帰山人の珈琲遊戯:エルサルバドル サンタリタ農園 ブルボン

帰山人の珈琲遊戯のエルサルバドル サンタリタ農園 ブルボンです。帰山人の珈琲遊戯とは、鳥目散帰山人氏という有名なコーヒー愛好家のホームページで、そのホームページでは様々な「お遊び」のコーヒーが公開されています。帰山人氏が焙煎した豆は中川正志氏のフレーバーコーヒーで少量販売されています。帰山人氏が中川氏のフレーバーコーヒーに最初に訪れたのは1992年のことで、それ以来の付き合いになると思います。

エルサルバドル サンタリタ農園 ブルボン

エルサルバドル

エルサルバドル(El Salvador)は中米に位置する共和制国家です。北西にグァテマラ、北と東にホンジュラスと国境を接しており、南に太平洋が面していて、中米では大西洋岸を持たない唯一の国です。

エルサルバドルは「救世主」と言う意味で、単にサルバドルと呼ばれることもあります。エルサルバドルは総面積21,040.79平方kmとパナマ、ベリーズを含む中米7か国の中で最も小さい面積のなかに、火山が20以上もある火山国です。エルサルバドルは中米の日本と呼ばれるほど火山と温泉が多く、火山灰の土壌と水質は栄養分豊富でコーヒー栽培には適した環境です。標高600m以上の高原が大半を占めているため、熱帯性気候にもかかわらず内陸部は温暖な気候です。

首都はサンサルバドル(San Salvador)です。標高600m-900mのなだらかな傾斜地で、低所得者層は旧市街(セントロ地区)住んでおり、治安が悪いです。高所得者層は標高の高いところに住んでいます。

エルサルバドルはかつては一大コーヒー生産大国で、国立コーヒー研究所(Instituto Salvadoreño de Investigaciones del Cafe、略称ISIC)という当時ブラジル、コロンビアの研究所と並ぶ世界屈指のコーヒーの研究所がありました。コーヒーハンターとして知られるホセ・川島良彰氏が唯一の研究生として留学していた研究所です。

エルサルバドルはかつては世界4位の生産量を誇るコーヒー大国でしたが、内戦、さび病の流行を経て衰退してしまいました。コーヒー大国としての復活の望まれる国の一つです。

エルサルバドルのコーヒーの歴史については以下の記事を参照してください。

サンタ・リタ農園

ホセ・アントニオ・サラヴェリア氏、Nordic Approachより

エルサルバドル サンタ・リタ農園(Finca Santa Rita)は、エルサルバドル南西部ソンソナテ(Sonsonate)県フアユア(Juayua)、サンタ・アナ火山(Santa Ana Volcano)の麓に位置する農園です。農園の標高は1,400-1,750mの高地に位置しています。

農園主は第五代目のホセ・アントニオ・サラヴェリア・(シニア)氏(Jose Antonio Salaverria(Senior))で、第六代目の二人の息子、アンドレス・サラヴェリア氏(Andres Salaverria)とホセ・アントニオ・サラヴェリア氏(Jose Antonio Salaverria)とともに農園を運営しています。

サラヴェリア家の祖先はアワチャパン(Huachapan)でコーヒー生産を始めました。1970年にホセ・アントニオ・シニア氏は彼の父から家を譲り受けますが、彼は家よりもコーヒー農園が欲しいと申し出ました。アントニオ・シニア氏はロス・ノガレス農園(Finca Los Nogales)を譲り受け、この農園は現在もサラヴェリア家の経営する農園の一つです。

サラヴェリア家の所有農園は、すべてサンタ・アナ火山(Santa Ana Volcano)周辺に位置しています。サラヴェリア家のコーヒーは、サンタ・リタ(Santa Rita)、サン・フランシスコ(San Francisco)、エル・モリーノ(El Molino)という3つの主要な生産地域によって、いくつかのブランドに分けられていました。エル・モリーノのミルは、80年以上前に、農園は100年以上前に購入されました。サン・フランシスコには2002年頃から、サンタ・リタには2005年頃から複合施設を持っています。

