小松左京と帰山人の珈琲遊戯:『復活の日』
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小松左京『復活の日』

MM-八八はコーヒーとともにあり、グレゴール・カールスキイ教授はコーヒーとともにあった。

「あまりのぞかないでくれ」カールスキイ教授は、その青白い、額の秀でた顔に、神経質そうな、痙攣するような笑いをうかべていった。「さめちまうよ。—この寒さに、あついコーヒーなしで六十キロもドライヴができると思うかい?」

小松左京(1975)『復活の日』,角川文庫.p.33

MM-八七から作り出された変異種、MM-八八が、カールスキイ教授からスパイに手渡されたとき、MM-八八の隠された小型魔法壜に入っている「黒い液体」が床の上にあけられた。

教授は壜をかたむけて、中の黒い液体をカップにそそぐ—とりあげてグイとのんでみる。かすかな、痙攣的な笑いが、片頬にうかぶ。眼の細い男は、難詰するような視線をあげて、教授を見た。—カールスキイは、ひややかな嘲りをこめて、その視線をはねかえすと、いきなり床の上に中の液体をザッとあけてしまった。

小松左京(1975)『復活の日』,角川文庫.p.35-36

MM-八八を載せ、アルプス山中に墜落した小型偵察機が発見されたころ、左手首動脈を切って自殺したカールスキイ教授が発見された。

「すこし気をしずめてください、教授……」眼のつり上がった男はいった。「そのままブライトンのお宅までおおくりします。—明朝、多少起きるのがつらいでしょうが、こいブラックコーヒーをおのみになれば、なおるでしょう。約束の方はそのまま実行させていただきます」

小松左京(1975)『復活の日』,角川文庫.p.40

コーヒーは人と世界を目覚めさせる。しかし、カールスキイ教授が死ぬ間際に「こいブラックコーヒー」を飲んだかはわからない。

壜から出てきて人間につかみかかった魔神(ジン)は、MM-八八だったのか、それともコーヒーだったのか?

 F—中佐は、ふと子供の時よんだ千夜一夜物語(アラビアン・ナイト)の魔神(ジン)の話を思い出した。—浜辺にころがっているちっぽけな壜の蓋をとると、中から雲をつくような巨大で猛悪な魔神(ジン)が出てきて、自分を壜から出してくれた人間につかみかかるという話だ。—

小松左京(1975)『復活の日』,角川文庫.p.154

小松左京は「世界の終わり」という終末論に、飲むべき飲料によって逆に世界が飲み込まれるというイメージを持っていたのではないか?

飲料が世界を飲み込むというイメージは、1964年の11月、『復活の日』と同じ年に書き下ろされた『故障』という作品に現れている。これは壊れた自動販売機から溢れ出てたオレンジジュースに世界が沈むというストーリーで、後に「小松左京アニメ劇場」でアニメ化されている。

「故障」「小松左京アニメ劇場」,K K 2018年2月18日.

小松左京が『復活の日』を書き下ろしたのは1964年(昭和39年)8月、1964年東京オリンピックが開催され、鳥目散 帰山人氏が生まれた年だった。

その56年後の2020年東京オリンピックの年、WHOが新型コロナウイルス感染症のパンデミックを宣言した。

世界保健機関(WHO)は2020年1月9日の声明で、《中国湖北省武漢市で多発している原因不明の肺炎の病原体について》、《人によっては重い症状を引き起こす可能性があるものの、容易に感染しない》(『読売新聞』2020.01.10)としていた。それから約2ヵ月後の3月11日に、WHOは新型コロナウイルス感染症がパンデミック(世界的大流行)と表明した。‘No one will be left behind’(誰ひとり取り残さない)などと理念を掲げたSDGs(持続可能な開発目標)を嘲笑(あざわら)うかのように、新型コロナウイルスは誰ひとり取り残さない勢いで感染を世界へ拡げている。

ワールドゲーム」,帰山人の珈琲漫考 2020年4月6日.

WHOがパンデミックを宣言したのは、2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震のちょうど9年後の2020年3月11日であった。

2011年3月11日を境に「世界は変わった」などと巷間でいわれている。例えば、小説『日本沈没』(小松左京:著/光文社:刊/1973年)が現実に生じたかのよう、それに匹敵する衝撃を(少なくとも)日本の社会に与えた、といいたいのであろうか?

