ミカフェートと帰山人の珈琲遊戯:グアテマラ サン・ミゲル ブルボン

ミカフェートと帰山人の珈琲遊戯のグアテマラ サン・ミゲル ブルボンです。ミカフェート(Mi Cafeto)は、「コーヒー・ハンター」ホセ(José. )川島良彰氏によって2008年に設立されたコーヒー会社です。帰山人の珈琲遊戯は、鳥目散帰山人氏によって2017年から始まった珈琲豆の焙煎販売です。川島氏と帰山人氏の2人は、川島氏の言い方を借りれば、「コーヒーアミーゴ(コーヒー友達)」です。

グアテマラ サン・ミゲル ブルボン

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グアテマラ

グアテマラ(Guatemala)はシェラ・マドレ山脈(Sierra Madre)が縦横に走っている中米北部の国です。シェラ・マドレ山脈はメキシコの北西から南東にかけて連なる大山脈で、北はロッキー山脈に続き、南端に位置するのがグアテマラです。

グアテマラは火山国で、グアテマラコーヒーの多くは山脈の斜面で栽培されています。標高1,300m-2,000mの高い標高、降雨量の多い肥沃な火山灰土壌で、高品質なコーヒーの栽培に恵まれた環境です。気象は、太平洋側と大西洋側のそれぞれの熱帯性気候に影響されます。

グアテマラには狭い国土に8つの代表的な産地があり、山脈を挟んで気象条件が違うため、それぞれに特徴が異なります。

中央にあるのがアンティグア地区、国を囲むようにしてあるのがフライハネス地区、アカテナンゴ地区、サンマルコス地区、アティトラン地区、ウエウエチナンゴ地区、コバン地区、ヌエボ・オリエンテ地区の8つです。

これらの産地は、1960年に設立されたグアテマラ国内のコーヒー生産者を代表する組織であるアナカフェ(Asociación Nacional Guatemalteca de Café (Anacafé))によって認定されています。

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アンティグア

アンティグアのコーヒー物語、apcaantiguacoffeeより
アンティグアのコーヒー、apcaantiguacoffeeより

サン・ミゲル(San Miguel)は、グアテマラ中部アンティグア地域に位置しています。

グアテマラのコーヒー生産地域、CAFE IMPORTSより

アンティグア(Antigua)はグアテマラで最も有名なコーヒー生産地域です。アンティグア産のコーヒーは、ラ・アンティグア・グアテマラ(La Antigua Guatemala)とその周辺で生産されるコーヒーで、アナカフェによって原産地が認定されています。

ラ・アンティグア・グアテマラは市の名前であると同時に、基礎自治体の名前でもあります。単にアンティグア、またはラ・アンティグアと呼ばれることが多いです。

ここでは市を指す場合は「アンティグア市」、コーヒー生産地としてアンティグアを指す場合は「アンティグア地域」と呼ぶことにします。

アンティグア市はグアテマラにある22の県のうちサカテペケス県(Sacatepéquez)に位置しており、同県の県都です。

アンティグア市

アンティグア市は、グアテマラ中央高地のパンチョイ谷(Panchoy Valley)に位置しています。

アンティグア市は首都グァテマラ・シティからほど近くにある旧首都で、スペイン植民地時代のコロニアル様式の建築が数多く残る美しい都市です。1979年にユネスコ世界遺産に指定されました。アンティグアはコーヒーの他にも、「聖週間(スペイン語:Semana Santa)」というカトリックのお祭りで有名です。

アンティグア市は1524年7月25日に建設された都市で、1541年から1773年までグアテマラ総督府(スペイン語:Capitanía General de Guatemala)の首都でした。

建設された7月25日が聖ヤコブの記念日であったことから、1566年6月10日にスペインのフェリペ2世によって「グアテマラの騎士たちの聖ヤコブの非常に高貴で非常に忠実な市(スペイン語:Muy Noble y Muy Leal Ciudad de Santiago de los Caballeros de Guatemala、英語:Very Noble and Very Loyal City of St. James of the Knights of Guatemala)」という称号を与えられました。聖ヤコブは都市の守護聖人となっています。