これらの3つの主要栽培地域は、古くに購入された農園と、過去数十年の間に受け継いだり購入された新しい農園から成り立っています。2011年からは高品質のコーヒー生産のために、コーヒーをロットごとに細かく分けることを始めました。

エルサルバドルはコーヒーさび病菌(Coffee Leaf Rust)で大きな被害を受けましたが、サラヴェリア家は農園の再生のために有機肥料を使用しています。

品種

品種はブルボン(Bourbon)です。ブルボンはティピカと並ぶアラビカ種の代表的な品種です。ティピカよりも若干生産性の高い品種で、小粒の豆ですが密度が高く、身が引き締まっています。香り高く、ほのかな甘味のある品種です。1700年代初頭にフランスの宣教師がイエメンからブルボン島(現在のレユニオン島)に持ち込んで栽培されたのが、その名前の由来です。1800年代半ばから、宣教師たちがアフリカと南アメリカ大陸に持ち込み、世界のコーヒー生産各地に広がりました。

サンタ・リタ農園で栽培されている品種は、ブルボンやブルボン・エリテ種(Bourbon Elite)、パーカス種(Pacas)、パカマラ種(Pacamara)など、すべてブルボン系統の品種です。

エルサルバドルには伝統的なブルボンが残っています。さび病などの病害虫がコーヒー生産に打撃を与えることがわかると、コーヒー生産国では耐性のある品種改良を進めていきました。しかしエルサルバドルでは、内戦の影響で研究所が閉鎖され品種改良ができず、他のコーヒー生産国とも断絶し新しい品種が伝わって来ることもありませんでした。エルサルバドルは内戦によってコーヒー産業が衰退しましたが、伝統的なブルボンが生き残ることになりました。

現在のエルサルバドルでは、伝統的なブルボンを栽培している農園が多くあります。

精製方法

サラヴェリア家の所有農園で生産されるコーヒーは、すべてベネフィチオ・ラス・クルセス(Beneficio Las Cruses)という精製所に持ち込まれ、精製されます。彼らは1990年にこの精製所を購入しました。

ベネフィチオ・ラス・クルセスに持ち込まれたコーヒーチェリーは、「ホタガロ(Jotagallo)」というエコパルパーでパルピング(果肉除去)されます。

この帰山人の珈琲遊戯のエルサルバドル サンタリタ農園 ブルボンは、ウォッシュト(Washed、湿式)で精製され、その後天日乾燥したロットです。

帰山人氏によると、このロットは深煎りにするとコクのあるチョコレートフレーバーが生ずるそうです。

帰山人氏による商品紹介、「週刊フレーバー・帰山人のイベント報告会」 flavorcoffeeフレーバー放送局2019年11月20日より

帰山人の珈琲遊戯のエルサルバドル サンタリタ農園 ブルボン

香って甘い。凍って甘い。深くて甘い。

同じサンタリタ農園100%による3つ、

エルサルバドル、あまさのバトル。

香って「サク ニクテ」 100g

凍って「フローズン S」 100g

深くて「エク チュア」 100g

すべて甘くて、それぞれに甘い。

フレーバー 通販ページより

3つとも、エルサルバドル サンタリタ農園の同じロットですが、帰山人氏による独自の処理により、それぞれ違って甘いコーヒーになっています。

コーヒーの甘味/甘さについて

旦部幸博氏によると、「コーヒーの甘味/甘さ」は基本的にフラノン類から生まれる「(風味としての)甘さ」であるそうです。

このフラノン類もバニリン同様、味覚としての「甘味」を持たない成分で、口中香として鼻に抜ける甘い香りが共感覚(115頁)を生み出し、総合的な風味としての「甘さ」を感じさせるのです。フラノン類は中煎り付近をピークに、深煎りになるにつれて減少していきますが、実際の甘さの変化に合致します。

 ただしコーヒーの甘味/甘さは、浅〜中煎りのときだけのものではないようです。日本の昔ながらの深煎りネルドリップ派の間でも「良いコーヒーには甘みがある」と言われてきました。実際、私も丁寧にドリップした深煎りコーヒーに甘味のようなものを感じたことは一度や二度ではありません。

旦部幸博(2016)『コーヒーの科学 「おいしさ」はどこで生まれるのか』,講談社 ブルーバックス,p150.

