コーヒーの抽出理論とその変遷(3):マイケル・シベッツの内部告発

コーヒーの抽出理論とその変遷 マイケル・シベッツの内部告発

マイケル・シベッツの内部告発

マイケル・シベッツ(Michael Sivetz, 1922- 2012)は、化学工学の学士号と修士号を取得した後、コーヒー業界で働き始めた。大企業は早い段階で彼の能力を認め、フォルジャーズ(Folgers)、ゼネラルフーズ(General Foods)、R&D(現クラフトフーズ(Kraft Foods))など、当時最大手(そして現在では最古参)のコーヒー会社のコンサルタントに就任した。その仕事は、コーヒーのコモディティブーム期(1950年代から60年代)を含む、1940年代から1970年代にかけてのほぼ40年間にわたった。

シベッツは発明家であり、 流動床型熱風式ロースターや低温コーヒー抽出システムを発明・製造した。彼はまた生前、数多くの書籍や論文を出版した。代表的な著作として、1963年にコーヒーの技術に関する著作『コーヒー・プロセシング・テクノロジー』(原題:Coffee Processing Technology)、1979年にその改訂版『コーヒー・テクノロジー』(原題:Coffee Technology)、1987年にコーヒーの品質に関する『コーヒー・クオリティ』(原題:Coffee Quality)が出版された。

改訂版を含むこれらの2冊の著作は、意図的であったか否かに関わらず、多国籍コーヒー産業の非倫理的な裏側を暴露する結果をもたらした。大手企業が「最高品質」として販売しているコーヒーはすべて、実際にはひどく古く、時には鮮度のピークから数ヶ月、あるいは数年過ぎていることを明らかにした。賞味期限の短い製品は管理が難しく、コストもかかるため、シベッツがコーヒーの品質と鮮度を支持したことは、大手企業の利益至上主義に反した。

1963年、シベッツは「古臭さ(Staleness)」は化学的組成の変化によって定義されていないコーヒーの味覚用語であると記述した。彼はまた、わずか1%の吸湿で、トレイに入れたコーヒーのサンプルは1時間以内にフレーバーが変わるとも記述している。その後の現場研究を経て、1977年に「華氏マイナス10度(摂氏マイナス20度)まで冷凍することは、コーヒーの鮮度を延長する非常に効果的な方法である(Freezing to -10 degrees Farenheit or -20 degrees Celcius is a very effective way of extending the freshness of coffee)」と記述している。

当時、コーヒー抽出研究所(CBI)(Coffee Brewing Institute)/コーヒー抽出センター(CBC)(Coffee Brewing Center)も同様の研究を行っていた。1970年、コーヒー抽出センター(CBC)は、冷蔵は一定の条件を満たした場合にのみ、古臭さを遅延させ、鮮度を維持すると記述した。一定の条件とは、低温、低湿度、冷蔵庫のドアの頻繁な開閉による温度変化がないこと、およびコーヒーと一緒に保管される臭気のある汚染物質がないこと、などである。

1995年、イリー(illy)は『エスプレッソコーヒー 品質の科学』(原題:Espresso Coffee: The Science of Quality)で、ある実験条件下では、温度が10℃上昇するごとに揮発性物質の放出速度が1.5倍増加すると記述した。

2000年、シベッツは「焙煎珈琲豆の鮮度を保つ方法(Method for keeping roast coffee bean freshness)」の特許を取得した。

焙煎豆の鮮度は、焙煎したての豆を酸素濃度1.0%以下の密閉容器で保存することで保たれる。また、焙煎したコーヒーを極低温(-40℃以下)で保存することでも鮮度が保たれる。低酸素と低温保存の組み合わせは、焙煎したてのコーヒーの味と、その保存された味の長い保存期間を提供する。

Roast coffee bean freshness is maintained by storing just roasted beans in a sealed container having much less than 1.0% oxygen therein. Storage of roasted coffee at very low temperatures (less than −40 degrees F. (−40 degrees C.)) also preserves the freshness of the coffee. The combination of low oxygen and low temperature storage provides the freshly roasted coffee taste and a long shelf life for that preserved taste.

