松屋コーヒー本店と帰山人の珈琲遊戯 エチオピア・モカ レケンプティです。
松屋コーヒー本店は、1909年創業の愛知県名古屋市中区に本社のある老舗のコーヒー会社です。昭和30年代に開発された、松屋式ドリップ法でも有名です。現会長は3代目の松下 和義(まつした・かずよし)氏です。
帰山人の珈琲遊戯は、2017年に始まった鳥目散 帰山人氏による焙煎豆販売です。
エチオピア・モカ レケンプティ
エチオピア
エチオピア(Ethiopia)は東アフリカに位置する内陸国です。北をエリトリア、東をソマリア、南をケニア、北西をスーダン、北東をジプチに囲まれています。首都はアディス・アベバです。エチオピアは200以上の言語を話す70以上の民族グループを持っています。
エチオピアはナイル一帯の高原地帯に位置している、面積113万平方キロメートル以上のアフリカ最大の国の1つです。エチオピアには海抜マイナス100mをきるアファール盆地(Afar Depression)があるダナキル砂漠(Danakil Desert)と、海抜約4,600mのエチオピアの最高峰、ラス・ダシャン山(Ras Dashan)までの険しい地形が広がっています。
エチオピアはグレート・リフト・バレー(Great Rift Valley、大地溝帯)の入り口にあたり、北東の紅海から南西に向かって国土を半分に割るようにグレート・リフト・バレーが貫いています。グレート・リフト・バレーの西と東で、コーヒーノキのタイプに違いが見られます。東側のコーヒーノキは人工的に栽培されたものがほとんどで、自生のコーヒーノキは見られません。西側には自生のコーヒーノキがみられます。
モカ
「モカ(Mokha、Mocha Coffee)」は、コーヒーのブランド名です。
この「モカ」という名前は、イエメンの紅海に面した西海岸の港町「モカ」から由来しています。「モカ」というブランド名の冠するコーヒーには、イエメン南西部サナア州(Sana'a Governorate)バニー・マタル(マタリ)(Bani Matar District)地区で生産される「モカ・マタリ(Mokha Mattari)」に代表されるイエメン産、エチオピア東部ハラリ州(Harari Region)で生産される「モカ・ハラー(Mokha Harrar)」に代表されるエチオピア産の2つがあります。
「モカ」の特徴は、「モカ・フレーバー」と呼ばれる独特の発酵臭です。また、コーヒー豆の形や大きさも不揃いで、最高グレードでも欠点豆が多いのが特徴です。
イエメン・モカはイエメン・モカは、ワイン、スパイス、ナッツ、フルーツのような複雑なフレーバーを特徴としています。それに対してエチオピア・モカは、フローラルでフルーティーな甘く明るいフレーバーと独特の酸味を特徴にしています。
オロミア州
エチオピア・モカ レケンプティは、オロミア州(Oromia Region)ウェレガ地方(Welega Zone)で生産されるコーヒーのブランド名です。
エチオピアでは、1995年に憲法改正があり、「エチオピア連邦民主共和国憲法(The Constitution of the Federal Democratic Republic of Ethiopia)」が施行されました。ここからエチオピアは「諸民族」の民族自治による連邦制へと移行しました。
このエチオピア連邦民主共和国憲法のもとで、「諸民族」の民族自治の理念に合わせて、1995年に行政区画の変更がありました。エチオピアの行政区画は「州(Region または Regional state)」、「地方(Zone)」、「群(Woreda)」の順に区分されることになり、さらに郡の下に行政区画の最小単位として「住民自治組織(Kebele)」が置かれることになりました。
オロミア州は、オロモ民族(Oromo People)が多数を占める地域として編成されました。
オロミア州の州都は、エチオピアの首都でもあるアディス・アベバです。州都は2000年にアディス・アベバからアダマ(Adama)へ変更されましたが、大きな論争となり、政府は2005年に州都をアディス・アベバへ戻すことを余儀なくされました。
エチオピアのコーヒー生産は、主にエチオピア南西部と南東部のオロミア地方と南部諸民族州(SNNPR)(Southern Nations, Nationalities, and Peoples' Region)に集中しており、エチオピア・コーヒーの95%がこれらの地域で生産されます。
なかでもオロミア州は、エチオピアコーヒーの約50%を生産するエチオピア最大のコーヒー生産地域です。
エチオピアのコーヒーは栽培の仕方によって、ガーデン・コーヒー(Garden Coffee)、 フォレスト・コーヒー(Forest Coffee)、セミ・フォレスト・コーヒー(Semi-Forest Coffee)、プランテーション・コーヒー(Plantation Coffee)の4つのタイプに分けることができます。
オロミア地方と南部諸民族州で生産されるコーヒーのほとんどが、小規模生産者によって栽培されるガーデン・コーヒーです。
オロミアコーヒー生産者協同組合連合
エチオピアでは、2008年に設立された「エチオピア商品取引所(ECX)(Ethiopia Commodity Exchange)」によって、コーヒーの取引が一元化されました。しかし、協同組合で生産されたコーヒーは、エチオピア商品取引所を経由することを逃れており、買い手と直接取引が可能です。