「日本の昔ながらの深煎りネルドリップ派」の帰山人氏のコーヒーは、丁寧にネルドリップすると深煎りの苦味の奥に、じんわりとした甘味のようなものを感じます。帰山人氏と大坊勝次氏の新造用語、「ニガマ(Nigama)」の味です。

◎用語の提起

【ニガマ】(Nigama)

   コーヒーの苦味と甘味が同時に感じられること。

   または、苦味と甘味が融和して感じられる状態やその度合を示す。

【サナマ】(Sanama)

   コーヒーの酸味と甘味が同時に感じられること。

   または、酸味と甘味が融和して感じられる状態やその度合を示す。

 

 ※抽出されたコーヒー液を味わう時に、「苦味と甘味」「酸味と甘味」を

  各々一体的に捉え、その融和している味覚の状態や度合を表現する。

  日本珈琲狂会(CLCJ)内の新造用語として提起する。

「ニガマとサナマ」,帰山人の珈琲漫考 2010年3月16日エントリー

「深煎りコーヒーに甘味のようなもの」と感じることはあっても、説明に難しいそうです。

「サナマ」についてはまぁ、糖類が甘味物質ということでも一応の説明が付かないことはないのだけど、「ニガマ」については説明しづらい。ニガマについて説明するには、単糖類とは別の「甘味物質」の存在を仮定する必要があり、今のところ、その候補と呼べるものはないだろう、という。

「ニガマとサナマ」,帰山人の珈琲漫考 2010年3月16日エントリー,旦部氏のコメント

これは2010年時点でのコメントです。旦部氏が「コーヒーの甘味/甘さ」の一番説得力のある仮説としてあげたのが「香りと味の相互作用」です。

ただ個人的に、現時点で一番説得力がありそうだと考えてるのが「香りと味の相互作用」仮説。コーヒーの香り物質には"sweetish"と表現されるものが幾つかあるのですが、甘い香りをかぎながら飲むと、味の方も実際に「甘く」感じるのではないか(=味覚受容体にindependentな作用)という仮説です。甘い香り成分にはいくつかのグループがあり、それぞれ焙煎で生じるタイミングには少し「ずれ」があることが判ってるので、これが微妙な「甘さのタイプ」まで決定しうるのではないか、ということ。また、甘い香りを嗅ぐと苦味の閾値が上がる(苦味を弱く感じる)ということについては、一応(コーヒー以外の分野で)論文が出てること、あたりを考えると、そこそこ有力な仮説だと考えていいのではなかろうか、と考えてます。

「ニガマとサナマ」,帰山人の珈琲漫考 2010年3月16日エントリー,旦部氏のコメント

この「コーヒーの甘味/甘さ」に関する説明は、後に2016年の『コーヒーの科学 「おいしさ」はどこで生まれるのか』の「コーヒーの甘さ?〜フラノン類〜」にまとめられています。

*ちなみに、百珈苑にも帰山人の珈琲漫考のコメントにも「フラノン類」という言葉は出てきません。

帰山人の珈琲漫考の「ニガマとサナマ」では、コメント欄で帰山人氏と旦部氏による「コーヒーの甘味/甘さ」に関するやりとりがあるので、参照してみてください。

また「コーヒーの甘味/甘さ」については、旦部幸博氏の『コーヒーの科学 「おいしさ」はどこで生まれるのか』の他に、百珈苑の「コーヒーの甘味」、「コーヒーの甘味の謎」、「コーヒーの甘味成分候補」、「焙煎と甘味成分」を参照してください。