1773年のサンタ・マルタ地震によって都市の大部分が破壊されたため、1776年に首都が「グアテマラ・シティ(シウダ・デ・グアテマラ (スペイン語:Ciudad de Guatemala))」に遷都されました。

グアテマラ・シティの正式名称は、「ラ・ヌエバ・グアテマラ・デ・ラ・アスンシオン(La Nueva Guatemala de la Asunción))」で、「(聖母マリア)被昇天の新しいグアテマラ」という意味です。

新しい首都となったグアテマラ・シティに対して、古い首都は「古いグアテマラ」を意味する「アンティグア・グアテマラ(Antigua Guatemala)」と呼ばれるようになりました。

1773年の地震で都市の多くの部分が破壊されましたが、スペイン植民地時代の約3世紀の間に建設された、古い教会や修道院が数多く残っています。市を見下ろす郊外には十字架の丘(スペイン語:Cerro de la Santa Cruz)があり、観光スポットになっています。

またアンティグア市は、スペインのコンキスタドールで年代記作家のベルナル・ディアス・デル・カスティリョ(Bernal Díaz del Castillo)の安息の地でもあります。彼は現在のアンティグア市のレヒドール(Regidor、参事)に任命され、そこで彼はそれまでの彼の新世界での征服活動を『メキシコ征服記(Historia verdadera de la conquista de la Nueva España)』という自伝にまとめあげました。

アンティグア地域のコーヒー

アンティグア地域は、アグア火山(Agua)、アカテナンゴ火山(Acatenango)、フエゴ火山(Fuego)の3つの火山に囲まれた盆地で、これらの火山活動による肥沃な土壌は高品質なコーヒー栽培に最適です。

代表的な自治体としては、アンティグア(Antigua)、ホコテナンゴ(Jocotenango)、シウダ・ビエハ(Ciudad Vieja)、サン・ミゲル・ドゥエニャス(San Miguel Dueñas)があり、グアテマラの有名農園がひしめいている地域です。

気候は雨季と乾季が明確で、夜には気温が下がります。気温は約19-22℃、年間降水量は約800-1,200mm、湿度は約65%です。豊かな火山性土壌、十分な日射、比較的少ない降雨量、涼しい夜がアンティグ地域の特徴です。

土壌に含まれる火山性の軽石が少ない降雨量でも十分な水分を保持し、日射と霜からコーヒーノキを守るためのシェードツリーが密集しています。シェードツリーは雨季と乾季の気候に合わせて剪定されます。

川島氏によると、このアンティグア地域には線虫が多いそうです。

ちなみに中米、ことにグアテマラのアンティグア地区は土壌に線虫が多く、ほとんどのコーヒーの木は台木(下部に用いる植物体)にカネフォラ種(ロブスタ)を使い、上部にアラビカ種を接木しています。地面に近い部分に線があるので、見れば一目で分かります。

コーヒーハンターが見た コーヒー生産国の最新事情」 2012年8月22日 株式会社Mi Cafeto 代表取締役 川島良彰氏、friend of coffeeより

アンティグア地域は安定して高品質なコーヒーを生産する地域として、歴史的に高く評価されてきました。

2000年に「アンティグアコーヒー協会( スペイン語:Asociacion De Productores De Cafe Genuino Antigua、英語:Antigua Coffee Producers Association(APCA))」が設立されました。アンティグア地域の原産地呼称を守り、偽物の流通を防ぐために、本物のアンティグア産コーヒーには「ジェニュイン・アンティグア(Genuino Antigua)」の認証がされます。

