カフェインの歴史:カフェインからエナジードリンクあるいはデカフェへ
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カフェインの歴史

カフェイン(Caffeine)

カフェイン(Caffeine)はコーヒーに含まれる最も有名な成分です。別名は1,3,7-トリメチルキサンチン、化学式はC8H10N4O2です。

「カフェイン」という言葉はドイツ語のコーヒーにあたるカッフェ(Kaffe)を語源とする。コーヒーの苦味を構成する成分ですが、カフェイン抜き(デカフェ)のコーヒーでも通常のコーヒーと変わらないほどの苦味があります。カフェインは中枢神経を興奮させ、脳や体を活性化する作用があります。摂取しすぎると、不眠、興奮、不安、体がだるくなるなどの症状が現れることがあります。

健康に影響のない1日あたりのカフェイン摂取量は、健康な成人で400mg、妊婦で300mg、子供で2.5mg/体重とされています(カナダ保健省調べ)。カフェイン耐性は人によって異なるので、あくまで目安です。使用するコーヒーのグラム数、抽出量にもよりますが、健康な成人で1日4杯程度であれば健康に影響のない量です。

カフェインの含有量はコーヒーの種類によって異なります。アラビカ種のカフェイン含有量は0.9%-1.4%、ロブスタ種は1.5%-2.6%で、ロブスタ種はアラビカ種の約2倍のカフェインが含まれています。

ブルボン・ポワントゥは、通常のアラビカ種の約60%の含有量です。ほとんどカフェインの含まれない品種にマスカロコフェア(マスカロコフィア)があります。マダガスカル島を中心とするマスカリン諸島に自生する絶滅危惧種で、川島 良彰氏が発見し、彼が「コーヒーハンター」と呼ばれるきっかけとなった品種でもあります。味が悪く、商業栽培には成功していません。

浅煎りよりも深煎りのほうがカフェイン含有量が少ないという説明がありますが、実際は浅煎りも深煎りもカフェイン含有量はほぼ変わりません。そのため、カフェインの多寡を気にして焙煎度を選ぶのは間違いです。

インスタントコーヒーは通常のコーヒーよりもグラム数あたりのカフェイン含有量が高いです。カフェイン含有量の多いロブスタ種を使ったインスタントコーヒーでは、さらに多くなります。しかし、インスタントコーヒでは使うグラム数が通常のコーヒーと比べて少ないため、抽出されたコーヒーではカフェイン含有量はほぼ変わらないです。

ゲーテとカフェインの発見

フリードリープ・フェルディナント・ルンゲ 出典:Wikipedia

カフェインは1819年にハンブルクの化学者フリードリープ・フェルディナント・ルンゲ(Friedlieb Ferdinand Runge)によって初めて単離されました。この発見を促したのは詩人、小説家、自然科学者、また政治家でもあったヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ(Johann Wolfgang von Goethe)です。ゲーテが猫の瞳孔を拡大させるベラドンナの作用を見せてくれるようルンゲに頼んだことが、カフェイン発見のきっかけとなりました。ベラドンナ(bella donna)はイタリア語で「美しい女性」を意味し、古くには女性が瞳孔を拡大させ、女性をより美しく見せる目的で使用されていました(今で言う所のカラコンの役割)。また、ベラドンナは神話的な植物であり、マンドラゴラと並んで古くから「悪魔の草」と呼ばれていました。

ゲーテは若い頃、錬金術の研究を行っており、そのことが彼の自然観を形成することになりました。この自然観がゲーテのファウストと色彩論とカフェインにつながるということができます。ゲーテの『色彩論(Zur Farbenlehre)』がニュートンの『光学(Opticks)』に対する反論として書かれたということは有名です。ニュートンは理性(科学)の時代の先駆者であり、ゲーテは錬金術の時代の最後の生き残りということができます。(ケインズによれば逆に、ニュートンは「最後の魔術師」あったわけですが)。

ゲーテは美食家であり、ワインやコーヒー、ホットチョコレートなどを愛飲していました。イタリア滞在中はヴェネチアのカフェ・フローリアン(Caffè Florian、1720年創業)や、ローマのカフェ・グレコ(Antico Caffè Greco、1760年創業)を訪れていたと言われています。これらのカフェは最も古いカフェとして知られており、現在も営業されています。

