コーヒーの精製方法 ウォッシュト(湿式)、ナチュラル(乾式)、セミ・ウォッシュト/パルプト・ナチュラル/ハニー/スマトラ式(半水洗式)、ファーメンテーション(発酵)
コーヒーチェリーの生体構造
コーヒーチェリーは、果実の中でも核果(Drupe)に分類されます。果皮と殻に覆われた種子の部分が、飲用に利用されます。
コーヒーチェリーの果実はいくつもの層に覆われています。外側から、外皮(Skin)=外果皮(Exocarp, Epicarp)、果肉(Pulp)、ムシラージ(粘質物)(Mucilage)=中果皮(Mesocarp)、パーチメント(内果皮、殻)(Parchment, Hull)=内果皮(Endocarp)、シルバースキン(銀皮、チャフ)(Silverskin, Chaff)=種皮(Spermoderm)、種子(生豆)(Bean)=胚乳(Endosperm)、胚(Embryo)で構成されています。
パーチメント(内果皮、殻)までが精製で除去され、シルバースキン(銀皮、チャフ)は焙煎によって剥がれます。
コーヒーチェリーの生体構造は、専門用語(Technical term)と植物学の用語(Botanical term)で説明できますが、コーヒー業界では専門用語が使用されます。
コーヒーの精製方法
コーヒーの精製(Processing)とは、コーヒーチェリーから種子を取り出す方法です。
ウォッシュト精製(Washed Process)では、コーヒーチェリーの収穫(手摘み、機械)→チェリーの選別(比重選別、スクリーン選別)→パルピング(果肉除去)→水洗→水槽発酵(8〜36時間)→水洗→乾燥(天日、機械)→脱穀→選別→グレーディング(等級付け)→梱包→保管→輸送が一般的な工程です。この工程から、パルピング(果肉除去)→水洗→水槽発酵→水洗を省略するとナチュラル精製(Natural Process)、水槽発酵→水洗を省略するとセミ・ウォッシュト精製(Semi-Washed Process)、水槽発酵→水洗を省略し、乾燥を2度(あるいは複数回)に分けるとスマトラ式精製(Wet Hulling, Giling Basah)、パルピング(果肉除去)前にタンクに密閉して発酵させると発酵精製(Fermentation Process)になります。
これらの工程のうち、チェリーの選別(比重選別、スクリーン選別)→パルピング(果肉除去)→水洗→水槽発酵→水洗→乾燥までが「ウェット・ミル(Wet Mill)」、脱穀→選別→グレーディング(等級付け)→梱包→保管までが「ドライ・ミル(Dry Mill)」と呼ばれ、それぞれ別の精製所で行われます。
細かな工程は農園や精製所によって様々に異なりますが、これらの工程に様々な工夫を加えることでコーヒーの味に変化が生まれます。精製工程では、パルプや廃水など、様々な副産物が生じます。それらをどのように処理、または利用するかも課題となります。
精製を含めたコーヒーに関する「産業上の用語」は、ISO 3509:2005 Coffee and coffee products — Vocabularyで定義されています。ウォッシュト精製とセミ・ウォッシュト精製は「湿式(Wet processed (coffee))」に、ナチュラル精製は「乾式(Dry processed (coffee))」に分類されます。しかし、ISO 3509は、用語の一般的な使用方法を規定するものではありません。
コーヒー品質協会(CQI)(Coffee Quality Institute)が、"Lessons in Coffee Processing - Coffee Fruit Anatomy"、"Lessons in Coffee Processing - Pulp or Mucilage?"、"Lessons in Coffee Processing - Processing Methods Comparison"というレクチャーを公開しています。Coffee Fruit Anatomyは、日本語の文章も公開されています。
Education Resources - CQI:https://www.coffeeinstitute.org/education/education-resources
ウォッシュト精製(Washed Process)
ウォッシュト精製(Washed Process)は、1845年にジャマイカで発明された精製方法です。収穫したコーヒーチェリーをパルピング(果肉除去)し、水槽で発酵させて水洗しムシラージ(粘質物)を除去、乾燥させ、最後に脱穀します。果肉をあらかじめ除去することで果肉が腐ることを防ぎ、短い日数で精製工程が終わるなどの利点があります。しかし、設備投資が必要で、精製の工程で廃水が生じるため、廃水処理も必要となります。日本語では、「湿式」あるいは「水洗式」と表記されます。
ウォッシュト精製では、クリーンカップに仕上がります。その分個性に乏しいため、カップの差別化を図ることは難しい精製方法です。
ウォッシュト精製(Washed Process):https://real-coffee.net/category/processing/washed
ナチュラル精製(Natural Process)
ナチュラル精製(Natural Process)は、伝統的なコーヒーの精製方法です。コーヒーチェリーを天日乾燥させ、果皮全体が干涸びて一体となったハスク(殻)(Husk, Hull)を脱穀し、種子(生豆)を取り出します。日本語では、「乾式」あるいは「非水洗式」と表記されます。「非水洗式」という表記は、ナチュラルが「アンウォッシュト(Unwashed)」と呼ばれていた時代の名残りです。