品種

主な栽培品種は、ブルボン(Bourbon)、カツーラ(Caturra)、カツアイ(Catuai)です。

アンティグアのコーヒーは、グアテマラの中でも最も高品質なコーヒーとして知られてきました。

アンティグアのコーヒーは一般的に、豊かなアロマ、上質な酸味、フルボディ、優れた甘味が特徴です(実際の味は農園、品種、精製方法などによってそれぞれ異なります)。

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サン・ミゲル

サン・ミゲル農園、San Miguel Coffeesより

グアテマラ サン・ミゲル(San Miguel)は、グアテマラ中部サカテペケス県(Sacatepequez)サン・ミゲル・ドゥエニャス(San Miguel Dueñas)に位置する農園です。グアテマラの有名産地として名高いアンティグア地域でも、最も有名なコーヒー農園の一つであるサン・セバスティアン農園(Finca San Sebastián)を運営するファジャ家の3代目の総支配人、アルトゥーロ・ファジャが、隣接する農地を買い増し作られた農園です。運営会社はAgropecuaria SALFAR S.A.です。

サン・ミゲルはアグア火山、アカテナンゴ火山、フエゴ火山の3つの火山に囲まれており、サン・ミゲルはアカテナンゴ火山の斜面に位置しています。

「サン・ミゲル」という名前は、農園のあるサン・ミゲル・ドゥエニャスという村の名前から取られています。サン・ミゲルは、1962年に創業された「エル・テンピクスケ農園(Finca El Tempixque)」と、1985年に創業した「エントレ・ボルカネス (Entre Volcanes)」から成り立っています。エル・テンピクスケのコーヒーはファジャ家によって生産されており、エントレ・ボルカネスのコーヒーは、小規模農家によって生産されています。

エル・テンピクスケ農園

https://youtu.be/7hD2RRvJBkY
サン・ミゲル農園、gaceleonより

エル・テンピクスケ農園は、1962年に創業しました。

この農地を買い取った3代目のアルトゥーロは、エル・テンピクスケ農園でコーヒーの他に、ポインセチアと蘭を栽培していました。特にエル・テンピクスケの蘭は、新しくユニークな品種を生み出し、数々の賞を受賞しました。

アルトゥーロの息子で、サン・セバスティアン農園とサン・ミゲルの現在の総支配人であるエストゥワルドが事業を引き継ぐとき、コーヒーと蘭のどちらの事業を優先すべきか選択に迫られましたが、高品質のコーヒー生産に重点を置くことになりました。

現在はエストゥワルドの息子と孫も、サン・ミゲルのコーヒー生産に参加しています。

サン・ミゲルは、ウェット・ミル、ドライ・パティオ、ドライ・ミル、倉庫、品質管理センターまでを兼ね備えた大きな農園で、栽培から輸送まで一貫した管理のもと、コーヒーが生産されています。

ヘルスケア

エル・テンピクスケ農園は、労働者の待遇と労働条件の改善に努めています。

2006年にアルトゥーロの名前を冠したヘルスクリニックが設立され、年間約4,000人が利用しています。従業員、供給業者、そしてその家族に、医療、歯科、医薬品のサービスが無料で提供されます。

エントレ・ボルカネス

エントレ・ボルカネス、Entre Volcanes Facebookより

エントレ・ボルカネスは1985年に創業しました。

エントレ・ボルカネスのコーヒーは、アンティグア地域の標高1,500m-2,000mの小規模生産者によって生産されています。主な栽培品種は、ブルボン(Bourbon)、カトゥーラ(Caturra)、カトゥアイ(Catuai)です。

アンティグアとサン・セバスティアン農園の歴史

グアテマラは歴史的にはインディゴとコチニールを生産していました。しかし、19世紀中頃のヨーロッパの化学染料の発明により産業が崩壊し、コーヒーはその代わりの換金作物として開発されました。