コーヒー愛飲者であったゲーテは、コーヒー豆の化学構造を分析するようルンゲに依頼し、これがカフェインの発見につながりました。

しかし、カフェインの作用はこの発見よりもはるか以前から知られており、紀元前2700年頃には中国で茶が発見されたとの伝説があり、紀元前500年頃にはその作用が記されていました。1827年、M.ウードリー(M.Oudry)がこの茶から「テイン(théine)」を分離し、1838年にヨハンネス・ムルデル(Gerardus Johannes Mulder)によって証明されます(ムルデルはプロテインという言葉を最初に用いた人として有知られています)。しかし、カール・ジョブスト(Carl Jobst)がカフェインとテインが同じものであることを確認します。

1895年に、エミール・フィッシャー(Hermann Emil Fischer)がカフェインの合成に成功します。彼は1902年にノーベル化学賞を受賞しますが、受賞理由にはこの成果が含まれています。

カフェインと資本主義

カフェインは脳や体を活性化する作用があり、弱いドラッグといえます。実際、カフェインは競技能力を高める作用があるため、1972年から2004年までオリンピックで禁止薬物に指定されていました。2004年以降は禁止薬物を外れ、監視プログラムに移行しています。

カフェインのこの作用は資本主義の成長に不可欠な成分で、イギリス産業革命では農村から出てきた労働者に紅茶と砂糖をとらせ、機械労働に無理やり体を適応させ働かせました。

1962年になると、合成カフェインを利用したエナジードリンクが発明されます。最初のエナジードリンクは大正製薬のリポビタンD(Lipvitan-D)で、栄養ドリンクとして発売されました。2人の筋骨隆々な男たちが崖をよじ登り、リポビタンDを掴んで「ファイト!一発!」と叫ぶ、あの暑苦しいCMで有名です(ケイン・コスギを一躍有名にしました)。

リポビタンDはビタミンとエネルギーを高めるタウリンやナイアシン、そして無水カフェインが含まれています。

カフェインにはカフェイン水和物と無水カフェインの2種類があります。コーヒーや紅茶などから抽出されたカフェインや、合成カフェインは水分子(H2O)を含んでいるためカフェイン水和物と呼ばれます。これを乾燥し、水分子を除去したものが無水カフェインです。無水カフェインは主に薬や鎮痛剤に含まれています。

脳や体を活性化するカフェインの作用に特化したエナジードリンクが、高度経済成長期の日本で最初に登場したのも不思議ではありません。

リポビタンDは、1970年代の日本の高度経済成長期のモーレツ社員たちを支えました。狂ったように働いた高度経済成長期およびバブル期のモーレツ社員たちに向けて次々に栄養ドリンクが発売されました。「24時間戦えますか。」で有名な三共製薬の「リゲイン」、タモリのCMで有名な佐藤製薬の「ユンケル」、中外製薬の「グロンサン」、タケダの「アリナミン」など。このような日本初の資本主義の潤滑油としてのエナジードリンクが世界にも広まっていきました。

最初のエナジードリンクとして一般的に知られているのは、ディートリヒ・マテシッツ(Dietrich Mateschitz)氏が生み出したレッドブル(Red Bull)です。レッドブルはもともとタイのTCファーマシューティカル社の「クラティン・デーン(Krating Daeng、赤い水牛という意味)」が元になっています。TCファーマシューティカル・インダストリー社はタイの栄養ドリンク市場を席巻していたリポビタンDを超える製品を開発しようとしましたが、リポビタンDを超えられる商品を生み出すにはいたりませんでした。

1984年にディートリヒ・マテシッツが国際的な販売権を取得し、クラティン・デーンに改良を加え、販売したのがレッドブルです。(レッドブルという名前はクラティン・デーンの英訳です。)

それは1987年にオーストラリア市場で初めて販売され、1997年にアメリカに紹介されます。

2002年にはハンセン・ナチュラル(Hansen's Natural)によって、モンスター・エナジー(Monster Energy)が、2004年には5-アワー・エナジー(5-hour ENERGY)が開発され、エナジードリンク市場が活況を呈します。

2005年から2006年には、エナジードリンクの売り上げが爆発的に増加し、アメリカではエナジードリンクが市場に紹介されてから61%の成長がありました。

2005年にシカゴのフュージョン・プロジェクト社(Phusion Projects)がフォー・ロコ(Four Loko)を発売し、アルコールを含むエナジードリンクが市場に登場しました。しかし、2010年にこのドリンクから急性アルコール中毒が発生し、カフェイン、タウリン、ガラナがアルコールによる酔いを助長することが問題視されることとなりました。そして、フォー・ロコはカフェイン、タウリン、ガラナが抜かれた飲料として再発売されることになりました。

