二つのハイヤー・グラウンズ(Higher Grounds):パナマのスペシャルティコーヒーの裏話とバリスタのコメディ映画のスキャンダル

二つのハイヤー・グラウンズ

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ディー&ジー・プロダクションズ『ハイヤー・グラウンズ』

「Higher Grounds | The Movie」,D&G Productions 2020年10月13日.

パナマのディー&ジー・プロダクションズ(D&G Productions)製作による『ハイヤー・グラウンズ(Higher Grounds)』は、2020年に公開されたパナマのコーヒーに関するドキュメンタリー映画である。

このドキュメンタリーでは、パナマの生産者やコーヒー界の著名人のインタビューを通して、パナマのコーヒーがわずかな生産量にも関わらず、わずか20年ほどで品質において世界で最も高く評価されるに至った物語を語っている。ゲイシャで名を馳せたパナマは、今でこそ世界最高品質のコーヒーを生産する国として知られているが、ほんの数十年前までは、まったく無名のコーヒー生産国であった。映画の中で触れられている通り、1990年代まではパナマがコーヒーを生産していることをほとんど誰も知らず、パナマやコスタリカのコーヒーが「コナ」のラベルで販売されるという、産地偽装事件が起こっているのだ。

パナマのコーヒー産業に関わる様々な人々のインタビューで構成されているこの映画は、ドキュメンタリーというよりもインタビュー集というべきであり、ラマスタス(Lamasutus)、ピーターソン(Perterson)、ルイス(Luiz)、リカルド・コイナー(Ricardo Koyner)、グラシアーノ・クルス(Graciano Cruz)、ウィレム・ブート(Willem Boot)といった有名生産者や家族が語るパナマのコーヒーの裏話として彼らのインタビューを聞くと興味深いだろう(逆にいうと、コーヒー生産者に焦点を当てて映画が製作できる国といえば、生産者が内側の人間はもとより、外部の人間にも見渡せる程度に一部地域に集中している小国であり、さらに品質で世界を牽引するパナマくらいのものだろう)。

実際に、この映画は、外部のプロフェッショナルの映画製作者ではなく、アマチュアの仲間内で製作された映画というべきものである。エグゼクティブ・プロデューサー、ディレクター、ナレーターを担当したスチュアート・スヴェンソン(Stuart Svenson)は、パナマで最初のフード・サービス流通会社であるプロサーブ(Proserv)の経営者であり、調査、物語と脚本を担当した彼の妻のナネット・アーチャー・スヴェンソン(Nanette Archer Svenson)は、教育と開発を専門とする学者およびコンサルタントである(彼らは日本の上智大学で出会い、結婚している)。 また、ラマスタス家のウィルフォード・ラマスタス・ジュニア(Wilford Lamastus Jr)がアソシエイト・プロデューサーを担当している。演者と製作陣のこのような打ち解けた関係性から、仲間内でしか聞くことのできない興味深い裏話が引き出されているのだ。

パナマは、アメリカ合衆国以外でスペシャルティコーヒーのムーブメントに加わった最初の生産国の1つであった。また、パナマは、アメリカスペシャルティコーヒー協会(SCAA)(Specialty Coffee Association of America、現スペシャルティコーヒー協会(SCA)(Specialty Coffee Association))と最も早くに協力関係を結んだコーヒー生産国であり、アメリカ合衆国外でスペシャルティコーヒー協会を設立した最初の国でもあった。知識や情報の共有、競争を可能にしたこの基盤が、ゲイシャの再発見の活用とその価値の拡大に大きく貢献したのだ。

ゲイシャが初めて出品された2004年のベスト・オブ・パナマにおいて、ゲイシャは大勝しただけではなく、オークションにおいて1ポンドあたり21ドルという、当時においては破格を記録し、それまでのオークションの落札記録を破った。それまで1セント単位の入札であったのが、10ドルの入札が入ったことで、オークション・システムがシャット・ダウンしたそうだ(ゲイシャ部門の第1位が、1ポンドあたり1000ドルを超える価格で落札される現在から見ると、10ドルという入札価格は取るに足らない価格に見えてしまうのだが)。それ以来、良かれ悪しかれ、パナマのみならず世界中でゲイシャが栽培され、このことがスペシャルティコーヒーの品質と価格を引き上げることに貢献したことは事実だろう。

ゲイシャを再発見したダニエル・ピーターソンがゲイシャを初めてカッピングしたときの印象は、何か不具合があるのではないかと感じたそうだ。また、プライス・ピーターソンによると、良いのか悪いのかわからなかったが、とにかくなにか違ったそうだ。美味しいというよりも、変わってる、変な味がする、これは初めてゲイシャを飲んだ人の多くが抱く印象ではないだろうか?