19世紀中頃にコバン地区(Cobán)で栽培されていたコーヒーが、アンティグア・グアテマラ・ペタパ(Antigua-Guatemala-Petapa)地域に広がりました。1860年代に入るとサカテペケス県を含む様々な地域にまでコーヒー生産は拡大しました。1862年にはすでに、17の農園があり、7万本のコーヒーノキが植えられていました。

ラ・フェリシダの苗床、Regina Wagnerr, Cristóbal von Rothkirch, Eric Stull『The History of Coffee in Guatemala』より

1874年に開発大臣(Minister of Development)のマニュエル・マリア・エレーラ(Manuel Maria Herrera)が、アンティグアに大きなコーヒーの苗床の植え付けを命じました。グアテマラの政治家であるフアン・マルティン・バルンディア・フローレス(Juan Martín Barrundia Flore)は、この仕事をラ・フェリシダ(La Felicidad)農園に託しました。

この時代、この地域では害虫や霜による被害に苦しみますが、1880年代にはこの地域にいくつかの重要な農園が現れます。サン・セバスティアン農園も、その農園の一つです。

サン・セバスティアン農園は、サカテペケス県でも最も古い歴史を持つ農園です。

サン・セバスティアン農園は、サルバドール・ファジャ・サントス(Salvador Falla Santos)氏が購入して以来、1世紀以上にわたってファジャ家に受け継がれていますが、それ以前は所有者が次々に入れ替わっています。

この地域で複数の農園を所有していたミスター・ワイルド(Mr.Wyld)が所有していた農園に、「ウリアス(Urias)」という農園がありました。1815年、彼はマニュエル・フランシスコ・ナヘラ(Manuel Francisco Najera)にこの農園を売り渡します。

1868年にナヘラはこの農園を、「ポトレロ・デ・ウリアス(Potrero de Urias)」と「ラ・エスタンシア(La Estancia)」という2つの農園に分割しました。

1874年にノルベルト・ジンザ(Norberto Zinza)がナヘラからラ・エスタンシアを購入しました。彼はラ・エスタンシアを、彼の生まれ故郷であるスペインの都市から名前を取り、「サン・セバスティアン(San Sebastián)」と新たに名付けました。コーヒーはジンザによってこの農園に初めて紹介されます。

フアン・フランシスコ・アギーレ、Regina Wagnerr, Cristóbal von Rothkirch, Eric Stull『The History of Coffee in Guatemala』より

1882年にフアン・フランシスコ・アギーレ(Juan Francisco Aguirre)がオークションでこの農園を購入しますが、その2年後には彼の兄弟であるギレルモ(Guillermo Aguirre)に売却します。ギレルモは周辺の空き地をオークションで購入し、サン・セバスティアンに編入します。

1890年にギレルモは、「サント・ドミンゴ(Santo Domingo)」を所有していたミゲル・ポルティーヤ(Miguel Portilla)にサン・セバスティアンを売却します。サント・ドミンゴはポルティーヤが1886年に所有した小さな農園でした。

サルバドール・ファジャ・サントス、Regina Wagnerr, Cristóbal von Rothkirch, Eric Stull『The History of Coffee in Guatemala』より

ポルティーヤは、サルバドール・ファジャ・サントス(Salvador Falla Santos)とアドルフ・スタル(Adolf Stahl)とともにサン・セバスティアンの共同経営者となりますが、1900年にスタルは自らの所有分をサルバドールに売却します。

*サン・セバスティアン農園のホームページ、あるいはおそらくそれを下敷きにしたミカフェートやACEの説明では、サルバドール・ファジャがスペインからグアテマラに移住し農園を「創業」したのは1890年とのことです。

サルバドールはサン・セバスティアンにイトスギの森を育て、小さな製材所を建築して1902年に運用を開始しました。

サン・セバスティアンは1927年3月30日に発生したアカテナンゴ火山の噴火による被害を受けます。政令によって土地収容の命令を受けますが、政府が代わり、土地は返還されることになりました。

