蕪木 祐介『珈琲の表現』と『珈琲の旅 Ethiopia』
蕪木 祐介と森光 宗男
2016年10月1日の「コーヒーの日」、蕪木 祐介(かぶき ゆうすけ)は、珈琲とチョコレートの小さな喫茶室を始めるという告知をしました。その導入部は、エチオピアのマザーツリーに関するエピソードでした。
最も古い木が存在するのがカッファ地方のこの「マンキラの森」。「カッファ」は「コーヒー(カフェ)」の語源とも言われており、ヤギ使いのカルディによる珈琲飲料の発祥説が唱えられている土地でもある。
蕪木 祐介(2021)『珈琲の旅 Ethiopia』p.3
2016年11月8日、「蕪木」が開店しました。
最初は「蕪木珈琲」にしたかったけれども、同じようにチョコレートを作ることにも力を注いでいるし、「蕪木珈琲チョコレート」では長すぎる。珈琲とカカオに共通する「焙煎」に注目して「蕪木焙煎所」なんて名前も考えたが、珈琲豆やチョコレートの「商品」だけでなく、自分が大切にしている喫茶の「時間」も皆に大切にしてもらいたい。ああだこうだ考えているうちに、結局全てが削られて「蕪木」に落ち着いた。
蕪木 祐介(2019)『珈琲の表現』雷鳥社.p.110
蕪木が師と仰ぐ珈琲美美の森光 宗男(もりみつ むねお)から譲り受けたコーヒーの果実は、幼木に成長しました。森光は2016年12月に滞在先の韓国で倒れ、亡くなりました。存命中にエチオピアへと幾度となく産地視察に訪れた彼とバトンタッチをするように、蕪木もまた2017年12月にエチオピアへと向かいました。
「ルーツを知ることは大切なことだよ」と、福岡の名店、珈琲美美の故・森光宗男マスターから教えられた。彼からはエチオピアやイエメンの話をたくさん伺った。あくまで店主と客として、若造の私に色々と教えてくれたが、その中でもエチオピアの原木の森に入った話はとても興味深いものだった。今では世界中で珈琲が栽培されているが、その元をたどれば、エチオピアに行き着く。エチオピアで自生していた珈琲を古の人が見つけ、飲用し始めたことが、今の私たちの珈琲文化につながっている。
蕪木 祐介(2021)『珈琲の旅 Ethiopia』p.8
エチオピアへの旅
蕪木がモカの虜となったきっかけは、珈琲美美で「サンイルガチェフェ」を飲んだことでした。
2018年12月、蕪木は1年ぶりにエチオピアを訪れました。
エチオピアへの旅の記録は、『珈琲の旅 Ethiopia』として冊子にまとめられました。『珈琲の旅 Ethiopia』は、珈琲の原木の森(はじまりの森へ)からイルガチェフェとシダモ(珈琲の仕事場)、コーヒーセレモニーとニセバナナ(珈琲と暮らす)という構成になっています。
蕪木 祐介『珈琲の表現』と『珈琲の旅 Ethiopia』
2019年4月20日、『珈琲の表現』が発売されました。
2018年6月21日、蕪木は岩手県盛岡にあった「六分儀」の場所を受け継ぎ、「羅針盤」を開店しました。
六分儀とは船乗りが太陽や月を測りながら自分の位置を知る、航海するための道具のこと。その名の通り、どこに向かうかを見失いかけながらも、人生の航海の中で船を漕ぎ始めていた若い自分が、珈琲を飲みながら、生き方をぼんやり見つめていたように思う。知人から六分儀の閉店の知らせを聞いたのは二〇一七年の冬のこと。寂しさを感じるとともに、ほとんど誰にも知らせずにすっと幕を引いた潔い店の閉じ方に美しさすら感じた。その空間を使う人を探しているのを聞いて紹介いただいたのは、それから半年以上経ってからのこと。あの場所にもう一度明かりを灯すことができる喜びと、当時の逃げこんでいた自分と同じような人の助けになりたい、そんな思いから、「六分儀」は「羅針盤」と名前を変え、私が舵を取らせていただくこととなった。
蕪木 祐介(2019)『珈琲の表現』雷鳥社.p.111-112
2019年3月12日にマンション開発による建物取り壊しのため浅草鳥越の店舗を閉店し、2019年12月18日に三筋で店舗を再開しました。店舗の閉店日は、蕪木が『珈琲の表現』をほぼ書き終えた翌日でした。
二〇一九年三月、これまで東京・鳥越で営んできた店はマンションの開発により、立ち退かなくてはならなくなってしまいました。東京オリンピック前の時代の流れ、仕方がないことです。この本を書き進めながら、店の閉店の日が近づき、ほぼ書き終えた今日が閉店前日となりました。
蕪木 祐介(2019)『珈琲の表現』雷鳥社.p.155
2021年11月7日、冊子『珈琲の旅 Ethiopia』が発行されました。『珈琲の表現』を担当したカメラマンの鈴木 静華、デザイナーの芝 晶子、編集の益田 光とのエチオピアの旅の記録です。『珈琲の表現』の「三章 珈琲閑談 エチオピア紀行 原木の森を訪ねて」にも、エチオピアの旅の記録が収録されています。
ため息と調息
私自身、感情の吐き出し口がない時に、いつも珈琲と喫茶の時間に助けられていたのが、珈琲の世界に入ったきっかけです。それは今も変わらず、珈琲を通じて「調息」の時間を提案することが自分の仕事だと思っています。
蕪木 祐介(2019)『珈琲の表現』雷鳥社.p.154
蕪木:https://real-coffee.net/category/roastery-cafe/kanto/kabuki