ナチュラル精製では、フレーバーがより強く表現され、果実感の強い味に仕上がります。ナチュラル精製では、コーヒーの味にほぼ確実に発酵臭が残るため、ウォッシュト精製に比べるとクリーンカップに劣り、独特の発酵臭に不快さや嫌悪感を抱く人もいます。コーヒーの生産者には、コーヒーチェリーの腐敗臭のような臭いを苦手としている人も多いようです。
ナチュラル精製(Natural Process):https://real-coffee.net/category/processing/natural
セミ・ウォッシュト精製(Semi-Washed Process)/パルプト・ナチュラル精製(Pulped Natural Process)/ハニー精製(Honey Process)
セミ・ウォッシュト精製(Semi-Washed Process)は、コーヒーチェリーの外皮と果肉だけでなく、パルパーやムシラージ・リムーバーを使ってムシラージ(粘質物)も除去し、水槽発酵の工程を経ずに乾燥、脱穀する精製方法です。これはフリー・ウォッシュト精製(Fully-Washed Process)に対置して使用される用法です。ウォッシュト精製が2度の水洗工程を経るのに対し、セミ・ウォッシュト精製は1度だけであるため、日本語では、「半水洗式」と表記されます。
他方で、コーヒーチェリーの外皮と果肉を剥がし、ムシラージを残した状態で乾燥させる精製方法を示す場合もあります。セミ・ウォッシュト精製という説明があったとき、実際にどのような精製工程であるかは、詳しい記述がない限りよくわかりません。
ブラジルではナチュラル精製が一般的なため、パルプト・ナチュラル精製(Pulped Natural Process)と呼ばれます。コスタリカでは、ハニー精製(Honey Process)と呼ばれ、2000年代のマイクロミル革命とともに独自の進化を遂げました。ハニー精製は節水ができ、廃水の流出量を減少させることができるため、環境保護に力を入れているコスタリカのような国で発展したのも頷けます。
ハニープロセスを始めたとされるコスタリカのコーヒー輸出業者デリカフェに聞いたところによると、導入のきっかけはイタリアの焙煎業者イリーから2000年ごろに依頼を受けたことだそうです。
依頼の内容は「果肉除去後、ミューシレージを付けたままパーチメントコーヒーを乾燥させる方式で生豆を生産する」というもので、製法の詳細についてもイリーから指示がありました。
(中略)ハニープロセスという名称もイリーが使い始めたものではありません。デリカフェによると、イリーはこの製法のことを「セミウォッシュト(semi-washed)」と表現していたそうです。ではハニープロセスという表現はどこから来たのでしょうか。やはりデリカフェによると、同社の精製施設を訪問した日本の商社の担当者がこの製法で作られたパーチメントコーヒーを見て「ハニーコーヒー」と呼び、それが現在の名称の起源になったそうです。
伊藤 亮太(2016)『常識が変わる スペシャルティコーヒー入門(青春新書プレイブックス)』,青春出版社.
コスタリカのハニー精製は、ムシラージの量と乾燥時間によって、「ホワイト・ハニー(White Honey)」、「イエロー・ハニー(Yellow Honey)」、「レッド・ハニー(Red Honey)」、「ブラック・ハニー(Black Honey)」と呼称がより細かくなります。ホワイト・ハニーが、最もムシラージの量が少なく、乾燥時間が短い精製方法で、ブラック・ハニーが最もムシラージの量が多く、乾燥時間が長い精製方法です。実際にどの程度ムシラージを残し、乾燥時間をかけるのかは、農園や精製所の情報開示や商社やロースターの説明がない限りよく分かりません。
コスタリカのハニー精製は、コスタリカのコーヒー生産者であるファン・ラモン・アルバラード(Juan Ramon Alvarado)のハニー精製のコーヒーが、2012年のコスタリカ カップ・オブ・エクセレンス(CoE)(Cup of Excellence)で93.47点を獲得し優勝、過去最高額で落札されたことから一躍有名になりました。このロットを落札した企業は、日本の丸山珈琲、工房 横井珈琲、株式会社ボンタイン珈琲、台湾の欧舎咖啡(ORSIR COFFEE)です。
セミ・ウォッシュト精製(Semi-Washed Process)は、ムシラージの量でフレーバーを調整できる利点があります。コスタリカのハニー精製は、その名の通りハチミツのような甘さやシロップのような口当たりが特徴です。
セミ・ウォッシュト精製(Semi-Washed Process)/パルプト・ナチュラル精製(Pulped Natural Process)/ハニー精製(Honey Process):https://real-coffee.net/category/processing/semi-washed
スマトラ式精製(Wet Hulling, Giling Basah)
スマトラ式精製(Wet Hulling, Giling Basah)は、インドネシアのスマトラ島で用いられる独特の精製方法です。他の精製方法との大きな違いは、乾燥工程を2度(あるいは複数回)に分け、含水量が極端に高い状態で脱穀することにあります。