まちづくらない」,帰山人の珈琲漫考 2012年9月16日.

2011年3月11日に『日本沈没』が現実に生じたかのように、2020年東京オリンピックの年に『復活の日』が現実に生じた、といえるだろうか?

「だがが゙イ゙ン゙ブル゙エ゙ン゙ザ゙の゙だめ゙に゙が?」と大統領は吐きすてるようにいった。

小松左京(1975)『復活の日』,角川文庫.p.183

ま゙ざが、゙イ゙ン゙ブル゙エ゙ン゙ザ゙な゙ん゙がで゙!

小松左京(1975)『復活の日』,角川文庫.p.218

「たかが」から「まさか」への転換は、現実に起こった。しかし、それはインフルエンザではなくコロナウイルスによってであった。コーヒーは、この「まさか」のためにあったといえるだろうか?

「コーヒーがまだのこってたろう。なんだったら、いれとけよ」

「本気ですか?」と大男はききかえした。

「ああ—ま゙ざがの時にな……」そういって男はニヤリと笑った。

小松左京(1975)『復活の日』,角川文庫.p.42

中国湖北省武漢市から世界中に広がった新型コロナウイルスは、WHOの当初の予測よりもはるかに重大な事態をひきおこすこととなった。

「中国本土だけが、まだ、正確な情報がはいっていません」それからボブ・マカリスターは、共産主義者(コミー)ぎらいの感情を、ほんのちょっぴりこめてつけくわえる。「いつものことですがね……」

「中国は伝染病に関するかぎり、尊敬すべき国だ」アルベール・デュボア博士は、若い職員をたしなめる。

小松左京(1975)『復活の日』,角川文庫.p.115

事態を軽く考えようとする正常性バイアスが、事態をより悪化させる。

 ジョ゙ッ゙グを゙考゙慮゙じで……さよう、あまりにも大規模な危険にさらされた時、専門家は、かえって事態の暴露をためらうものである。専門家のみが洞察し得る事態の重大さが、も゙じ、一般に知れわたり、そのために、社会の中におそろしいパニックをひきおこすことになったら……。

小松左京(1975)『復活の日』,角川文庫.p.114

—それでも都会生活の陽気なおしゃべりは、そこここに見られないことはなかった。しかし、そのおしゃべりには、どこかうつろなところがあり、溜息の一つ、クシャミの一つが、たちまちそれを不安にみちたひそひそ話にかえるのだった。灰色の不安は徐々に人々の心の底に、ひろがりつつあるとはいえ、まだ事態を軽く見ようとする傾向は人々の中に強くのこっていた。

小松左京(1975)『復活の日』,角川文庫.p.218

ウイルスは、グローバル化した世界の人の流れに乗って世界を駆け巡った。

航空網は、どの国の首都をも二十四時間以内の航程におき、物資は巨大な奔流となって、西から東へ、北から南へ、またその逆へと日々動きまわっている。

小松左京(1975)『復活の日』,角川文庫.p.76-77

ウイルスは「「世界」と「人類」の表象」を知らない。

いまの状況は、いかに私たちの現実が必然的に追い込まれ、人間の帝国が必衰の事態にあるかを示している。ウイルスは、人間の築いた文明を切り崩している。そして、例外なく文明は滅びて、文化だの芸術だの共存だの協働だの倫理だのをも含めた人間の恣意を、自然は厳然と打ち砕く。それは、宇宙の真理だ。

スゴモリイロドリ」,帰山人の珈琲漫考 2020年5月1日.

