工房 横井珈琲:エチオピア グジ スケ・クト農園

工房 横井珈琲 エチオピア グジ スケ・クト農園です。

工房 横井珈琲は、1996年創業の札幌市西区に本店を置くスペシャルティコーヒー専門店です。現在札幌市内に2店舗展開しています。

エチオピア グジ スケ・クト農園

スポンサーリンク

エチオピア

エチオピア(Ethiopia)は東アフリカに位置する内陸国です。北をエリトリア、東をソマリア、南をケニア、北西をスーダン、北東をジプチに囲まれています。首都はアディスアベバです。かつてエチオピアはアビシニア(Abyssinia)と呼ばれていました。

エチオピアはナイル一帯の高原地帯に位置している、面積113万平方キロメートル以上のアフリカ最大の国の一つです。エチオピアには海抜マイナス100mをきるアファール盆地(Afar Depression)があるダナキル砂漠(Danakil Desert)と、海抜約4,600mのエチオピアの最高峰、ラス・ダシャン山(Ras Dashan)までの険しい地形が広がっています。

エチオピアコーヒーの主要な産地として、コーヒーの名の由来といわれるカファ地方(Kaffa)、南部のシダマ地方(Sidama)、東部山岳地帯のハラー(Harrar)があります。

エチオピアはグレート・リフト・バレー(Great Rift Valley、大地溝帯)の入り口にあたり、北東の紅海から南西に向かって国土を半分に割るようにグレート・リフト・バレーが貫いています。グレート・リフト・バレーの西と東で、コーヒーノキのタイプに違いが見られます。グジ地方は東側の南部グループに位置付けられます。東側のコーヒーノキは人工的に栽培されたものがほとんどで、自生のコーヒーノキは見られません。西側には自生のコーヒーノキがみられます。

スポンサーリンク

オロミア州

オロミア州、Wkipediaより

エチオピア グジ スケ・クト農園は、エチオピアオロミア州(Oromia Region)グジ地方(Guji Zone)オド・シャキッソ群(Odo Shakiso Woreda)に位置するスケ・クト農園(Suke Quto Farm)で生産されたコーヒーです。

エチオピアでは1995年に憲法改正があり、「エチオピア連邦民主共和国憲法(the Constitution of the Federal Democratic Republic of Ethiopia)」が施行されました。ここからエチオピアは「諸民族」の民族自治による連邦制へと移行しました。

このエチオピア連邦民主共和国憲法のもとで、「諸民族」の民族自治の理念に合わせて、1995年にエチオピアでは行政区画の変更がありました。エチオピアの行政区画は「州(Region または Regional state)」、「地方(Zone)」、「群(Woreda)」の順に区分されることになり、さらに郡の下に行政区画の最小単位として「住民自治組織(Kebele)」が置かれることになりました。

現行憲法では原則的に一民族に一州が割り当てられていますが、オロミア州はオロモ民族(Oromo People)が多数を占める地域として編成されました。

オロミア州の州都は、エチオピアの首都でもあるアディス・アベバです。州都は2000年にアディス・アベバからアダマ(Adama)へ変更されましたが、大きな論争となり、政府は2005年に州都をアディス・アベバへ戻すことを余儀なくされました。

エチオピアのコーヒー生産は、主にエチオピア南西部と南東部のオロミア地方と南部諸民族州(SNNPR)(Southern Nations, Nationalities, and Peoples' Region)に集中しており、エチオピアコーヒーの95%がこれらの地域で生産されます。

なかでもオロミア州は、エチオピアコーヒーの約50%を生産するエチオピア最大のコーヒー生産地域です。

エチオピアのコーヒーは栽培の仕方によって、ガーデン・コーヒー(Garden Coffee)、 フォレスト・コーヒー(Forest Coffee)、セミ・フォレスト・コーヒー(Semi-Forest Coffee)、プランテーション・コーヒー(Plantation Coffee)の4つのタイプに分けることができます。

オロミア地方と南部諸民族州で生産されるコーヒーのほとんどが、小規模生産者によって栽培されるガーデン・コーヒーです。

オロミアコーヒー生産者協同組合連合

「Ethiopia - The Coffee Trail - Oromia Coffee Farmers Cooperative Union」,Pachamama Coffee Cooperative 2010年8月7日.

