パナマコーヒー躍進の立役者:カサ・ルイス株式会社とベルリナ農園
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ディアス家とベルリナ農園

セグンド・ディアス氏の記念硬貨、Panama Tokens Fichas de Panamá pbより

ベルリナ農園(La Berlina Estate)は、1900年代初頭セグンド・ディアス(Segundo Diaz)氏によって設立されました。彼は1900年代初頭の分離主義者の反乱を鎮めるためにパナマに派遣されたコロンビアの兵士でした。

シモン・ボリバルの統一国家構想であったグラン・コロンビア(Gran Colombia)は、1831年に最終的に分裂しますが、パナマが分離されたのは1903年のことです。

パナマはグラン・コロンビアから分離された後、パナマのコロンビア人は故郷に戻るか、好条件でパナマに定住するか、選択肢を与えられました。

ディアス氏は、風光明媚なボケテ地区(Boquete)とボケテの女の子に恋をしたために、パナマに留まることにしました。そして、彼は山の高い場所でコーヒー農園を始めることに決めました。

彼はコーヒー農園を始めるために当時の熱帯雨林でコーヒーノキの種子を探し、彼は野生の状態で成長していたコーヒーノキを見つけました。

「なぜそこにコーヒーノキがあったのか?」それはコーヒーチェリーを食べて、あちこちに種を落とす「ヨザル(Jujuna 、学名:Aotus trivirgatus)」のためであった、とディアス氏の子孫は考えています。

この品種は、現在もベルリナ農園で栽培されているティピカ(Typica)です。

ディアス家は、1920年代初頭に水車で動く小さなサトウキビの製糖所を建設し、とうもろこし畑、鶏、豚を備えた「完全に持続可能な農園」を建設しました。

この水車は、コーヒーの精製所のエネルギー源にもなりました。パーチメントコーヒーは、屋根裏部屋で保管され、日光で加熱された屋根が作り出す乾燥した状態を利用していました。コーヒーの収穫作業はディアス家の子供たちによって行われ、やがて近所の人やンガベ族(Ngäbe)の先住民族によって支えられるようになりました。

1930年代初頭まで、ベルリナ農園は高品質のコーヒーを生産する農園として知られていました。しかし、農園は家族の結婚によって、より多くの子供たちと新しいメンバーが含まれるようになり、大家族を支えるのに十分な農作物を生産することができず、ディアス氏の息子であるドン・マヌエル(Don Manuel)氏は、農家を売却せざるを得なくなりました。

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カサ・ルイス株式会社の歴史

ベルリナ農園は、1997年にルイス家(Ruiz Family)のカサ・ルイス株式会社(Casa Ruiz, S.A. )に買い取られました。農園は現在も、ディアス氏によってボケテ地区に植えられたコーヒーの栽培を引き継いでいます。

カサ・ルイス株式会社(Casa Ruiz, S.A. )は、1979年にルイス‐アラウス一族(Ruiz-Araúz)によって創業されました。この会社は、プリニオ・ルイス・ゴンザレス(Plinio A. Ruiz González)氏とその妻のエリサ・アウロラ・アラウス・デ・ルイス(Elisa Aurora Araúz de Ruiz)女史が、1969年から家族経営していたコーヒー農園・生産業が成長するのに伴い作られました。

プリニオ氏は、1922年にボケテ地区のコーヒー農園の第2代目として生まれました。彼の母は1世紀前にコーヒー農園で生まれ育った人でした。彼女の父親であるドン・フェリペ・ゴンサレス(Don Felipe González)は、1888年から1889年に現在ベルリナ農園のあるボケテ地区のオルタケ(Horqueta)でコーヒー農園を始めた人でした。

プリニオ氏も母と同様、幼いころからコーヒーノキの知識を学び、木製の小さな湿式精選所で経験を積みました。この精製所はボケテ地区のハラミージョ・アリバ(Jaramillo Arriba)にあり、1日に400ポンドのコーヒーを処理できました。