帰山人の珈琲遊戯のサク ニクテ 、フローズン S、エク チュア

左 サク ニクテ 、中央 フローズン S、右 エク チュア

サク ニクテ

エルサルバドル産のラム酒の風味を

エルサルバドル産のコーヒーに添加

した中深煎りフレイヴァードコーヒー。

「サク ニクテ」(SAK-NIKTÉ)は「白い花」を意味するマヤ語です。

シウァタン蒸留所のエルサルバドル産ラム酒限定品「ニクテ」を

サンタリタ農園のエルサルバドル産コーヒー生豆に含浸させて

香りも味わいも甘いハイブリッドコーヒー(?)に仕立てました。

ラム酒「ニクテ」のジャスミンのような甘い香りが、サンタリタの

ショコラ系の味わいに乗って、世界唯一のコーヒーになりました。

フレーバー 通販ページより

ロン・シワタン・ニクテについて

ニクテ、ロン ホームページより

サク ニクテは「ロン・シワタン・ニクテ(Ron Cihuatán Nikté)」というエルサルバドルのラム酒に含浸させたコーヒーです。ロン・シワタンという蒸留所の限定版ラム酒です。ニクテは「ケイ・ニクテ(Kay Nikté)」というマヤの花の祭典へのオマージュです。この祭典は三日月の下、マヤの月の女神に神聖な花弁の海を捧げます。ニクテは年間に世界限定17,914本製造されます。

ニクテは、ナワト語(Nawat、学術的にはピピル語(Pipil))で「サク・ニクテ (Sac Nicté)」という夜に咲く白い花に触発されたラム酒です("Sac"は「白」を意味します)。この花は一晩だけ咲き、夜明けには萎れてしまいます。短い間咲くこの花は、生の蜂蜜とジャスミンの魅惑的な香りを放ちます。

ニクテはサク ニクテのジャスミンのようなフレーバーを持っています。また、ココナッツの花、バラの花、ランブータン、野生のオーキッド、ピンクのコショウの実、ナツメグの味わいがあるエキゾチックなラム酒です。

生豆と焙煎の仕立て

【生豆と焙煎の仕立て】

エルサルバドル共和国 ソンソナテ県 フアユア地区

 サンタリタ農園 ブルボン サンドライ ウォッシュト(湿式精製) 100%

エルサルバドル共和国 サンサルバドル県 

 シウァタン蒸留所 ラム 特別限定 ニクテ 含浸

原料のコーヒー生豆を手選別で精選後、シウァタンのラム酒を

低温低減圧下で48時間かけて含浸させてから焙煎しました。

直火の手廻し釜で火力一定の「一本焼き」、焙煎時間21分20秒。

ラム酒の甘い香りが立つ、やや深めの中深煎りに仕立てました。

フレーバー 通販ページより

ニクテの甘い香りがかなり強く感じられます。

ジャスミンやオーキッド、チャンパカのようなエキゾチックで甘く、アルコール感のあるフレーバーが印象的です。チョコレートのようなボディが甘い香りを引き立てています。少し時間を置くと、このコーヒー本来のダークチョコレートフレーバーが感じられるようになってきます。

一度開封すると、ニクテの風味は2日〜3日で抜けてしまいます。

フローズン S

なぜ珈琲に甘みは与えられたのか?

エルサルバドルのサンタリタ農園

100%の深煎りスペシャルティです。

冷凍保存処理した特別限定品。

珈琲豆「フローズン S」は、その名の通りに冷凍保存処理

(Freeze-Preservation Processing)した独自の生豆を

使用しています。「S」は、エル「サ」ルバドルのSであり、

「サ」ンタリタ農園のSであり、「ス」ペシャルティのSです。

「なぜ、エルサに力は与えられたのか」は知りませんが、

「なぜ、コーヒーに甘みは与えられたのか」については、

この深い焙煎度合いでダークチョコレートのような香味が

生ずるロットの生豆に、さらに冷凍保存処理をしてから

焙煎したからという回答になります。凍って甘いのです。

フレーバー 通販ページより

冷凍保存処理

このフローズン Sは、帰山人氏が約25日間「冷凍保存処理(Freeze-Preservation Processing)」した生豆を、そのまま焙煎機に入れて焙煎したコーヒーです。