エチオピアでは、2008年に設立された「エチオピア商品取引所(ECX)(Ethiopia Commodity Exchange)」によって、コーヒーの取引が一元化されました。しかし、協同組合で生産されたコーヒーは、エチオピア商品取引所を経由することを逃れており、買い手と直接取引が可能です。

オロミア州には、1999年に設立された「オロミアコーヒー生産者協同組合連合(OCFCU)(Oromia Coffee Farmers Cooperative Union)」という大きな協同組合があります。この協同組合は、アディス・アベバの工業地帯に大きな精製所と品質管理センターを持っています。

スポンサーリンク

グジ地方

グジ地方、ResearchGateより

グジ地方はエチオピア南部に位置しています。

グジの名前は、オロモ民族(Oromo People)の部族の名前から取られています。行政の中心地はネゲレ・ボラン町または群(Nagele Borana Town または Separate Woreda)です。

グジ地方は2002年9月に誕生した新しい地方です。現在のグジ地方の南部に境を接するボレナ地方(Borena Zone)の高地が分割されたことで生まれた地方です。

グジ地方はコーヒー生産地として有名な南部諸民族州ゲデオ地方(Gedeo Zone)とシダマ地方(Sidama Zone)と北西で境を接しており、グジ地方はこれらの地方と近い北西部でコーヒーが生産されています。

グジ地方に住む主な民族はオロモ民族ですが、ゲデオ民族(Gedeo People)、アムハラ民族(Amhara People)、ソマリ民族(Somali People)を加えた4つの民族が、大きな民族グループです。

グジ地方のコーヒー生産はガーデン・コーヒーで、家の裏庭のような場所で小規模農家がコーヒーを栽培しています。

グジ地方は、かつてはスペシャルティコーヒーもコマーシャルコーヒーも、「シダマA(Sidama A)」に分類されていました。しかし、グジ地方で生産されるコーヒーが独特のカップ・クオリティを持つことから、独立した地域として扱われることになりました。

「The Story of Guji Coffee」,Trabocca B.V. 2019年12月11日.

トラボッカ社(Trabocca B.V.)」によって制作された、グジ地方のコーヒーの短いドキュメンタリーがあります。このドキュメンタリーでは、この地方にコーヒー生産を広めたシャキッソ農園(Shakisso Farm)のハイレ・ゲブレ(Haile Gebre)氏とスケ・クト農園(Suke Quto Farm)のテスファエ・ベケレ(Tesfaye Bekele)氏に焦点が当てられています。

かつてグジ地方の人々の関心は金と畜牛にあり、コーヒー栽培は狂気の沙汰と見なされていたようです。しかし、この地方でコーヒーを経済的で持続可能な作物とするという彼らの信念によって、徐々にコーヒー栽培が広まっていきました。火災で5000エーカーの森林を焼失した後、焼けた場所を農地として再生したという話も語られています。

グジ地方がコーヒー生産地域として有名になったのは、主に彼らの功績によるものです。

オド・シャキッソ群

オド・シャキッソ群(Odo Shakiso Woreda)には、レガ・デンビ(Lega Dembi)とケンチャ(Kenticha)という、エチオピアの2つの主要な鉱山があります。

オド・シャキッソ群では、近年コーヒーが重要な換金作物となりましたが、金鉱業は依然として重要な産業です。

エチオピアのコーヒー生産地域(Area)はエチオピア商品取引所によって分類されており、これは国家による地理的区分と必ずしも一致しません。

エチオピア商品取引所コーヒー契約(ECX Coffee Contracts)」では、オド・シャキッソ群はグジ地域に分類されるため、この群で生産されたコーヒーは「グジ」ブランドとして販売されます。

スケ・クト農園

スケ・クト農園

スケ・クト農園(Suke Quto Farm)は、エチオピアグジ地方(Guji Zone)オド・シャキッソ群(Odo Shakiso Woreda)に位置しています。標高1,800m-2,200m、農園面積221ヘクタールです。

火山性の肥沃な土壌で、落葉落枝などの有機物のリサイクルによって土壌を維持しています。スケ・クト農園のコーヒーは、オーガニックおよびレインフォレストアライアンス認証を取得しています。

農園主はアト・テスファエ・ベケレ(Ato Tesfaye Bekele)氏です。

テスファエ・ベケレ

テスファエ・ベケレ氏は、グジ地方のスペシャルティコーヒーの第一人者です。

グジ地方は、金鉱業と畜産業が盛んな地域でした。テスファエ氏はコーヒー生産者一家の出身のため、子供の頃からコーヒーの仕事を始めました。しかし、彼は重労働のためにコーヒーに興味を示さず、学業と他の仕事に携わりました。数年後に実家に戻った時、彼は再びコーヒーに夢中になりました。

テスファイエ氏は1997年に、エチオピア政府の天然資源および環境保護省(Ministry of Natural Resource Development and Environmental Protection)で、天然資源と環境保護の仕事に携わりました。彼は、当時は一つの行政区であったグジ地方とボレナ地方(Borena Zone)の責任者でした。

1997年から1999年にかけて、グジ地方は大規模な山火事に襲われ、5000エーカーの森林を消失しました。テスファイエ氏は、グジ地方の再建と保護のための新しい方法を見つける大きな責任を担いました。