当時は大不況のただなかにあり、コー ヒー生産はこの10人からなる大家族にとってはあまりいい商売ではありませんでした。そのため、一家は主に花の栽培を中心に行い、コーヒー生産は副収入を得るための手段となりました。

小学校を卒業した後、プリニオ氏はグアテマラで教会セミナーに入ったものの、経済的な理由により1年でやめ、ボケテに戻ってきました。その後は、両親の農園で働きながら地元の教会の活動に参加した後、高地野菜や花の生産に力を入れました。コーヒー生産が一家の主要生産になるのは約20年も後のことになります。

プリニオ氏の妻、エリサ・アウロラ・アラウス・デ・ルイス女史は、1935年に8人兄弟の長女としてボケテの近くのドレガ(Dolega)で生まれました。小学生のときに親戚のいるボケテに引っ越し、小学校を卒業した後、フェリックス・オリバレス・コントレアス高等学校(スペイン語:Colegio Félix Olivares Contreras)で小学校教師の免許を取得しました。

彼女は一時教師として働いた後、プリニオ氏と1957年11月に結婚して4人の子供をもうけ、その後は主婦としてだけでなく、夫のコーヒー農園の管理も手伝いました。子供たちが大きくなってからは、教師として復職し、また夫の小さなオフィスで経理を担当しました。1960年代後半になると、野菜や花だけでなくコーヒーの売れ行きもよくなり、生活が安定してくるようになりました。

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カサ・ルイス株式会社とパナマ スペシャルティコーヒーの誕生

1970年、ボケテ一帯で洪水が発生しました。洪水の後、交通手段が途絶え、ルイス家は一時期安全のため引越しせざるを得なくなりました。

2年間厳しい状況が続いた後、一家の農園はコーヒー生産が中心になり、プリニオ氏は焙煎会社と連携し国外へのコーヒー豆の輸出を始め、1970年代には海外でも名が知られるようになりました。これがきっかけで一家の事業は成長し続け、現在のカサ・ルイス株式会社の誕生につながり、1980年代には年に1から2台のコンテナ輸出のみだったのが、今ではスペシャルティコーヒーを世界中に輸出するまでに成長しました。

1997年、この時代に起きた第二次コーヒー危機により、カサ・ルイス株式会社はベルリナ農園を買収する機会を得ました。彼らは、ホルケタ(Horqueta)のマイクロロット、特にティピカは、素晴らしいカップを生み出しており、コーヒーだけでなく地域も素晴らしいことをすでに知っていたため、投資価値があると判断しました。

1997年、ニューオーリンズで開催されたアメリカスペシャルティコーヒー協会(Specialty Coffee Association of America(SCAA))のテイスト・オブ・ザ・ハーベスト(Taste of The Harvest)で、ベルリナ農園はパナマコーヒーの代表として第1位に選ばれました。

1999年、フィラデルフィアで行われたカンファレンスで、ベルリナ農園はパナマの特定地域の最高のコーヒーとして認定されました。

2000年2月、パナマスペシャルティコーヒー協会(Specialty Coffee Association of Panama(SCAP))のカッピングイベントで、ベルリナ農園は第1位に選ばれました。

2000年6月には、ケネス・デーヴィス(Kenneth Davis)氏の「コーヒー・レビュー(CoffeeReview)」のカッピングパネルでも第1位に選ばれました。

ベルリナ農園は、エスメラルダ農園とともにパナマを代表する農園にまで成長しました。ルイス家は、幾多の自然災害や経済危機を乗り越え、約100年に渡ってコーヒー文化を受け継ぎ、コーヒー事業とコミュニティを維持し成長させてきました。

その代表者プリニオ・ルイス氏は、2012年8月から2014年10月まで、パナマスペシャルティコーヒー協会の会長を努めました。

そして2014年11月、彼はパナマのスペシャルティコーヒーの生産を促進する目的で設立された「K & Rスペシャルティコーヒー(K & R Specialty Coffee)」の創業者の1人となりました。