プライス・ピーターソンによると、パナマのボケテ地区で生産されるスペシャルティコーヒーの80%がアジアに輸出されており、アジア、特に日本がゲイシャのムーブメントのリーダーである。パナマのゲイシャを世界最高の価格で販売し始めた人物としてサザコーヒーの鈴木 太郎が紹介され、インタビューに答えている。

無名の生産国から世界最高品質のコーヒー生産国として評価されるに至ったパナマにおけるスペシャルティコーヒーのムーブメントは、他のコーヒー生産国のスペシャルティコーヒー業界に模範となり、実際に影響を与えている。『ハイヤー・グラウンズ』はこの物語を捉え、パナマのスペシャルティコーヒーの過去と未来をどのように思考しているかを示している。

この映画は、天寿をまっとうしたラマスタス・ファミリー・エステーツ(Lamastus Family Estates)のサッチャー・ラマスタス(Thatcher Lamastus)と自殺したフィンカ・ラ・ミラグロッサ(Finca La Milagrosa)のヘクトル・バルガス・ゴメス(Hector Vargas Gomez)に捧げられて終わる。対照的な生涯を終えたこの2人のコーヒー生産者のように、パナマおよび世界のスペシャルティコーヒーがその潜勢力を使い果たすまで生き延びるのか、何らかのアクシデントによって途中で断ち切られるのか、今後に注目したい。

<参考>

Higher Grounds<https://highergrounds.film/>

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ランドール・ミラー『ハイヤー・グラウンズ』

スペシャルティコーヒーも、ワインのように揶揄の対象となる程度には市民権を得たというべきか。2008年に公開されたワインを題材にしたコメディ映画『ボトル・ショック(Bottle Shock)』を監督したランドール・ミラー(Randall Miller)が、バリスタを題材にしたコメディ映画『ハイヤー・グラウンズ(Higher Grounds)』を監督し、映画界に「復帰」した。

ランドール・ミラー監督作品『ハイヤー・グラウンズ』は、ランドール・ミラーと彼の妻ジョディー・サヴィン(Jody Savin)によるアンクレイムト・フレイト・プロダクションズ(UNCP)(Unclaimed Freight Productions)制作のインディペンデントのコメディ映画である。この映画は、2019年にセルビア、コロンビア、イギリスで撮影されたミラーとサヴィンによる第6作目の長編映画であり、ミラーの第8作目の長編映画である。

この映画は、ケイト・ナッシュ(Kate Nash)演ずるジョー・ハンソン(Jo Hanson)というビーガンのバリスタが、1杯のコーヒーで世界を救うという物語だ。彼女は植物由来のミルクを使って、バリスタ・コンペティションを席巻するのだ。このビーガンのバリスタというキャラクターには、ミラー自身がビーガンであることが反映されているのだろう。

この映画の情報は、長い間シークレットのままだった。2019年11月にパサデナでこの映画が上映された際、映画の題名もなく、すべての人が秘密保持契約(NDA)に署名する必要があったそうだ。それもそのはず、この映画を監督したランドール・ミラーは、映画製作中に起こった事故により有罪判決を受けていたからである。

ミラーは、2014年のグレッグ・オールマン(Gregg Allman)の伝記映画『ミッドナイト・ライダー(Midnight Rider)』の製作中に、列車事故で亡くなったサラ・ジョーンズ(Sarah Jones)の死に関連し、過失致死罪の判決を受け、懲役1年と保護観察10年の刑を執行されている(この事故をきっかけとして、「セーフティ・フォー・サラ(Safety for Sarah)」というムーブメントが起こった)。