オロミア州には、1999年に設立された「オロミアコーヒー生産者協同組合連合(OCFCU)(Oromia Coffee Farmers Cooperative Union)」という大きな協同組合があります。この協同組合は、アディス・アベバの工業地帯に大きな精製所と品質管理センターを持っています。
レケンプティ
レケンプティ(Lekempti)は、エチオピア西南部のウェレガ地方(Welega Zone)で生産されるコーヒーのブランドです。レケンプティはネケムテ(Nekempte)で取引されるため、別名「ネケンプティ(Nekempti)」としても知られています。
エチオピア西南部には、リム(Limu)、ジンマ(Jimma)(または、Djmmah)、ボンガ(Bonga)などのコーヒー生産地域があります。フォレスト・コーヒーの盛んな地域です。
ウェレガ地方は、1995年の憲法改正による行政区画の変更で、ウェレガ州(Welega Province)が分割されて生まれた地方です。ウェレガ地方は、別名「ウォレガ地方(Wollega Zone)」とも呼ばれます。
ウェレガ州は、ベニシャングル・グムズ州(Benishangul-Gumuz Region)のアソサ地方(Asosa Zone)、カマシ地方(Kamashi Zone)、オロミア州の東ウェレガ地方(East Welega Zone)、西ウェレガ地方(West Welega Zone)、ケラム・ウェレガ地方(Kelam Welega Zone)、イルバボール地方(Illubabor Zone)に分割されました。
東ウェレガ地方は、別名「ミスラック・ウェレガ地方(Misraq Welega Zone)」とも呼ばれます。また、西ウェレガ地方は、別名「ミラブ・ウェレガ地方(Mirab Welega Zone)」とも呼ばれます。
レケンプティには、東ウェレガ地方、西ウェレガ地方のジンビ群(Gimbi Woreda)、ケラム・ウェレガ地方で生産されるコーヒーが含まれます。
ウェレガ地方は、エチオピア西南部の高原地帯で、エチオピア北部や東部の乾燥地帯よりも降雨量が豊富です。
ウェレガ地方には、エチオピアの最大の部族であるオロモ族が住んでいます。オロモ族の大半は農家で、主に農業、畜牛、コーヒーが主な収入源です。
コーヒー・ロード
ネケムテ(Nekempte)からジンビまでを結ぶ道路は、「コーヒー・ロード(Coffee Road)」と呼ばれています。
コーヒー・ロードは、世界銀行(The World Bank)による1963年の「第三次高速道路計画(Third Highway Program )」の第一段階として、ウェレガとアディス・アベバ、および紅海をつなぐために計画された道路でした。
コーヒー・ロードは、1964年から1968年にかけて、イタリアの2つの会社による合併事業として建設されました。
精製方法
レケンプティは、元々エチオピア西部で生産されるナチュラル精製のコーヒーでした。
2008年に、ビル&メリンダ・ゲイツ財団(Bill and Melinda Gates Foundation)とテクノサーブ(TechnoServe)によって、「コーヒー・イニシアチブ(Coffee Initiative)」というプロジェクトが立ち上げられました。このプロジェクトの支援を受けて建設されたウォッシング・ステーションから、ウォッシュト精製のコーヒーが供給されることが期待されます。
味
レケンプティは、大粒豆で、「モカ・フレーバー」と呼ばれる独特の強い発酵臭が特徴です。モカ特有の独特の酸味とコクを持つコーヒーです。
松屋式ドリップ法
松屋コーヒー本店は、昭和30年代に松屋式ドリップ法という抽出法を編み出しました。
松屋式ドリップ法とは、安定した味が出しやすくコーヒーの旨味成分だけを抽出し、時間が経っても味が劣化しない独自の抽出法です。中部地区の多くのカフェや喫茶店でも支持されています。
「松屋式ドリップ」,株式会社 松屋コーヒー本店 ホームページより
松屋式では、コーヒーを粗挽きにします。
松屋式では、粉が動かず、すべての粉から均一においしい成分だけが抽出されます。また、雑味やえぐみが出る以前に抽出を止めるため、非常にクリーンな味に仕上がります。
松屋コーヒー本店では、松屋式ドリップ専用のオリジナル金枠とペーパーフィルターが販売されています。
松屋式と透過式抽出法
帰山人氏によると、松屋式は透過式抽出法としては、最も理に適っている抽出法とのことです。
松屋式は、(松屋式の流派?の方々は決してこんな風に説きませんが)私個人としては以下の捉え方もできると思う。例えば、ミュンヒ田中氏や海豚家清田氏や王田珈琲王田氏のような、いわゆる‘エキス取り’に近い抽出プロセスを前提に、それを短時間に簡便化したのが松屋式である、と。最初に滴り落ちる一滴まで数十分もかける時間はないので、松屋式では最初の一湯で浸透させてしまう。ネルドリップの‘エキス取り’では湯の浸透(=ガスとの置換)過程と、次の過程のエキスの洗い落としを繋げてもよいが(つまり一刀淹て)、松屋式では一気に注湯するので浸透と置換を待つ時間が3分以上は必要。その後の二湯目はエキスの洗い落としを目的にゆっくりと連続して注湯し続ける、と。すなわち、点滴・連珠・糸引き系のゆっくりネルドリップを、浸透・置換過程と洗い落とし過程に分断して、ペーパー仕様に簡便化したのが、松屋式である、と。私が「透過法として松屋式は理に適っている」と捉えている理由でもある。
「再発見の逆襲」のコメント欄,帰山人の珈琲漫考 2015年11月17日.