サン・セバスティアンはサルバドールの所有以降、1世紀以上にわたってファジャ家に受け継がれ、最高水準のコーヒー生産の技術を継承してきました。農園の代表者は一族の話し合いで決定され、所有地は相続人の間で分割されてきました。

初代のサルバドールは1935年に亡くなり、2代目のサルバドール・ファジャ・アリス(Salvador Falla Aris)に引き継がれますが、彼は1955年に亡くなります。

初代のサルバドールの孫で3代目のアルトゥーロ・ファジャ・コフィニョ(Arturo Falla Cofiño)が1981年まで総支配人になります。彼はサン・セバスティアンに隣接する農地を買い増し、サン・ミゲル(San Miguel)と名付け、2つの農園経営が始まります。

その後4代目のマリオ・ファジャ・ゴンザレス(Mario Falla Gonzales)に引き継がれますが、彼は2003年に亡くなります。

現在は、アルトゥーロの息子でマリオの従弟、エストゥワルド・ファジャ・カスティージョ(Estuardo Falla Castillo)氏が総支配人となっています。

サン・セバスティアン農園とホセ・川島良彰

川島氏とアギレラ氏、「− アナザースカイ出演 記念特集 −コーヒーハンター José. 川島良彰「エル サルバドルは全ての扉を開いてくれた」」MI CAFETOより

川島氏がサン・セバスティアン農園を初めて訪れたのは1989年2月のこと、「エルサルバドル国立コーヒー研究所(スペイン語:Instituto Salvadoreño de Investigaciones del Cafe(ISIC))」時代の恩師、ウンベルト・アギレラ氏に案内されてのことでした。

*エルサルバドル国立コーヒー研究所で川島氏と一緒に学んでいた日本人に、「自家焙煎珈琲アステカ」の永森裕良氏がいます。

川島氏はそこで4代目の総支配人であるマリオ氏と出会います。

その当時の川島氏は、1988年に大西洋で発生したハリケーン・ギルバートで被害を受けたジャマイカのブルーマウンテンの農園の再建から、ハワイ・コナの農園開発を託されていた時期でしたが、マリオ氏に農園を案内された川島氏は、品質を最優先するこの農園のコーヒー生産に感銘を受け、コーヒーの品質について目覚めるきっかけとなりました。

サン・セバスティアン農園のコーヒーは、川島氏によって1989年に日本に初めて紹介されますが、当時はスペシャルティコーヒーという言葉も一般的ではなく、普通のグアテマラ・コーヒーとして販売されていました。

2001年に川島氏とマリオ氏は、ブルボン2000というプロジェクトを計画します。農園の標高2,000mでブルボンを栽培するというプロジェクトで、現在のブルボン2000地区に植えられていたピーチの樹を引き抜いて、コーヒーノキが植えられました。

マリオ氏は2003年4月3日、ブルボン2000地区の近くで心臓発作に倒れ急逝してしまいました。ブルボン2000地区のコーヒーノキはまだ実を付けておらず、マリオ氏がこのブルボンの日の目を見ることはありませんでした。

マリオ氏の死後、マリオ氏の従弟エストゥワルド氏が新しい総支配人となります。エストゥワルド氏はブルボン2000地区を、スペイン語でピーチを意味する「ドゥラスノ(Durazno)」から、「コンセプション・ドゥラスノ(Concepción Durazno)」と名付け、栽培は継続されることになりました。

2008年に川島氏はミカフェートを設立、同年にグラン・クリュ・カフェ(Grand Cru Café)で最初に紹介されたのが、コンセプション・ドゥラスノのブルボン・ウォッシュトです。ナチュラルは第5代目のエストゥワルド氏が2010年に初めて取り組み、2011年に日本で紹介されました。

ミカフェートのサン・セバスチャン農園のコーヒーについては、以下の記事を参照してください。

2011年にサン・セバスティアン農園を訪れた川島氏は、それまであまり日本に紹介のなかったサン・ミゲルのブルボンをテイスティングし、ミカフェートで取り扱うことになりました。