ミラーは、2016年3月に刑務所から釈放された。彼は、判決文の「あらゆる映画製作における安全に責任を持つ監督、主任助監督、監修役を務めることを禁じられた(prohibited from serving as director, first assistant director or supervisor with responsibility for safety in any film production,)」ことにより、10年間映画を監督することは許されないはずだった。しかし、ミラーは2019年にセルビアで『ハイヤー・グラウンズ』を監督したことにより、ジョージア州当局から保護観察に違反したと警告を受けることとなった。彼の弁護士によれば、「『安全に責任を持つ(responsibility for safety)』ことがない限り、監督を務め続けることができる」との言い分である。

ジョージア州による保護観察処分の審議は、当初6月に予定されていたが、繰り返し延期された。11月30日に予定されていたが、ミラーは新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の陽性のため、もう一度延期するよう要請している。

ミラーによる新しい映画の公開に関し、サラ・ジョーンズの友人によって、「ハイヤー・グラウンズ - ア・フィルム・バイ・ランドール・ミラー(Higher Grounds - A Film by Randall Miller)」という、サラ・ジョーンズの死についてまとめたサイトが立ち上げられた。このサイトは、ハイヤー・グラウンズのポスターを模して、「ミラーがサラ・ジョーンズの死に関して責任がある(RANDALL MILLER THE MAN RESPONSIBLE FOR THE DEATH OF SARAH JONES)」と、ミラーをあからさまに非難している。このサイトを立ち上げた友人の名前は、モリー・コーヒー(Molly Coffee)というのである。

有らぬ形でコーヒーがスキャンダルに巻き込まれた(?)曰く付きの映画であるが、ワインを題材としたコメディ映画の12年後にバリスタを題材としたコメディ映画が撮られたことを、エスプレッソで乾杯したい(?)。

「Bottle Shock - Theatrical Release Trailer - 2008 Movie - USA」,CinemaOutpost 2012年9月29日.

『ボトル・ショック』は、カリフォルニア州のワインを題材としたコメディ映画だった。そういえば、パナマの『ハイヤー・グラウンズ』では、ルイス家のマリア・ルイス(Maria Ruiz)がエルナ・クヌッセン(Erna Knutsen)にアポイントを取り、カリフォルニア州に向かった話をしていたではないか。2004年のベスト・オブ・パナマは、1976年の「パリスの審判」に比すべき出来事ではないか。その意味では、パナマのゲイシャは、「コーヒー界のロマネコンティ」ではなく、「コーヒー界のカリフォルニアワイン」ではないか。

「歴史もなかった、文化もなかった、ただ...夢だけがあった(They didn't have the history, They didn't have the culture, All they had...was a dream.)」というこの映画の謳い文句は、アメリカ合衆国的なものを実に見事に表現している。ワインを真似たスペシャルティコーヒーの世界にも、歴史もなく、文化もなく、夢だけがあるのだろう、それがいつかは醒める夢だとしても。

<参考>

HIGHER GROUNDS<https://www.uncindie.com/higher-grounds-movie>

UNCindie<https://www.uncindie.com>

「Higher Grounds」,IMDb<https://www.imdb.com/title/tt11426538/>

「Higher Grounds (2020) News」,IMDb<https://www.imdb.com/title/tt11426538/news>

「Randall Miller Cites Covid Diagnosis in Move to Delay Probation Hearing」,IMDb<https://www.imdb.com/news/ni63101158>

「'Midnight Rider' Director's New Film Is Targeted as the Work of a "Murderer," Spurring Libel Threats」,Hollywood Reporter<https://www.hollywoodreporter.com/thr-esq/midnight-rider-director-has-a-new-film-being-called-a-murderer-leads-libel-threats-1297209>

「Higher Grounds, A Comedy Film About The World Barista Championship, Is Definitely Real」,SPRUDGE<https://sprudge.com/higher-grounds-a-comedy-film-about-the-world-barista-championship-is-definitely-real-153207.html>

「A “Higher Grounds” Film Update」,SPRUDGE<https://sprudge.com/a-higher-grounds-film-update-164043.html>

「The “Higher Grounds” Film Controversy Continues」,SPRUDGE<https://sprudge.com/the-higher-grounds-film-controversy-continues-164362.html>

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