Method for keeping roast coffee bean freshness

シベッツにとっては、消費者にとって重要な製品情報をマーケティングで隠蔽することは、企業倫理に反する行為であった。

アメリカでは、大多数の焙煎業者がアラビカ種の低グレードのコーヒーから低価格の(もちろん低品質の)製品を開発し、1960年頃から(一般への教育なしに)ブランド・ブレンドに、より「不味い」ロブスタ種のコーヒーへの変更を導入してきた。同時に、これらの同じ企業は、缶入りコーヒーの等級、原産地、特にブレンドに含まれる「不味い」ロブスタ種(低価格)コーヒーの割合について表示するよう、政府機関によるいかなる措置も阻止するため、ワシントンDCのロビー活動で資金を投じて全米コーヒー協会と闘ってきた。

In the USA, the majority of roasters have developed a low priced (and of course low quality) product from the lower grades of Arabica coffees; and since about 1960, have introduced (without public education) a change in their branded blends to more “bad tasting” Robusta coffees. Simultaneously these same corporations have had their National Coffee Assoc. fight with money in Washington, DC lobbving activity to prevent any action by any government agency to cause them to label their canned coffees as to grade, as to origins and especially as to the fraction of “bad tasting” Robusta (lower priced) coffees in their blends.

Coffee Quality: Thoughts by Michael Sivetz

シベッツが経験した消費者搾取の直接的な例に、「クエンチング(Quenching)」と呼ばれる焙煎機のイノベーションがある。クエンチングとは、焙煎豆に水を噴霧して冷却する技法であり、彼はこの技術の設計を請け負っていた。しかし、これには焙煎豆の品質と鮮度の低下や、8%以上の加水によって、消費者は同じ価格でより少ない量のコーヒーしか購入できないというデメリットがあった。

1975年ごろから、G.F.と他のいくつかのロースターは、R&Gコーヒーの缶詰や袋詰めに8%以上の加水を行ってきた。この加水は、コーヒーのフレーバー - アロマをより急速に、より複雑に失わせ、加速度的に古臭い味を発生させ、その味は非常に不快なものとなる。さらに、消費者はスーパーマーケットの 「低価格」で8%の水を買っている。そのため、水は1ポンドあたり4米ドル以上で販売されている。これは、やっている側にとっては良い商習慣に見えるかもしれない。騙され、自分が何を買っているのか知らされていない買い手にとっては、不道徳な行為である。

Since about 1975, G.F. and some other roasters have been adding 8% or more water to the R&G coffee canned or bagged. This watering causes more rapid and complex loss of coffee flavor- aromatics, and causes accelerated stale taste to develop, which tastes can be very offensive. Further, the consumer is paying for 8% water in his supermarket “low price.” Thus, water is being sold at the rate of over US$4.00 per lb. This may seem like good business practice to those doing it. To the buyer who is deceived and is not informed of what he is buying it is immoral.

Coffee Quality: Thoughts by Michael Sivetz

シベッツの名前は、流動床型熱風式ロースターの開発者として触れられる以外に、コーヒーの歴史にほとんど登場することがない。それは彼がコーヒー業界の内部告発者となったからである。

シベッツは、大手コーヒー業界の内部事情に精通するにつれ、その搾取的な慣行を目の当たりにし、沈黙を守ることができなくなった。彼は、同僚に対して消費者に本来のコーヒーの品質を隠し、コーヒー農家を貧困に陥れる慣行に反対する立場を明確にしたのである。その結果、彼は大手企業にとって厄介な存在とされ、コンサルタントとしての契約は打ち切りになった。

シベッツが自費出版した『コーヒー・クオリティ』は、大手コーヒー企業の実態を暴露する内容である。この本は、消費者が欺かれ、コーヒーの消費が社会的不安や政治的混乱を助長していると訴えた。しかし、この出版が彼のコーヒー業界でのキャリアを進展させることはなかったのである。

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