火事の後、地元の人々はテフやトウモロコシの生産で生計を立て直そうとしました。テスファイエ氏は彼らの試みを止めることはできないと考え、1998年に森林を再植栽し、生物多様性を豊かにするために、間作としてコーヒーノキを植えるという代替案を提示しました。地元のコミュニティは彼の提案に同意し、コーヒーの苗を求めました。

テスファイエ氏は1999年、地元コミュニティにコーヒーの苗を配布しました。しかし、収穫までに4、5年かかることがわかると、彼らはテスファエ氏にコーヒーの苗を返却しました。失望したテスファエ氏は、2000年に自ら土地を借り、政府のお金でコーヒーの苗床作りを始めました。グジ地方の森林を保護するためには、彼のアイディアが最良であることを証明するためでした。

テスファイエ氏は初め、管理者を任命してコーヒーの苗床を管理させていましたが、何年もの間、目に見える成果が出ない仕事のため、熱心に仕事に取り組む人を見つけることができませんでした。そこで彼は仕事を辞め、自らコーヒー農家となりました。そして最初の収穫の後、彼のアイディアを拒否していた地元コミュニティも、彼の下に戻り、コーヒーの苗の提供を求めるようになりました。

20005年に、テスファエ氏はオロミア州知事を務めたシャキソ農園(Shakisso Farm)のハイレ・ゲブレ(Haile Gebre)氏の、最大のアウト・グロワー(外部生産者)となりました。

First, he fled his birth ground, Yirgacheffe. He then left University twice, joined the Navy, worked for the government,...

Traboccaさんの投稿 2020年8月24日月曜日

2009年に、テスファエ氏はタデ・ジージー(Tade GG)という自らの輸出業者を始めました。

スケ・クト・スクール・プロジェクト

「Campos Coffee - Ethiopian Suke Quto School Project」,Campos Coffee 2016年10月26日.

2015年に、テスファエ氏は、スケ・クト・スクール・プロジェクト(Suke Quto School Project)を始めました。

「Why Tesfaye Bekele, from Suke Quto Farm, initiated the Suke Quto school project」,Trabocca B.V. 2018年12月24日.

スケ・クト農園では、クムレ(Kumure)とスケ(Suke)の村の住民が多く働いています。

彼らの生活は、その多くがコーヒー生産に依存しているため、優れたコーヒー生産の未来は彼らの手にかかっています。しかし、急速な人口増加により、農家の収入は減少しました。この低収入と学校までの遠い距離が、多くの子供たちが学校へと通うことを困難にしました。

この地域では独自に学校が設立されましたが、すぐに資金が底をついたため、衛生状態が悪化しました。子供たちは劣悪な環境の中で勉強することを強いられたことが、スケ・クト・スクール・プロジェクトの出発点となりました。

Tesfaye explains why he initiated the Suke Quto school project in cooperation with us. #makecoffeebetter #coffeecommunity #changemakers

Traboccaさんの投稿 2018年8月9日木曜日

ザ・クムレ・スクール

ザ・クムレ・スクール(The Kumure School )は、2004年頃に設立されました。

この学校の最初の教室は、クムレの地元コミュニティによって建設されました。この地域は、近隣の他の地域に比べて人口密度が高いため、学校には1000人を超える生徒が集まりました。

1つの教室では不十分になったため、すぐに2つ目の教室を建設しましたが、それらはこの地域のほとんどの建造物と同様に、木と泥によって作られた伝統的な建物でした。

土の床に座り、机もない教室を見て、テスファエ氏は1つの教室の床をセメントで固め、300台の机を寄付しました。しかし、これでは教育を必要とするクムレの1200人以上の子供には不十分でした。

テスファエ氏とトラボッカ社は、2015年に新しく学校を建設するプロジェクを立ち上げました。彼らは、4つの教室と1つのトイレを備えた新しい学校を建設するために資金を調達しました。

正常不安、建設の遅れ、請負業者の逮捕など、数多くの問題を乗り越え、校舎は2018年に完成しました。そして、校舎は2018年10月に地元コミュニティに引き渡されました。

さらに、世界中のコーヒー焙煎業者から集められた資金で、ブリキ製の壁と門の建設が建設されました。これは盗難防止に役立ちました。

ザ・スケ・スクール

2018年にザ・クムレ・スクールの建設プロジェクトが完了した後、スケ・クト・スクール・プロジェクトの第2弾として、スケの村に学校を建設するプロジェクトが始まりました。

ザ・スケ・スクール(The Suke Scool)は、2003年に設立されました。設立当初は、茅葺き屋根と土壁の教室で、200人の生徒をたった1人の教師が教育していました。