 —あと十゙万゙年゙も生きのびれば、人間もようやく「文化」の名に値いするものをもちうるだろう。十万年—それ以下ではとてもだめだ。

 だが、若いだけに無限の可能性があった。蜂の「文化」は、すでに完成されていて身動きもできない。人間はそのあらあらしい未完によって、よりかがやかしい未来を約束されていたろうに—、もし生゙ぎの゙び゙ざえ゙ずれ゙ば゙……。

小松左京(1975)『復活の日』,角川文庫.p.291

世界が変わっても人間は変わらない、それが文化を成り立たせる条件である。しかし、「変異することに躊躇(ためら)いがない」ウイルスは、この「人間的な、あまりに人間的な」ものを切り崩す。

新型コロナウイルスによる災禍で、徹底した行動変容とか新しい生活様式とか人類は唱えているが、それは難しい。原爆が爆発しても、原発が爆発しても、地震や津波や火災や洪水や旱魃(かんばつ)が続発しても、人間は変容しないのだから。ウイルスは変異することに躊躇(ためら)いがない、つまりウイルスはストレスフリーである。この点、人間は変異する気がないままにストレスフリーを求める、これは無理筋。そもそも、巷の人間が言うストレスとは実はフラストレーション(欲求不満)であり、人類はウイルスへの耐性よりもフラストレーション・トレランス(欲求不満耐性)が衰退したのである。

人類は衰退しました」,帰山人の珈琲漫考 2020年5月15日.

 ウイルス!—この世の中の最小の生命体。物質と生命との境界領域にひろがる、極微の謎。—

小松左京(1975)『復活の日』,角川文庫.p.124

「物質と生命との境界領域にひろがる」ウイルスは、共生思想のような「人類や環境との融け合い」が困難であることを教える。

人類や環境との融け合い、心の触れ合いが垣間見られるようなコーヒーの飲み方を、新しい文化として打ち出していかなければならない。そのためには、まちの広場に匹敵するコーヒー・サロンを公共施設につくることである。

小松左京「日本の喫茶店文化の変遷」UCCコーヒー博物館・編(1994)「コーヒーという文化―国際コーヒー文化会議からの報告」,柴田書店.p.17

◎小松左京「日本の喫茶店文化の変遷」

 ⇒役所・郵便局・公園など公共的施設に喫茶店を作る提言は興味深い。

1992年の遺産」,帰山人の珈琲漫考 2011年5月11日.

この「国際コーヒー文化会議」が開催された1992年、新東京国際空港(現・成田国際空港)第2旅客ターミナルのフードコートに、スターバックス日本1号店がオープンした。

1996年8月2日、「スターバックスコーヒー」(Starbucks Coffee)の日本1号店(銀座松屋通り店)が開業した。もっとも、スターバックスコーヒーは1992年12月には成田空港のフードコートに文字通り‘airside’(傲慢な雰囲気)でアメリカ合衆国から進出、その約9ヵ月後に撤退していた。では、なぜ1996年に再上陸できたのかといえば、提携先のサザビーに過去の失敗を隠したまま合弁事業の交渉を進めたからである。

夢もチボーもない」,帰山人の珈琲漫考 2020年5月21日.

小松左京の「公共的施設に喫茶店を作る」という興味深い提言(予言)は、「スターバックス リージョナル ランドマーク ストア」という形で現実のものとなった。

グローバル資本が公共を侵食するという形で現実のものとなったものは、文化なのか経済なのか?

 文化?—それらしいものがうまれてからたった一万年かそこらしかたっていないのに……世代にしてせいぜい四百世代しかたっていないのに、文化だと?つい四、五千年ほど前、人類の大部分、九〇パーセントかそこらは、飢えと疫病(えやみ)と敵と自然の災害の恐怖にさいなまれ、ボロを着、シラミをわかし、掘立て小屋の土間に寝、隙あらば殺してぬすみ、栄養失調と、寄生虫に慢性的にとりつかれ、明日食物をとって生きなければならぬ恐れの中に、獣のように生きていたのではないのか?

小松左京(1975)『復活の日』,角川文庫.p.290

「国際コーヒー文化会議」が開催された1992年には、臼井隆一郎『コーヒーが廻り世界史が廻る 近代市民社会の黒い血液』が刊行された。

商品フェティシズムと、自然と人間の搾取とは、同じメダルの両面である。コーヒーという商品は地球の一枚のメダルにして、華麗なフェティシズムと陰惨な搾取とを繰り広げた近代の典型的な商品であった。

臼井隆一郎(1992)『コーヒーが廻り世界史が廻る 近代市民社会の黒い血液』,中公新書.p.228

物神崇拝は「人間的な、あまりに人間的な」ものである。コーヒーの物神崇拝的性格は、貨幣と並べられるものである。それゆえ、コーヒーは「全き人間のみの飲料」である。マルクスが現代に生きていたら、おそらくコーヒーの研究をしただろう。

コーヒーは人間だけしか味わえない全き人間のみの飲料である。

珈琲たようせい 前篇」,帰山人の珈琲漫考 2020年4月8日.