コーヒーを栽培する小規模農家が、ルワク(Luwak)と呼ばれる機械でコーヒーチェリーの外果皮を除去し、果肉の一部とムシラージ(粘質物)を残した状態で途中まで乾かしたアサラン(Asalan)を、取引業者が集荷して、まとめて脱穀と仕上げの乾燥を行います。スマトラ式精製も半水洗式の一種です。スマトラ式精製は、英語では「ウェット・ハル(Wet Hulling)」、インドネシア語では「ギリン・バサ(Giling Basah)」と呼ばれます。
スマトラ式精製では、アーシー(大地のような)と形容される独特のフレーバーが生じます。土、スギやヒノキ、青草、芝、ハーブ、カビなどと形容される独特の個性を持つフレーバーは、好き嫌いを分けます。スマトラ式で精製されるマンデリン(Mandheling)は、かつては高級豆の代名詞でしたが、スペシャルティコーヒー業界やその愛好家で、マンデリンのアーシーフレーバーを好む人は少ない印象があります。
スマトラ式精製(Wet Hulling, Giling Basah):https://real-coffee.net/category/processing/wet-hulling
ワイニー精製(Winey Process)
ワイニー精製(Winey Process)は、ナチュラル精製の乾燥工程で、あえてコーヒーチェリーを発酵させることで、ワインに似た風味を付けることを狙った精製方法です。失敗するとコーヒーチェリーが腐敗してしまう難しい精製方法ですが、上手に精製されたワイニー精製のコーヒーは、実際にワインのようなフレーバーが綺麗に香ります。
ワイニー精製(Winey Process):https://real-coffee.net/category/processing/winey
発酵精製(Fermentation Process)
発酵精製(Fermentation Process)は、コーヒーの精製工程の中でも、発酵(Fermentation)に焦点を当てた新しい精製方法です。タンクに密閉して無酸素状態を作り出し発酵を促す嫌気性発酵(アネロビック(アナエロビック)ファーメンテーション(Anaerobic Fermentation))やボジョレーワインで用いられる方法を転用したカーボニック・マセレーション(Carbonic Maceration)、酵母(Yeast)や乳酸(Lactic)を添加して発酵させる方法など、様々な方法が試みられています。
新しい精製方法のためか、品質が安定せず、キワモノも多いのが難点です。味や品質だけでなく、精製方法自体についても、評価が割れます。しかし、非常に上手に精製されると、クリーンでエレガントな味わい、独特のフレーバーが生まれます。
発酵精製(Fermentation Process):https://real-coffee.net/category/processing/fermentation
樹上完熟(Dry On Tree)
樹上完熟(Dry On Tree)は、コーヒーチェリーを樹上で完全に乾燥させる精製方法です。トミオ・フクダのバウ農園(Fazenda Bau)のドライ・オン・ツリーが有名です。樹上完熟はコーヒーノキに負担がかかるため、バウ農園では、3年サイクルで区画を替えながら生産しています。
樹上完熟(Dry On Tree):https://real-coffee.net/category/processing/dry-on-tree
動物体内精製(Animal Process)
動物体内精製(Animal Process)は、コーヒーチェリーを食べた動物の体内を通過させる精製方法です。消化されずにそのまま糞と一緒に排出されたコーヒー豆を水洗し、天日で乾燥します。動物の消化過程で、消化酵素や腸内細菌がコーヒー豆に作用し、独特の複雑なフレーバーが生じるとされています。
動物体内精製のコーヒーは、代表的なものに、ジャコウネコの糞から作られるコピ・ルアク(Kopi Luwak)、猿の糞から作られるモンキー・コーヒー(Monkey Coffee)、タイの象の糞から作られるブラック・アイボリー(Black Ivory)、ジャクーの糞から作られるジャクー・バード・コーヒー(Jacu Bird Coffee)などがあります。
動物体内精製のコーヒーは、その物珍しさも相まって、最高級豆の代名詞として語られることが多いコーヒーでした。一般的には、未だに最高級豆として語られることが多いですが、現在のスペシャルティコーヒーには、さらに高級(高額)なコーヒーが存在しています。
動物体内精製(Animal Process):https://real-coffee.net/category/processing/animal
モンスーニング(Monsooning)
モンスーニング(Monsooning)は、ナチュラル精製のアラビカ種やロブスタ種の生豆を、モンスーンの時期に約3〜4ヶ月間湿度の高い状況に晒す精製方法です。インド南部のマラバール海岸(Malabar Coast)のモンスーン(季節風)に晒されることから、「モンスーン・マラバール(Monsoon Malabar)」(または、「モンスーンド・マラバール(Monsooned Malabar)」)と呼ばれています。
モンスーン・マラバールは、カルナータカ州(Karnataka State)、ケララ州(Kerala State)のマラバール海岸とタミル・ナードゥ州(Tamil Nadu State)のニルギリ山地(Nilgiri Mountains)に特有のもので、インドの地理的表示で保護されています
モンスーニング(Monsooning):https://real-coffee.net/category/processing/monsooning