのコーヒーを網羅しています。

スペシャルティコーヒーの未来

Furthermore, the estate concept lends itself to substituting hype for substance, and myth for reality. For every farmer who, like William McAlpin, works just as hard on making his coffee taste good as he does on publicizing it, there may be others who decide to skip the taste part and just go for the publicity.

Still, buyers who handle specialty coffee always have their noses in the air sniffing for rats, and estates that do abuse their reputations risk losing them just as rapidly as they managed to establish them in the first place. Or let us hope so.

"COFFEE LANGUAGE : FARM, MILL, AND ESTATE NAMES",Coffee Review.

「20世紀最高のコーヒー」と評されたアシエンダ・ラ・ミニタと伊藤園やタリーズの結びつきを知っている人はどのくらいいるでしょうか?現実を神話に置き換えることに成功したスペシャルティコーヒーは、グローバル化の波に飲まれて確立した名声を失うかもしれません。

エステートコーヒーで名声を確立した大農園が、巨大なグローバル資本に買収され、伊藤園のリキッドコーヒーやタリーズの「農園名のない」コーヒーとして提供されるようになるのは、皮肉な話のように思われます。

*伊藤園やタリーズのホームページ、およびショップには、アシエンダ・ラ・ミニタの名前はありません。タリーズの「TALK to COFFEE 世界の豆やコーヒーのことを話そう #2 コスタリカ 」には、「マイクロロットプロジェクト」のドータ農協の話が出てくるのみです。アシエンダ・ラ・ミニタのコーヒーは、ジョージ・ハウエルの「ジョージ・ハウエル・コーヒー(George Howell Coffee)」など一部で、「農園名のある」コーヒーとして販売されています。

しかし、グローバル資本が生産国の農園や運営会社を買収し、それらがグローバル資本の巨大な権力機構の一部になることを、誰が非難できるでしょうか?

この強固なバリューチェーンによって、グローバル資本にとっては大農園とその運営会社を傘下に収め、生産設備への巨大な投資を行うことによって、一定の品質の生豆を安定的に入手できるようになり、生産者にとっては安定した生産とそれなりの価格で買い取ってくれる安定した供給先が見つかるようになります。そして、消費者は一定の品質のコーヒーを安価に購入することができるようになります。いわば、「ウィン・ウィン(Win-Win)」の誰も損をしない仕組みです。

*スペシャルティコーヒーとスペシャルティコーヒー業界は分けて考える必要があり、この構造のなかにスペシャルティコーヒー業界が入り込む余地はありません。

コーヒーは、経済的に非常に不安定で脆弱な世界商品です。それを安定的に取引することを考えるのであれば、政治に左右される「国際コーヒー協定(ICA)(International Coffee Agreement)」や経済的に不安定な市場取引よりも、巨大なグローバル資本と巨大コーヒーチェーンと大農園とその運営会社が互いに手を結び、グローバルなバリューチェーンを構築する方が、はるかに安定的な取引が可能なはずです。

 マカルピンは社会や環境の問題に強い関心を寄せているが、自分では、長い目で見れば単に実際的なだけだと主張している。労働者の待遇を良くするのは、その方が事業がうまく行くからだ。彼は公正貿易コーヒーを軽蔑している。人々の罪の意識につけ込んでコーヒーを買わせようとしているというのだ。「ここでの栽培方法を理由に、ラ・ミニタの豆を買ってもらいたいとは思わない。コーヒーそのものの質で買ってもらいたいのだ」。彼は、イクォール・エクスチェンジやマックス・ハヴェラール・ブランドを推進する善意の人々を、「文化的帝国主義」だと非難し、コーヒー豆に「苦しみ、悲嘆、屈辱」をブレンドして、「裕福だが罪の意識に悩まされていて、健康食品や質素なライフスタイルを好む、政治的に公正で世間知らずな『ハッピー』ども」に売りつけている輩だとこきおろした。彼によれば、「ハッピー」とは「ヒッピー」と「ヤッピー」がいっしょになったものだという。

マーク・ペンダーグラスト(2002)『コーヒーの歴史』,樋口幸子訳,河出書房新社.p.474

スペシャルティコーヒーの先駆的な農園であったアシエンダ・ラ・ミニタの現状は、スペシャルティコーヒーの未来の姿であるのかもしれません。

スペシャルティコーヒーは、巨大なグローバル資本と結びつくことで「世界を変える」のかもしれません。スペシャルティコーヒーがグローバル資本主義の文化的表現であることを考えれば、当然の帰結でしょう。国際コーヒー協定も、フェアトレードも、ダイレクトトレードも、いかなる試みも「世界を変える」ことに成功しなかったことを見れば、グローバル資本の圧倒的な権力は、「無邪気な冷笑家たち(レベッカ・ソルニット)」ならぬ「無邪気な楽天家たち(ハッピーども)」の幻想を打ち砕くには十分でしょう。

*近年になって、グローバル資本が本格的にスペシャルティコーヒー市場に参入してきた背景に、スペシャルティコーヒー市場の拡大があることはいうまでもありません。

アシエンダ・ラ・ミニタ Hacienda La Minita:https://real-coffee.net/category/coffee-origin/central-america/costa-rica/tarrazu/hacienda-la-minita

<参考>

マーク・ペンダーグラスト(2002)『コーヒーの歴史』,樋口幸子訳,河出書房新社.

Mark Pendergrast(2010)"Uncommon Grounds: The History of Coffee and How It Transformed Our World",Basic Books.<https://books.google.co.jp/books?hl=ja&id=TUo981rkwkoC&q=>

Hacienda La Minita<https://www.laminita.com/>

Distant Lands Coffee<http://www.dlcoffee.com/>

"COFFEE LANGUAGE : FARM, MILL, AND ESTATE NAMES",Coffee Review<https://www.coffeereview.com/coffee-reference/coffee-basics/coffee-language/farm-mill-and-estate-names/>

"COFFEES OF THE MILLENNIUM",Coffee Review<https://www.coffeereview.com/coffees-of-the-millennium/>

"SCAA Announces Recipients of 2015 Recognition Awards and Sustainability Award",SCA NEWS<https://scanews.coffee/2015/02/24/scaa-announces-recipients-of-2015-recognition-awards-and-sustainability-award/>

「タリーズ商品の歴史」, TURRY'S COFFEE<http://www.tullys-cup.jp/history/>

「2018年4月期 通期 決算説明会資料」,株式会社 伊藤園<https://www.itoen.co.jp/files/user/pdf/ir/material/201804.pdf>

「伊藤園、コーヒー豆生産・販売の米DLTCを約100億円で買収」,日本経済新聞<https://www.nikkei.com/article/DGXLASFL25HLH_V21C14A2000000/>

"Multinational Tea Company Ito En to Acquire Distant Lands Coffee for $82 Million",Daily Coffee News<https://dailycoffeenews.com/2015/01/19/multinational-tea-company-ito-en-to-acquire-distant-lands-coffee-for-82-million/>

Twitterでフォローしよう

おすすめの記事