2012年11月に、5-アワー・エナジーによる死者が過去4年で13人に及ぶことが報告されました。2013年2月ワシントン州は、18歳未満の人にエナジードリンクを禁止する法律を制定しました。

それ以後も、エナジードリンクによる死亡例は後を絶ちません(エナジードリンクとの関連がよくわからない事例も多く存在します)。すると、当然のことながらエナジードリンクに代表されるカフェインに対するネガティブ・キャンペーンが生まれ、それに対して、エナジードリンク業界は宣伝を利用したポジティブなイメージを打ち出すことでこれを打ち消そうとし(「翼を授ける」など)、それによって再びネガティブな風潮生まれるということがが繰り返されているのが現在です。最近ではエナジードリンクの「高カフェイン」に対して、その反動として欧米を中心とした「反カフェイン」もまた存在します。

アンチコーヒー

コーヒーの健康に対する有害性は、ほとんどがカフェインと結び付けられて考えられてきました。健康に害のあると考えられるものには反対運動がつきものですが、カフェインも時に反対運動を起こしました。

「反コーヒー運動」で最も有名な人物は、シリアルの発明者で調理食品のパイオニアとして有名なC. W.ポスト(Charles William "C. W." Post)です。

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C. W. Post 出典:Wikipedia

C. W.ポストはイリノイ工科大学(イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校)を中退後、農業機具のセールスマンとして働いている間に、いくつかの農業機具を発明し、発明家となりました。

しかし、この仕事に伴う過労とストレスのために精神のバランスを壊した彼は、治療法の模索のためにヨーロッパを回った後、ジョン・ハーヴェイ・ケロッグ(John Harvey Kellogg)の運営するミシガンのバトルクリーク・サナトリウム(Battle Creek Sanitarium)で治療を受けました。この診療所は健康食や健康器具の代替療法で大成功を納めたサナトリウムで、今では奇妙奇天烈としか言いようのない健康器具の数々を発明しています(ケロッグ博士の功罪はのちにブラック・コメディとして映画になりました『ケロッグ博士(The Road to Wellville,1994)』)。禁欲主義者であったケロッグ博士は、コーヒーをはじめ、スパイスなどのあらゆる刺激物は悪であると信じていました。

紅茶とコーヒーは、このようにして何千もの人々を破滅に導いた。キャンディー、スパイス、シナモン、クローブ、ペパーミント、そしてすべての強力なエッセンスが、性器を強力に興奮させ、同じ結果をもたらす。(Tea and coffee have led thousands to perdition in this way. Candies, spices, cinnamon, cloves, peppermint, and all strong essences, powerfully excite the genital organs and lead to the same result.)

ケロッグ博士

ケロッグ博士はシリアル食の生みの親で、また彼の診療所ではコーヒーの代替物としてカラメルコーヒーが飲まれていました。ポストはここから食事療法製品の会社を設立することを思いついたと言われています。

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John Harvey Kellogg 出典:Wikipedia

1895年に、ポストはポスタム・シリアル(Postum Cereal Co.)を設立、フルーティーなアロマからその名がつけられたグレープナッツシリアルと、コーヒーの代替飲料としてカフェインフリーの焙煎穀物飲料であるポスタム(Postum)を売り出しました。

ポスタムの1910年の広告 出典:Wikipedia

この広告では、カフェインが悪魔の効果をもたらすこと、ポスタムが子供でも安全であることが強調されています。そして、最後に付け加えられた「それには理由がある(There's a reason)」という謎めいた謳い文句で人を惹きつけ、C.W.ポストはポスタムを大量に売ることに成功しました。この広告は仮想敵(この場合はコーヒー)に対する攻撃と人々の恐怖と不安を煽ることで成功した確信犯的な広告であり、常套手段となったセールス手法の先駆的なモデルの一つとなりました。

また、ポスタムはミスター・コーヒー・ナーブス(Mister Coffee Nerves)というコミックによって、コーヒーがいかに健康に悪影響(たとえは、過敏性、睡眠不足、運動能力の欠如)があるかをしきりに宣伝していました。