品種

品種はブルボン(Bourbon)です。

サン・ミゲルのエル・テンピクスケ農園の主な栽培品種は、ブルボン(Bourbon)とカトゥーラ(Caturra)です。

精製方法

精製方法はウォッシュト(Washed、湿式)です。

比重選別によって未成熟の豆を取り除いた後、果肉除去、12-18時間の水槽発酵させます。

サン・ミゲルは効率的に水を使用できるミルを所有しており、環境に配慮して水が使用されています。

乾燥工程はパティオで7-14日間、水分含有量10-12%まで乾燥させます。

ミカフェートでは、サン・セバスティアン農園のブルボンは、グラン・クリュ・カフェ(Grand Cru Café)、レゼルバ(RESERVA)、プルミエ・クリュ・カフェ(Premier Cru Café)の高級ラインで取り扱われています。

サン・ミゲルのブルボンは、コーヒー・ハンターズ(COFFEE HUNTERS)の普及ラインで取り扱われているコーヒーですが、一般的なスペシャルティコーヒーを上回る品質基準で作られています。

サン・セバスチャン農園のブルボンに比べると、サン・ミゲルのブルボンはチョコレートのようなボディがしっかりしたブルボンです。

ミカフェートと帰山人の珈琲遊戯のグアテマラ サン・ミゲル ブルボン

左 サン ミゲル 中央 サン ミゲル ダーク 右 ヨン ミゲル ダーク

ホセ・川島良彰と鳥目散帰山人

川島氏と鳥目散帰山人氏が最初に出会ったのがいつなのか定かではありませんが、2人がまだ10代の頃に、すでにすれ違っていたかもしれません。

この1975年頃、当時小学生だった私は、初めて‘ウマイ’と思えるコーヒーに出会った。私の父が勤務先近くの店で豆と抽出器具を買ってきて、自宅でレギュラーコーヒーを淹れたのである。‘ウマイ’、だがもっともっと‘ウマイ’コーヒーがあるのではないか?…ホセが「コーヒー乃川島」を営む実家を出て‘コーヒーハンター’への歩みを踏み出した頃に、そんなこととは露知らぬ私は、「コーヒー乃川島」のコーヒーを喫して‘珈琲狂’への歩みを踏み出していたのである。

珈琲への扉」,帰山人の珈琲漫考 2013年5月11日.

「「コーヒー乃川島」のコーヒーを喫し」た帰山人氏が、川島氏と実際に接近遭遇していたかどうかはわかりません。しかし、それぞれ違った形でコーヒーの道を歩んだ2人はのちに友人となります。

*追記:川島氏と帰山人氏が最初に出会ったのは、1992年に神戸ポートアイランドのUCC上島珈琲株式会社(本社ビル3階大会議室)で開催された「国際コーヒー文化会議」でのことのようです。

1992年5月にUCC上島珈琲の新本社ビルで開催された「国際コーヒー文化会議」に出席するためにホセは一時帰国した(私は川島良彰氏の存在を知っていたが、直接に顔を合わせたのはこの催事が初である)。

コーヒーハンター アウトポスト」,帰山人の珈琲漫考 2020年4月24日.

帰山人氏の「帰山人の珈琲遊戯」のコーヒーは中川正志氏の「フレーバーコーヒー」を通して販売されていますが、中川氏を川島氏と石光商事(株) 代表取締役社長で『コーヒー「こつ」の科学―コーヒーを正しく知るために』で知られる石脇智広氏に引き合わせたのは帰山人氏です。

川島氏と石脇氏から説教される(?)中川氏、「進化するコーヒー? 雑記篇」 帰山人の珈琲漫考より

場を「味処 幸ちゃん」へ移した催事後の懇親会に参加。「フレーバーコーヒー」中川正志氏を川島良彰・石脇智広両氏に引き合わせれば、大物対談(?)始まり、シメシメ、ニヤニヤ。

進化するコーヒー? 雑記篇」,帰山人の珈琲漫考 2014年8月22日.