帰山人氏によると、このフローズン Sが甘いのは「この深い焙煎度合いでダークチョコレートのような香味が生ずるロットの生豆に、さらに冷凍保存処理をしてから焙煎したから」だそうです。

しかし、何故生豆を冷凍保存処理してから深い焙煎度合いで焙煎すると甘味が生じるのかは謎です。

帰山人氏が冷凍保存処理したコーヒーに、「しみころ」があります。このコーヒーも、甘味のあるコーヒーだったそうです。

生豆と焙煎の仕立て

【生豆と焙煎の仕立て】

エルサルバドル共和国 ソンソナテ県 フアユア地区

 サンタリタ農園 ブルボン サンドライ ウォッシュト(湿式精製) 100%

原料のコーヒー生豆を手選別で精選後、25日間、冷凍保存処理

(Freeze-Preservation Processing)した生豆を凍ったまま

手廻し釜に投入、直火で22分15秒「一本焼き」して仕上げました。

冷凍処理でしか味わえない独特の甘みをゆったりと味わってください。

フレーバー 通販ページより

ダークチョコレートのような奥深く控えめな甘味と濃厚なボディが印象的です。香り付けをしないカカオ含有量70%のハイカカオチョコレートのような味わいです。

冷凍保存処理したフローズン Sは、普通のコーヒーとは違って、味が抑えられているような印象を受けます。不思議な味わいのコーヒーです。

エク チュア

エルサルバドルのサンタリタ農園

100%の深煎りスペシャルティです。

大坊焼き(?)にした特別限定品。

「エク チュア」(EK-CHUAH)は「黒い戦神」を意味するマヤ語です。

「エク チュア」は、カカオやチョコレートの神としても崇められます。

今般に使用したサンタリタ農園のエルサルバドル産コーヒー生豆

のロットは、深い焙煎度合いではダークチョコレートのような香味が

生じます。これをコク深くも爽やかに苦くて甘い珈琲豆に仕立てる

ために、「一本焼き」を封じて、徐々に火力を下げる「大坊焼き」の

長時間低温焙煎で深煎りに仕上げました。

フレーバー 通販ページより

帰山人氏の焙煎と大坊氏の焙煎

帰山人氏の一本焼き,flavorcoffeeフレーバー放送局 2015年7月22日より

帰山人氏の焙煎は「一本焼き」と名付けた焙煎です。パンチングメッシュの手回しの焙煎機で、最初から最後まで火力調整を一切せず、そのまま焼き上げる方法です。

私、鳥目散帰山人の焙煎は、特徴があるようです。原則として、焙煎の工程で火力を一切動かしません。主に使っている手廻し釜は、覆いもなく排気装置もなく計器もありません。ほぼ一定の火力で燃えている炎の上に生豆をかざして、焙り焼きをしているだけです。それでも、物によって時によって、気温や湿度によって、一釜ごとに二度と同じ工程にはなりません。一定に決める火加減、焙煎中の手廻しの回転速度、焼き上がりのタイミング…これを調整するだけで私には精一杯です。「一本焼き」と名付けました。この焙煎の手法を他人に強要するつもりもありませんが、どんな焙煎機を使用した場合でも「一本焼き」を基準に考えるのが、私の珈琲の焙煎に対する考え方です。

「焙煎のこと」,帰山人の珈琲遊戯ホームページより

帰山人氏は火加減、焙煎中の手廻しの回転速度、焼き上がりのタイミング等をできるだけ「一定」に決めて焙煎します(上の動画では火力が弱目のため、普段の帰山人氏の焙煎よりも時間のかかった焙煎になっています:焙煎時間32分10秒、帰山人氏の通常の焙煎時間は約21分〜23分)。