受賞歴

パナマスペシャルティコーヒー協会は1990年代の初頭に組織されました。

パナマスペシャルティコーヒー協会は、その設立当初からアメリカスペシャルティコーヒー協会と結びつきが強く、2つの協会は協力して、消費国と生産国の間の関係の強化を推進しました。

また、パナマスペシャルティコーヒー協会はコンサルティング会社と協力して、パナマ産コーヒーの認知度を向上させました。当時、パナマ産のコーヒーはあまりよく知られておらず、その多くは国内で消費されていました。

パナマスペシャルティコーヒー協会はコンサルティング会社とともに、コーヒーのコンペティションを開催するというアイディアを思いつきました。そして1996年に、コーヒー生産者が自ら組織したベスト・オブ・パナマ(Best of Panama (BoP) )が始まることになりました(当時はパナマスペシャルティコーヒー協会のカッピング ・コンペティション(Cupping competition)と呼ばれており、パナマ産のコーヒーが当時どのように評価されていたかは、ケネス・デーヴィス氏の2000年7月1日の記事、「パナマの受賞者たち(PRIZE-WINNING PANAMAS)」を参照できます」。

ベルリナ農園のコーヒーは、パナマのスペシャルティコーヒーの黎明期に最も高く評価されていたコーヒーです。

ベルリナ農園は、1997年、1998年、1999年の初期のベスト・オブ・パナマで、3年連続優勝の快挙を成し遂げました。

カサ・ルイス株式会社の所有農園の受賞歴は以下の通りです。

International & National Award Winning Coffee

La Berlina Estate

Best of Panama 1997 – 1st Place
Best of Panama 1998 – 1st Place
Best of Panama 1999 – 1st Place
SCAA-US Cupping Pavilion 2000 – 1st Place
(Limited Quantity Available)

International Award Winning Coffee

La Berlina Orgánico

Third Party Organic Certified Coffee
Paris Gourmet Food Show 2004 – 1st Place
Paris Gourmet Food Show 2005 – 3rd Place
Paris Gourmet Food Show 2006 – 2nd Place

National Award Winning Coffee
Maunier Estate
Best of Panama 2005 – 10 finalists
Best of Panama 2006 – 10 finalists
Best of Panama 2007 – 20 finalists

International Award Winning Coffee

Panamaria

Restaurant Coffee Competition – 1st Place
Amsterdam, the Netherlands - 2002
National Barista Competition Coffee
Amsterdam, the Netherlands- 2006
(Limited Quantity Available)

ベルリナ農園については、カフェバッハ の「コーヒー産地紀行・パナマ・ボケテ」(月刊カフェ&レストラン2011年9月号)に詳しいです。

パナマ ベルリナ農園のコーヒーについては、以下の記事を参照してください。

http://real-coffee.net/caferanban-panama-berlina-estate

<参考>

Cafe Ruiz<https://www.caferuiz-boquete.com/>

RUIZ COFFEE<http://www.ruizcoffee.com/>

カサ・ルイス株式会社 - Casa Ruiz SA<https://www.casaruiz-panama.com/pdf07/CaruhJ.pdf>

Index of /c2pdf07 - Casa Ruiz, S.A<https://www.caferuiz-boquete.com/c2pdf07/>

Facts about Casa Ruiz, S.A<https://www.caferuiz-boquete.com/c2pdf07/C12Facts.pdf>

CCAAFFÉÉRRUUIIZZ ® by Casa Ruiz, S.A. <https://www.caferuiz-boquete.com/c2pdf07/Awards.pdf>

Specialty Coffee From Panama La Berlina Estate<https://www.yumpu.com/es/document/view/21906973/specialty-coffee-from-panama-la-berlina-estate>

「CASA RUIZ, S.A.」,Specialty Coffee Association of Panama<http://scap-panama.com/2017/04/04/casaruiz/>

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