この懇親会は、「珈琲工房 ひぐち」の代表である樋口精一氏が東京大学 東洋文化研究所 池本研究室の「コーヒーサロン」を招来して、2014年8月20日に催された「進化するコーヒーを語ろう」という催事後に行われました。珈琲工房 ひぐちではミカフェートの生豆も取り扱われており、サン・ミゲルのブルボンも購入することができます。





帰山人氏がサン・ミゲルのブルボンの生豆をどこで入手したのかはわかりません、ミカフェートから譲り受けたのか、珈琲工房 ひぐちから譲り受けたのか。しかし、このサン・ミゲルのブルボンの生豆は、ミカフェート取り扱いの生豆であることは確かなようです。

いずれにせよミカフェートの生豆を焼いてみたい欲は捨てられなかったようで、2020年1月15日、ミカフェート取り扱いの生豆を帰山人氏が焙煎したコーヒーが、ついに帰山人の珈琲遊戯に登場しました。

そりゃ私も焼いてみたいっすよ。でも‘グランクリュ’は生豆では出さないし、‘プルミエ クリュ’もキビしいでしょうなぁ。ワインならばまだあきらめがつくかもしれないけれど、コーヒーの場合は「焼いてみたい」欲は捨てられないよネ(笑)

珈琲への扉」コメント欄の帰山人氏のコメント,帰山人の珈琲漫考 2013年5月11日.

この「珈琲への扉」のエントリーの1週間後の2013年5月18日、帰山人氏はかつて「コーヒー乃川島」本店であった「川島珈琲店」を約四半世紀ぶりに訪れます。

同2013年5月18日、さらに車を走らせて他用の合間に、「川島珈琲店」を訪ねる。懐かしい北街道の街並み、暫く店の前に佇んで周囲を見渡す…この豆売り店が同じ場所で「コーヒー乃川島」本店であった頃、最後に寄ってから約四半世紀ぶりの訪。「タンザニア・ピーベリー」の試飲コーヒーをいただき、昔話(?)を混じえた談話を店員と交わしながら豆を選ぶ。帰宅後に早速淹れてみた「ハワイ・カウアイ」、コクのある酸味は予想以上で好いが、産地の味わいというよりも‘川島’の味わい、久しぶり。ふと、先代社長の川島康雄氏(コーヒーハンター・ホセ川島氏と現社長・啓晃氏の父/2009年7月22日没)に、「コーヒーの苑」のハイブレンドと同じ産地種別の配合で私だけのブレンドを作ってもらった昔を思い出し、独り笑う。時代の風薫るコーヒー。

薫風つれづれ」,帰山人の珈琲漫考 2013年5月18日.

ミカフェートのCOFFEE HUNTERS グアテマラ サン・ミゲル ブルボン

左 サン・ミゲル 右 サン・ミゲル ダーク

グアテマラ サン・ミゲル ブルボン ウォッシュト

オレンジやグレープフルーツのような甘酸っぱいフレーバーとブルボンに特有のナッティーなフレーバー、チョコレートのようなボディと甘味があり、余韻が長く続きます。ベースのチョコレートのようなボディが、柑橘系の酸味と甘味をうまく調和させています。

グアテマラ サン・ミゲル ダーク ブルボン ウォッシュト

深煎りになると、香ばしいアーモンドのようなフレーバーとダークチョコレートのような濃厚なコク、ほのかな甘味が印象的です。深煎りになってもなお、繊細でまろやかな口当たりです。粒揃いのいいコーヒーなので、苦味もキレイです。