土と泥を用いた伝統的な建築方法で建設された建物は、頑丈な作りですが、内部が暗くなり土埃が舞うため、子供たちが教室に止まることを困難にします。テスファエ氏は、床をセメントで固め、衛生上の問題に対処しました。しかし、生徒数に対して教室数が足りていないために、新しい教室を建設が進行しています。これは2020年末までに完了する予定です。

学校では、8年生まで教育を受けることができますが、それ以上勉強を続けたい生徒には、多くの課題が残されています。最寄りの高校が遠く離れた場所にあるため、彼らはそこまで何マイルも歩く必要があります。

スケ・クト・ブロックチェーン・プロジェクト

「Fairfood Trace - uncover the human fingerprints on your products」,Fairfood 2020年5月12日.

アムステルダムに拠点を置くトラボッカ社とフェアフード(Fairfood)は、「トレース(Trace)」という新たなプラットフォームを通じて、コーヒーのサプライ・チェーンの透明性を確保し、フェア・トレードを促進する試みに着手しました。

取り組みの初めとして、エチオピアのグジ地方の小規模農家、精製所、協同組合、輸出業者が参加します。

トラボッカ社とフェアフードは、最初の試みとして、エチオピアの約278人の小規模農家の栽培したコーヒー・チェリーの取引を追跡しました。取引相手の先導者は、テスファエ氏のスケ・クト・ウォッシング・ステーション(Suke Quto Washing Station)です。

トラボッカ社の最初の目標は、データを活用し、サプライ・チェーンにある各農家が確実に収入を受け取ることができるようにすることでした。しかし、データに非常に大きなばらつきがあったため、彼らは必ずしも十分な収入を受け取ることができませんでした。とはいえ、この透明性のあるプラットフォームは、フェア・トレードに関心のある買い手と売り手の両方に利益をもたらす、とトラボッカ社は考えています。

スケ・クト・ウォッシング・ステーション

品種はクルメ(Kurume)とウェリショ(Welicho)です。精製方法はウォッシュト(Washed、湿式)です。

テスファエ氏は、スケ・クト・ウォッシング・ステーション(Suke Quto Washing Station)という精製所を所有しています。

スケ・クト・ウォッシング・ステーションで精製されるウォッシュト精製のコーヒーは、ムシレージ・リムーバーのないパルパーによって果肉除去されます。その後、天候によりますが、約35-48時間発酵槽で発酵させます。

工房 横井珈琲 エチオピア グジ スケ・クト農園

エチオピア グジ スケ・クト農園
エチオピア グジ スケ・クト農園

テスファエ・ベケレさんはコーヒー生産者の家に生まれ、幼いころからコーヒーの仕事をしてきました。

学業を終えたテスファエさんは、エチオピア政府の天然資源・環境保護のプロジェクトの地域担当者として、1997年から1999年まで続いた大規模な山火事の被害を受けたグジ地域にやってきました。

当時、現地の人々はグジに戻り、焼けた土地をテフやトウモロコシを作るための農地に作り換えていました。テスファエさんはこのエリアの担当者として、植樹で森を再生し、多様性のためにコーヒーノキも一緒に植えることを提案しました。

地元コミュニティは一度はこの案を受け入れ、テスファエさんは彼らにコーヒーの苗を分配しましたが、
コーヒーの収穫までには4~5年を要することを知ると、彼らはテスファエさんに苗を返し、去っていってしまいました。

政府からのわずかな資金と少しの土地を手に入れたテスファエさんは、自分のアイディアには根拠があるのだと証明するために、その土地でコーヒーを育て始めました。
当初は畑の監督者を雇っていましたが、収穫のない年が続いたことで、やる気を持って仕事に取り組んでくれる人がいなくなり、テスファエさんは政府の仕事を辞め、自らコーヒー農家になりました。

テスファエさんが初めての収穫を上げると、コーヒー栽培のアイディアを拒否したコミュニティの人々は
テスファエさんのところに戻ってきて、苗を分けてくれないかと頼んだそうです。

「私は自分のアイディアをとても誇りに思っています。なぜなら、現在グジ地域に見られるすべての農場は、スケ・クト農園からインスパイアされたものだからです。」
とテスファエさんは話します。テスファエさんは、グジの革新の原動力です。

工房 横井珈琲 ホームページより

オレンジやグレープフルーツのような若々しく弾けるようなフレーバーと酸味、ハチミツのような甘味が印象的です。イルガチェフェやグジのウォッシュトに特徴的な華やかなフレーバーを持つコーヒーです。

<参考>

「About Suke Quto Farm」,Trabocca<https://www.trabocca.com/our-coffees/ethiopia/guji/suke-quto-farm/>

Twitterでフォローしよう

おすすめの記事