「コーヒーは人間だけしか味わえない全き人間のみの飲料」なのか?いや、それはあまりに人間的な見方に偏りすぎるのではないか?

 いや、それはあまりに人間的な見方に偏りすぎる。人間はいつも、人間自身のことを過大評価しがちなのだ。人間はすばらしい—さよう、すばらしいと考えることができるのは人間だけだからだ。愛、理想、創造、美、苦しめる魂、争い、神と悪魔、快楽、文明……。宇宙もまた、人間のだめ゙に゙あるかのように—落日を、山嶺の雪を、木々の若葉の緑を、花、春、風、星と月、天空の神秘……。苦悩?—たしかに、苦悩は超越的なものになりうるかもしれない。だが、その超越自体が、人間的なものをまぬがれ得ないのではないか?

小松左京(1975)『復活の日』,角川文庫.p.282-283

コーヒーを飲むのは人間だけではない。しかし、コーヒーが飲めないことに苦悩するのは人間だけかもしれない。コーヒーを飲むことを知らなかった人間と、一度コーヒーの味を覚えてしまったがしかし、コーヒーを飲むことができなくなってしまった人間の区別は、人間によってのみなされるからだ。それは「ブラック・コーヒー」と「ミルクなしコーヒー」の差異のようなものだ。

さて、レプリカント(模造記憶を与えられた人造人間)は「ブラック・コーヒー」と「ミルクなしコーヒー」と「クリームなしコーヒー」の差異を銘記できるのだろうか? さらに、この《事実のレベルでは、コーヒーはコーヒーのままである》コーヒーが「カフェイン抜きのコーヒー」にすり替えられたとすれば、レプリカントはこの差異を銘記できるのだろうか? いや、石上三登志が《僕らの“生”は、どう考えてもSF的な時代にあるがゆえに、むしろレプリカントたちのそれに等しい》と述べたように、人間とレプリカントの差異が見出せない世界では、「ブラック・コーヒー」と「ミルクなしコーヒー」と「カフェイン抜きのコーヒー」の差異を見出そうとする主体自体が《まったく潜在的=仮想的であり、「深層の」心理的現実などではない》。

コーヒー・レプリカント」,帰山人の珈琲漫考 2020年7月1日.

「人間とレプリカントの差異が見出せない世界」では、人間とオラウータンの差異を見出せるだろうか?

オラウータンも人間と同様に、あるいは人間よりもはるかに素゙直゙に゙コーヒーを味わうのであれば、コーヒーは人類よりも長く生き残るかもしれない。

人間だけが嗜好を云々するのは、決してほかの動物よりも鋭敏な舌を持っ

 ているからというわけではない。実際はその逆である。人間は味覚が鈍感で

 あるがゆえに、頭の働きによって嗜好を作ってしまうことができるのである。

 だから、まず頭で思い込んだことが、嗜好として定着してしまうのだ。というこ

 とは、実に怖ろしいことではあるが、嗜好を、マスコミ等の力を利用して操作

 することも可能なのである。

泉谷希光の文章「お茶目な失態」,帰山人の珈琲漫考 2012年11月3日.

コーヒーは世界を飲み込んだ。しかし、やがて地球温暖化と気候変動によってこの黒い大洪水が神話になるとき、コーヒーは「乾天の慈雨」になることだろう。そのとき、コーヒーは「嗜好品」ではなくなるかもしれない。

「いや—私はコーヒーをもらおう」

 黒っぽい垢のついた、安物の湯呑みに、赤いポットからコーヒーをついでのむ。—生ぬるく、うす甘く、泥水みたいだ。それでも熱っぽくひびわれた唇には、 乾天の慈雨だ。

小松左京(1975)『復活の日』,角川文庫.p.236
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帰山人の珈琲遊戯の「復活の日」

左 復活の日、中央 アメリカン・フィーリング 右 インドネシア スマトラ島 マンデリン ビンタン リマ
復活の日

「復活の日」

「週刊フレーバー・蒸らしの時間を短縮する 讃」,flavorcoffeeフレーバー放送局 2020年6月10日.