大坊氏の焙煎,1955discoveryより

大坊氏の焙煎は弱い火力で長時間焙煎を行います。帰山人氏のすべての条件を「一定」に揃えた焙煎に対して、大坊氏の焙煎は焙煎中に火加減を調整し、手廻しの回転速度も焼き上がりのタイミングも一定ではありません。

大坊氏は釜を廻すスピードを意識したことはないようですが、動画で見る限り、帰山人氏はゆっくりと廻し、大坊氏は比較的速く廻しています。帰山人氏の手回しの焙煎機にはベアリングがあり、大坊氏の手回しの焙煎機にはベアリングがなく、代わりに紙を用いているそうです。

森光:(略)大坊さんは、手で廻すスピードは、一定?

大坊:考えたこともないです。

大坊勝次 森光宗男(2018)『珈琲屋』.新潮社,p125

帰山人氏の焙煎機は、「東明茶館」の約1kg容量の直火式焙煎機に倣った富士珈琲機械製作所特注の手回し焙煎機です。

その1週前の1995年1月10日には、開業して間もないコーヒー店を訪ねた。出色のコーヒーを飲ませる稀代の迷店(?)となる「東明茶館」(都築直行)である。この当時に、私が自宅で焼いていたコーヒーは、手網による直火焙煎(最大約400g投入)が最も多かった。「東明茶館」が使用する焙煎機を見た‘その時’、私は「あっ!」と喫驚の声を上げた。手網をそのまま釜型にしたような、私が理想とする極めて簡素な構造の約1kg容量の直火式焙煎機だったから。後日、この「東明茶館」の焙煎機に倣って、パンチングメッシュの釜部はそのままに電動モーターを止めて手廻しにした仕様を、同じ富士珈琲機械製作所(寺本一彦)へ特注をした。この特製の手廻し釜の焙煎機を私が入手したのは、1996年2月26日である。だが、震災が発した頃の私には、「東明茶館」の釜が垂涎の的だった。

「地界の殺戮」,帰山人の珈琲漫考,2015年1月17日

大坊氏の焙煎機もまた、富士珈琲機械製作所特注の焙煎機です。

「大坊」の手廻し焙煎器は、フジローヤルの前身である東京目黒の富士珈琲機械製作所の寺本一彦さんに特注した1キロ釜。

大坊勝次 森光宗男(2018)『珈琲屋』.新潮社,p108

私は小さな手廻しロースターで焙煎しています。普通のガス台に乗せて廻しているだけです・温度計は勿論付いていませんし、ダンバーというものもありません。火力を調整する摘み一つが全てです。開店当初、五〇〇g用の手廻しロースターを使いました。これはサンプルロースターと呼ばれており、豆の具合を調べるために使われていたものです。富士珈琲機械製作所の寺本さんが作っていたものです。さすがに小さ過ぎるので、一kg用のものを寺本さんに注文して作ってもらいました。

大坊勝次(2014)『大坊珈琲店』,誠文堂新光社.p26

帰山人氏は焙煎機にスプーン(さし)を出し入れして豆の様子を見ることもありません、見かけの色で焙煎の進行を判断しないそうです。それに対して、大坊氏は焙煎の早い段階からスプーン(さし)で豆の様子を見ていて、見かけの色が焙煎の進行を判断する重要なポイントとなります。

 コーヒーの味は、焙煎によって作られます。私は手廻しロースターで焙煎していました。ガス台の上で釜をカラカラと回す。ガスの炎を調節する。これだけです。

 時間と共に煙の勢いが変わってきますので、ガスの強さを変えます。豆の色も変わってきますので、ガスの強さを変えます。焼き進むにつれて刻々と豆の色は変わります。それはもう緑色から黒に近いこげ茶色まで、考えてみれば驚くほど変わります。私の焙煎は「色を見ること」と言ってしまっていいと思います。

大坊勝次(2019)『大坊珈琲店のマニュアル』,誠文堂新光社.p42

このエク チュアは、帰山人氏が大坊氏の焙煎手法に近い焙煎で焙煎したコーヒーです。大坊氏は酸味が<0>になる深煎りのポイントに<7>という数字を置いています(この<7>という数字に特に意味があるわけではありません)。ここから焙煎をさらに踏み込むと甘みが生じるそうです。