健康な生活を送っていたはずのC.W.ポストは、進行する虫垂炎を苦に自殺、そして、彼の娘であるマージョリー・メリウェザー・ポスト(Marjorie Merriweather Post)が引き継ぎ、社名をゼネラルフーヅ(General Foods)に変更しました(ちなみにゼネラルフーヅ社はこれまでとはうって変わってコーヒー事業に乗り出します)。

ポスタムは2007年に製造中止されましたが、最も成功した反コーヒー運動となり、今にいたる「カフェイン=悪」、「健康な生活のためにはカフェイン抜き」という考えを形作ったと言えます。

デカフェ

「週刊フレーバー・帰山人氏、デカフェを語る」,flavorcoffeeフレーバー放送局 2020年2月26日.

ポスタムのようなカフェインがない代用コーヒーの他に、コーヒーからカフェインを抜くデカフェ(ディカフェ、カフェインレス、カフェインフリーなどとも呼ばれる)という方法もまた開発されました。

デカフェ(Decaf)とはコーヒーの生豆に含まれているカフェイン成分を除去する方法のことです。デカフェの方法は有機溶剤を使う方法、水を使う方法、二酸化炭素を使う方法の3つがあります。すべての方法で共通して、生豆を湿らせてカフェインを可溶性にし、適切な温度、通常は70℃から100℃の範囲でカフェイン除去します。

有機溶剤(Chemical process)

デカフェは、1903年にルートヴィッヒ・ロゼリウス(Ludwig Roselius)が有毒性のある炭化水素であるベンゼン(Benzene)を使用した方法を開発したのが最初です。その後、1906年にロゼリウスはドイツのブレーメンでKaffe HAG(Caffe Hag)を創立します。これは現在でも有名なデカフェコーヒー会社であり、オランダのコーヒー会社である「ヤコブ・ダウ・エグバーツ(Jacobs Douwe Egberts(JDE))」の傘下にあります。現在でも、有機溶剤によるカフェイン抽出法はありますが、コーヒーの味や風味が失われやすく、健康への悪影響も懸念されるため、日本ではこの方法でカフェイン抜きがされたコーヒーの販売は禁止されています。

現在のデカフェはこの方法と比べるとはるかに優しい方法が取られています。

水抽出法(Water method, Water process)

水抽出は水によるカフェイン抽出法で、生豆からカフェインを除去する溶媒として水を使用します。スイスウォーター社(Swiss Water® )によって知られる方法で、1941年に開発されました。

この方法は水によってカフェインを含む水溶性成分を一旦すべて取り除き、有機溶剤によって水からカフェインを取り除いた後、カフェイン以外の水溶性成分を含んだ水に再びコーヒー豆を戻す方法です。有機溶剤がコーヒー豆に触れることがないため、安全性が高いと考えられています。カフェインの94-96%が除去できます。

超臨界二酸化炭素抽出法(Supercritical carbon dioxide decaffeination)

超臨界二酸化炭素抽出法は、二酸化炭素の超臨界流体を加え、溶解度の差を利用してカフェインの抽出を行う方法です。

大気圧の約250〜300倍の高圧容器にあらかじめ湿らせた生豆を床に敷き、二酸化炭素を循環させます。この高圧の状態で、二酸化炭素は溶剤としての有用性を高める「超臨界状態」になります。  超臨界状態の二酸化炭素は液体に近い密度と気体に近い粘性と拡散率を持っています。二酸化炭素は比較的低い圧力臨界点を有しているため、カフェインを96-98%と高い割合で安全に除去できます。

これは有機溶剤を使用した方法や水を使用した方法に比べて、味や風味を損なうことなく最も安全にカフェインを除去できる方法ですが、高度な技術で資本コストがかかるため、スターバックスやドトールのような大手コーヒー会社で採用されています。

まとめ

カフェインの発見から反コーヒー運動、そしてエナジードリンクの「高カフェイン」とデカフェの「反カフェイン」までの流れを簡単にまとめました。カフェインの脳や体を活性化する作用は、健康志向の人には自然に反するものであると考えられ、それが「悪」であるように映るというのが一貫しています。逆に、資本主義社会で戦うを志向する人にとっては、カフェインによっていかに自分の脳と体を刺激するかが求められています。これらの二極化が、現在に至る「高カフェイン」と「反カフェイン」の両極を生んでいます。

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