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アメリカスペシャルティコーヒー協会(SCAA)の第1回年次カンファレンス

アメリカスペシャルティコーヒー協会(SCAA)の第1回年次カンファレンス

”Celebrating 25 Years of the SCAA Event”,Specialty Coffee Association 2013年5月3日.

港湾都市ニューオーリンズは、コーヒーがアメリカ大陸にもたらされた初期の段階から、重要な役割を果たしてきた都市である。カリブ海地域で栽培されたコーヒーが「新世界」から北米へ運ばれる際、ニューオーリンズ港は主要な玄関口となった。18世紀後半には、すでにコーヒーは市民生活に深く根付いていたとされる。さらに、ミシシッピ川を通じて内陸部へ流通していくコーヒーは、ニューオーリンズを全米有数のコーヒー取引拠点へと押し上げる原動力となった。

19世紀初頭には、ニューオーリンズ独自のコーヒー文化が形成されていった。その象徴的な存在が、奴隷としてこの地に暮らしていたローズ・ニコー(Rose Nicaud)である。週に一度与えられた休日を利用し、彼女はジャクソン・スクエアで自ら焙煎・抽出したコーヒーを販売した。やがてフレンチ・マーケットに常設の屋台を構え、アフリカ由来の揚げ菓子「カラス(Calas)」とともに提供するそのスタイルは、多くの市民に親しまれるようになった。彼女は自身の自由を勝ち取っただけでなく、黒人女性による市場ビジネスの伝統を築き、ニューオーリンズにおける「コーヒーと軽食」の文化的原型を生み出した人物でもある。現在も観光名所として知られるカフェ・デュ・モンド(Café du Monde)とベニエ(Beignet)の文化も、こうした歴史の延長線上に位置づけることができる。

この街のコーヒー文化は、単なる飲料習慣にとどまらず、コミュニティ形成の場として発展していった。20世紀後半に入ると、その精神を現代的な形で体現した人物が現れる。1978年、元ソーシャルワーカーのフィリス・ジョーダン(Phyllis Jordan)は「美味しいコーヒー」と「コミュニティの構築」を理念にピージェイズ・コーヒー(PJ’s Coffee)を創業した。彼女は高品質なアラビカ種へのこだわりを打ち出すと同時に、酷暑のニューオーリンズに適した抽出法としてコールドブリューを積極的に導入した。この革新的な取り組みは、やがて全米のスペシャルティコーヒー業界に大きな影響を与えることとなった。

このようにしてニューオーリンズは、歴史的な輸入拠点であると同時に、屋台文化、カフェ文化、そして革新的な抽出技術の発信地という、多層的なコーヒー都市へと成熟していったのである。そしてその蓄積が象徴的な形となって現れたのが、1989年にこの地で開催されたアメリカスペシャルティコーヒー協会(SCAA)(Specialty Coffee Association of America)の第1回年次カンファレンスである。

当時、発足からまだ日が浅かったアメリカスペシャルティコーヒー協会(SCAA)が主催したこのカンファレンスは、参加者約200名にとどまる小規模な集まりであった。しかしそこには、小規模ロースター、生豆輸入業者、機器メーカー、新興の小売業者など、後のスペシャルティコーヒー業界を担う起業家たちが集っていた。「高品質なコーヒーとは何か」「スペシャルティとは何を意味するのか」といった根本的な問いが真剣に議論されたこの場は、後に世界最大級へと成長する展示会・会議の原点となった。

アメリカスペシャルティコーヒー協会(SCAA)は1982年の構想会議を経て、1983年に法人化された団体である。その背景には、1962年をピークに米国の一人当たりコーヒー消費量が減少し続けていたという、業界全体の長期的な停滞があった。大量生産と全国流通体制の確立によって価格競争が激化し、品質よりも広告やコスト削減が優先されるようになるなかで、多くの消費者は日々のコーヒーに対する関心を徐々に失っていった。

一方で、都市や地域に根差した小規模ロースターたちは、コーヒーを単なるコモディティではなく、差別化された嗜好品として捉え続けていた。アルフレッド・ピート(Alfred Peet)やカール・ディードリッヒ(Carl Diedrich)のように、高品質なコーヒーという概念を前面に打ち出す先駆者も現れた。1974年には、エルナ・クヌッセン(Erna Knutsen)が『ティー&コーヒー・トレード・ジャーナル』(Tea & Coffee Trade Journal)誌上で「スペシャルティコーヒー」という言葉を用い、この新たな潮流に明確な名称を与えた。1970年代後半になると、こうしたロースターたちはファンシー・フード・ショー(Fancy Food Show)などで顔を合わせるようになり、共通の価値観を持っていることを意識し始める。そして1982年、ニューヨークとサンフランシスコでの集まりを経て組織化の機運が高まり、翌1983年にアメリカスペシャルティコーヒー協会(SCAA)が正式に発足した。

1989年のニューオーリンズでのカンファレンスは、アメリカスペシャルティコーヒー協会(SCAA)が単なる会員名簿上の団体から、実体を持つ業界プラットフォームへと歩み出す重要な転機となった。1990年代に入ると、会議は展示規模、教育プログラム、国際参加者の数を急速に拡大させ、やがて数千人、さらには一万人規模のイベントへと成長していく。ニューオーリンズで開かれた第1回カンファレンスは、その後の飛躍的な発展を予感させる「小さな始まり」であり、スペシャルティコーヒー産業が組織的に結束した歴史的な出発点であったと位置づけられる。

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