帰山人の珈琲遊戯のヨン ミゲル ダーク

グアテマラ サン ミゲル ブルボン ヨン ミゲル ダーク

コーヒーハンターを名乗るホセ川島が営むミカフェートの
「Grand Cru Café」や「Premier Cru Café」でもおなじみ、
グァテマラの名園サンセバスティアン農園と同じオーナーが
経営する「サンミゲル農園」で作られたブルボン亜種の
コーヒー生豆を原料100%にしています。
ミカフェートでは通常のSM(サンミゲル)より
焙煎度合を浅くしたものをSM⁻(サンミゲル ライト)、逆に
焙煎度合を深くしたものをSM⁺(サンミゲル ダーク)として
いますが、今般の珈琲遊戯はさらに圧倒的に深煎りです。

良質の生豆を焙煎して、サンをヨンにする挑戦です…
だからダークな「ヨンミゲル」です。
ダークチョコレートやローストアーモンドのような苦甘さが
充分に形成されるところ、でも酸味も消失しきらないまま、
コク深さを重ねて感じられるところ、ここを狙いました。
グァテマラでありアンティグアである深みのある芳醇さ、
その真髄を珈琲遊戯の「ヨンミゲル」で追究しています。

フレーバー 通販ページより

【生豆と焙煎の仕立て】

グアテマラ共和国 アンティグア地区
 サンミゲル農園 SHB 
 ブルボン亜種 ウォッシュト(乾式精製) 100%

ミカフェートではCOFFEE HUNTERS(コーヒーハンターズ)の
ブランドで通途なサンミゲル農園のコーヒー生豆を入手して、
直火の手廻し釜で火力一定の「一本焼き」、焙煎時間22分45秒。
「ヨンミゲル」になったサンミゲルの深煎りを、ご笑味ください。

フレーバー 通販ページより

ミカフェートのサンミゲル ブルボンは、「コーヒー・ハンターズ」ラインで取り扱われてる「サン ミゲル」と「サン ミゲル ダーク」の2種類があります。帰山人氏は「サンミゲル」を「圧倒的に深煎り」にすることで、「ヨンミゲル」に変貌させました。

帰山人氏による商品説明、「週刊フレーバー・とにかく試飲会」flavorcoffeeフレーバー放送局 2020年1月15日.

ミカフェートの「サン ミゲル ダーク」でも感じられた香ばしいアーモンドのようなフレーバーとダークチョコレートのような深みのある濃厚なコクがあり、ミルクのような甘味とまろやかな口当たりがより強く感じられます。そこに帰山人氏の焙煎と釜由来の独特の香味が加わっています。ミカフェートの「サン ミゲル ダーク」よりもアーモンドのような香ばしさとミルクのような甘味がより強く感じられます。

<参考>

川島良彰(2013)『私はコーヒーで世界を変えることにした』,ポプラ社.

Regina Wagner, Cristóbal von Rothkirch, Eric Stull(2001)『The History of Coffee in Guatemala』,Villegas Asociados.<https://books.google.co.jp/books?id=trfs8E0EdbUC&hl=ja&source=gbs_navlinks_s>

Finca San Sebastián<http://www.sansebastian.com.gt/>

SAN MIGUEL<https://www.sanmiguelcoffees.com/>

「【コーヒー 豆/粉】サン ミゲル農園 サン ミゲル COFFEE HUNTERS」,MI CAFETO<http://shop.mi-cafeto.com/fs/micafeto/coffeehunters/san_miguel>

「【コーヒー 豆/粉】サン ミゲル農園 サン ミゲル ダーク COFFEE HUNTERS」,MI CAFETO<http://shop.mi-cafeto.com/fs/micafeto/coffeehunters/san_miguel_dark>

「Entre Volcanes El Tempixque」,APCA<http://antiguacoffee.org/index.php/asociados/entre-volcanes-el-tempixque/>

「Guatemala Genuine Antigua El Tempixque」,InterAmerican Coffee<https://www.interamericancoffee.com/guatemala-genuine-antigua-el-tempixque/>

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