 どうしてそこまで深煎りにするかといいますと、7のポイントのあたりで、甘みが生じるからです。私の焙煎はこの甘みを引き出すための焙煎なのです。しかしここまで深煎りにすると、苦みが出てきます。深煎りによる苦みは、7のポイントあたりから増してきて、7.10のあたりから急に増えます。(中略)

 しかし、7.00から7.10と一歩踏み込んで焙煎していくところに、より濃厚な甘みが発生するのです。

大坊勝次(2019)『大坊珈琲店のマニュアル』,誠文堂新光社.p48

大坊氏のこの深煎りネルドリップによる甘みは、確かに感じられるもののその正体はよくわからないようです。

 以前、この「深煎りの甘さ/甘味」を皆で確認してみようという集まりが、2013年に惜しまれながら閉店した表参道のネルドリップの名店、大坊珈琲店で催されたことがあります。10名ほどの小さな集まりでしたが、参加者は全員、マスターの大坊氏が焙煎、抽出したコーヒーに甘さを感じると答えました。私もその中の一人ですが、馴染みのある甘さが舌の奥でじんわり、しかしはっきりと感じられたのを覚えています。ただ、あのとき感じた甘さの正体がいったい何かわかりません。

旦部幸博(2016)『コーヒーの科学 「おいしさ」はどこで生まれるのか』,講談社 ブルーバックス,p150.

この深煎りネルドリップで生じる甘さは、フラノン類やバニリンの成分で説明することは難しいそうです。

2013年の大坊珈琲店での集まりには、帰山人氏も参加しています。

2013年の大坊珈琲店での集まりについて語っている様子、flavorcoffeeフレーバー放送局2016年2月24日

生豆と焙煎の仕立て

【生豆と焙煎の仕立て】

エルサルバドル共和国 ソンソナテ県 フアユア地区

 サンタリタ農園 ブルボン サンドライ ウォッシュト(湿式精製) 100%

直火の手廻し釜で焙煎時間28分50秒。この珈琲豆は「一本焼き」では

ありません。焙煎開始から17分40秒、19分40秒、23分10秒、24分20秒で

徐々に火力を低減させていきました。大坊勝次氏の焙煎手法に近い

長時間焙煎でしか味わえない独特の甘みをゆったりと味わってください。

フレーバー 通販ページより

マットな質感の焙煎豆です。

じんわりと、しかしはっきりとした甘味を感じます。カカオ含有量50%程度のビターチョコレートのような味わいです。甘味が焙煎によって引き立っています。

ブレンド

サク ニクテとフローズン Sを1対1でブレンドすると、甘さ控えめ、ハイカカオチョコレートにニクテで香り付けした高級チョコレートのような味わいになります。

サク ニクテとエク チュアを1対1でブレンドすると、程よい甘さの、ビターチョコレートにニクテで香り付けした高級チョコレートのような味わいになります。

サク ニクテとフローズン Sとエク チュアを1対1対1でブレンドすると、ニクテがほんのり香るダークチョコレートのようなブレンドコーヒーの味わいです。

<参考>

旦部幸博(2016)『コーヒーの科学 「おいしさ」はどこで生まれるのか』,講談社ブルーバックス.

大坊勝次(2014)『大坊珈琲店』,誠文堂新光社.

大坊勝次(2019)『大坊珈琲店のマニュアル』,誠文堂新光社.

大坊勝次 森光宗男(2018)『珈琲屋』.新潮社,

「Santa Rita #1 - Coffee」,Cropster Hub<https://hub.cropster.com/store/listings/6608>2019年12月9日アクセス.

「Ron de El Salvador Cihuatán」, Cihuatan rum<http://www.cihuatanrum.com/nikte/>2019年12月9日アクセス.

Twitterでフォローしよう

おすすめの記事