1964年、私(鳥目散帰山人)が生まれたこの年に、小松左京のSF小説『復活の日』が発刊されました。その本の献辞は、「疾病と闘うすべての人々に」です。憚りながら珈琲遊戯のブレンド珈琲「復活の日」も「疾病と闘うすべての人々に」捧げたいと存じます。

1980年、映画『復活の日』(Virus)が公開されました。主題歌は「ユー・アー・ラブ」(Toujours gai mon cher)、ジャニス・イアンが自ら作詞して歌っています。歌詞の「Toujours gai, mon cher」(トゥージュール ゲ モン シェール)は、「わが愛しい人よ、お元気で」という意味です。珈琲のBGMとして聴いてください。

1995年頃、今から四半世紀ほど前に私(帰山人)が飲んでいたコーヒーに、砧の「タカノ」(高野徳太郎)のスペシャルブレンドや、それに倣った藤枝の「苑」(中山孝)のハイブレンドを、さらに私が倣ったものがあります。マンデリンとコロンビアとグァテマラとモカの4種配合で、これを私(帰山人)独自に手網焙煎で深煎りにして‘遊(ゆう)ブレンド’と名付けて飲んでいました。1995年1月の阪神淡路大震災を回顧した「帰山人の珈琲漫考」にも記してあります。「地界の殺戮」で検索して読んでみてください。

2011年、阪神淡路大震災でも被災した小松左京は、この年の3月に発した東日本大震災にも心痛しながら、同年の7月に肺炎で亡くなりました。同年の12月、『復活の日』に登場するアメリカの無線局のコールサイン「WA5PS」が記念として「小松左京アマチュア無線局」へ実際に付与されました。

2020年、四半世紀前に手網で焙煎していた傑作(という自画自賛:笑)ブレンドを、今般に珈琲遊戯で復活させたもの、それがブレンド珈琲「復活の日」です。

──珈琲は人類を救えるか? 映画『復活の日』で、緒形拳が演ずる土屋教授は「どんなことにだって終わりはある。どんな終わり方をするかだ」と言い、草刈正雄演ずる吉住(よしずみ)周三は「Life is wonderful」(ライフ イズ ワンダフル)と言いました。珈琲遊戯は、皆さまに「Toujours gai, mon cher」と言っておきます。「疾病と闘うすべての人々に」捧げつつ、皆さまも「復活の日」をお楽しみください。

フレーバー通販ページより

帰山人の珈琲遊戯の「復活の日」は、兵庫県南部地震が発生した1995年当時に、帰山人氏が飲んでいたコーヒーを「復活」させたものです。

‘その時’1995年1月17日5時46分52秒に発生した兵庫県南部地震は、阪神・淡路大震災を引き起こした。この当時に、私が自宅で飲んでいたコーヒーは、(欠かさず毎朝にネルドリップするマンデリンを別とすると)‘遊ブレンド’と名付けたものが最も多かった。スマトラ・マンデリンとコロンビアとグァテマラとモカ・マタリを3.5対2.5対2.5対1.5に配合したもので、これは砧の「タカノ」(高野徳太郎)のスペシャルブレンドや、それに倣った藤枝の「」(中山孝)のハイブレンドを、さらに倣い、但し混合(プレミックス)焙煎で独自に深煎りしたものである。この1995年当時の抽出方法は、(毎朝のネルドリップを別とすると)松屋式によるペーパードリップが最も多かった。1992年1月30日に、西尾の「フレーバーコーヒー」(中川正志)を初めて訪ねた際に、(Dブレンド‘静かな夜’と共に)松屋式の金枠を購入して以来、約3年の間、その松屋式の技法を独自に追究していた。しかし、震災が発したその日に、私が飲んだコーヒーは、朝のマンデリン1杯だけだった。

地界の殺戮」,帰山人の珈琲漫考 2015年1月17日.

しかし、震災が発したその日に、帰山人氏が飲んだコーヒーは、朝のマンデリン1杯だけでした。

小松左京は兵庫県南部地震が引き起こした阪神・淡路大震災に被災し、彼が常連だった「カーサ・ラ・パボーニ」という喫茶店もまたこの震災に被災し失われました。

ウィ・ウィル・ミート・アゲインとユー・アー・ラブ

「「またお会いします」、エリザベス英女王が約束」,BBC News Japan 2020年4月5日.

エリザベス女王は2020年4月5日、イギリス国民に向かって、ヴェラ・リン(Vera Lynn)の歌詞を引き「またお会いします(We will meet again)」と述べました。しかし、ヴェラ・リンは2020年6月18日に103歳で亡くなりました。

ヴェラ・リンの「ウィ・ウィル・ミート・アゲイン(We will meet again)」は、スタンリー・キューブリック(Stanley Kubrick)監督作品『博士の異常な愛情 または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか(Dr. Strangelove or: How I Learned to Stop Worrying and Love the Bomb)』のエンディングで使用されました。

『博士の異常な愛情』は、『復活の日』が刊行された、そして帰山人氏が生まれた1964年に公開されました。

「Virus 1980 Opening & Ending」,botticelli375jp 2011年4月28日.

人類が愛することを止めた(Stop Loving)とき、核爆弾が爆発しました(Love the Bomb)。そのため、私たちは「ユー・アー・ラブ(You Are Love)」という必要があるかもしれません。

ジャニス・イアン(Janis Ian)の「ユー・アー・ラブ(Toujours gai mon cher)」は、1980年に公開されたSF映画『復活の日』の主題歌です。

最後の挨拶には、「またお会いします(We will meet again)」ではなく、「わが愛しい人よ、お元気で(Toujours gai, mon cher)」がふさわしいでしょう。

【生豆と焙煎の仕立て】

インドネシア共和国 スマトラ島 リントンニフタ&パランギナン地区
 ビンタンリマ ギリンバサ(スマトラ式精製)  35%

コロンビア共和国 ウィラ地区
 クラシックウィラ ウォッシュト(湿式精製)  25%

グアテマラ共和国 アンティグア地区
 アゾテア農園 SHB ウォッシュト(湿式精製)  25%

イエメン共和国 バニーイスマイリ地区
 アラビアンセレクション ナチュラル(乾式精製)  15%

マンデリン(ビンタンリマ)とモカ(アラビアンセレクション)を
時間差投入の「一本焼き」で1釜、19分50秒(-2分40秒)。
コロンビア(クラシックウィラ)とグァテマラ(アゾテア)を
時間差投入の「一本焼き」で1釜、19分15秒(-2分00秒)。
この2釜を焙煎後に混合して、3.5:1.5:2.5:2.5の配合に
しています。深煎りです。その原型を飲んでいたのは、
平成時代ですが、そもそもその配合が生まれたのは昭和
時代。つまり「昭和の味」(?)がする深煎りです。
力強い苦甘さと芳醇さを素直に感じられる深煎りです。
四半世紀前の傑作ブレンドの「復活の日」、ご笑味ください。

フレーバー通販ページより

マンデリンの力強さとモカの爽やかな味わいが並び立っている、まろかな口当たりのコーヒーです。昭和の喫茶店で出てくるコーヒーというより、やはり帰山人の珈琲遊戯のコーヒーです。

小松左京式コーヒー

小松左京はホットコーヒーに2つ3つの氷を入れて、冷ましてから飲んでいたそうです。

淹れたての「復活の日」に氷を入れると、すぐに溶けてしまいます。ぬるいアメリカン・コーヒーのようなコーヒーですが、時間とともに冷めたコーヒーとは違った味わいです。

帰山人の珈琲遊戯の「復活の日」に浮かんだ氷は、MM-八八と核兵器で熱死する世界に浮かぶ南極大陸を思い起こさせます。

 だが、だれ一人、南極が突如として、おわされた、偶然の不幸な役割りを予想したものはなかった、

ー人゙類゙が゙生゙ぎ残゙る゙だめ゙に゙……

小松左京(1975)『復活の日』,角川文庫.p.339

〈珈琲は人類を救えるか──〉

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