松屋コーヒー本店と松下家のコーヒー店
松下 和義氏と鳥目散 帰山人氏は、コーヒー友人です。
その帰山人氏によると、松下家のコーヒー店は、「松屋コーヒー本店(英語表記では、MATSUYA COFFEE)」までが社名と屋号で、「松屋コーヒー本店」は、名古屋市中区大須にある本店に相当する店(その店は「万松寺店」として知られています)を指しているわけではないそうです。そして、この「松屋コーヒー本店」から暖簾分けした「松屋コーヒー」が、「松屋コーヒー本店」とは別経営の会社としてあります。
「松屋コーヒー(「松屋コーヒー本店」ではない)」には、「松屋コーヒー分店」、「千種松屋コーヒー」、「松屋コーヒー部」、「松屋コーヒー店」が別にあり、「松屋コーヒー部」は現在「ゴルピーコーヒー(GOLPIE COFFEE)」の名前で知られています。
松屋コーヒー本店 モカ・レケンプティ
「モカ・レケンプティ」は、「松屋コーヒー本店」で購入したコーヒーです。
豆の持つ本来の酸味と苦味のバランスとモカという銘柄にしかない独特の香り
松屋コーヒー本店 ホームページより
「モカフレーバー」を最大限に引き出し、コーヒーに奥行きを持たせています。
味
モカ特有の発酵臭がはっきりと感じられるコーヒーです。フレーバーは「モカ・フレーバー」しか感じられないほど強く、モカ特有の酸味があります。
帰山人の珈琲遊戯 俺がレケンプティ
エチオピアがイエメンと並んで(いわゆる)「モカ」の
産地であるのは昔からです。帝政時代が終焉した
1974年、その頃にエチオピアのコーヒー産地として
日本のコーヒー業界で有名ブランドを3つ挙げれば、
「ハラー」と「シダモ」そして「レケンプティ」(略称レケ)
でした。しかし、その後にエチオピアが内戦虐殺と
社会主義軍事政権の時代を経るうちに、レケの
ブランドは低品質の代名詞かのように凋落しました。
レケンプティ(Lekempti またはネケムテ Nekemte)は、
旧のウォレガ(Wollega またはウェレガ Welega)州の
州都の名として冠されたブランドでしたが、現在の
連邦民主共和国となった1995年の新行政区分では、
広大なオロミア州の一部分とされてしまいました。
その後、コーヒーの消費国は、イルガチェフェだの
グジだのと細分化された地域をスペシャルティ化と
して崇めるばかりです。伝統産地「レケンプティ」は
忘れられてしまった…いや、「珈琲遊戯」は違う!確かに、レケンプティ名のコーヒー生豆は品質が
安定せず、他産地に比して強烈な発酵臭が少ない
傾向にありますが、今般に見出したロットは、
ハラーに負けないほどロングベリーを多数含んだ、
これこそが「アビシニアンモカ」というものでした。
発酵臭がほとんどしない、けれどもスパイシーな
甘酸っぱい香りがあります。鋭く強い酸味はない、
けれども油脂分のある濃厚なコクが味わえます。これぞ、ウォレガ(俺が)レケンプティ(Lekempti)だ!
フレーバー通販ページより
そう主張するコーヒー…まぁ飲んでみてください。
【生豆と焙煎の仕立て】
エチオピア連邦民主共和国 ウォレガ地区
フレーバー通販ページより
レケンプティ G4 在来種(?)
ナチュラル(乾式精製) 100%
直火の手廻し釜で火力一定の「一本焼き」、
焙煎時間19分35秒で浅めの中深煎りの仕立て。
香りに発酵性のクセがほとんど感じられない分、
フワリ清純な甘酸っぱさを充分に感じられます。
けれども味はトロンと濃厚な油脂分を感じます。
これこそがアビシニアモカです、ご笑味ください。
帰山人の珈琲遊戯のなかでは浅めの焙煎で、ロングベリーやピーベリーが混在しています。
味
こってりとした厚みのあるコクと甘さと酸味、クリーンな味わいが基調にあり、その上に、ほのかにモカのクセのあるフレーバー、わずかにスパイシーさが感じられます。松屋式で淹れると、甘さとクリーンさの引き立つ味わいになり、とても合っています。
これが「発酵臭のない、ロングベリーの香味」のようです。
黒砂糖入りのモカ・コーヒー
アラビアンモカにアビシニアンモカ、ムニールモカにハラールモカ、保登(ほと)モカに吉城(よしき)モカ…モカにもいろいろあるが、「おもかさま」こと吉田モカ(旧姓:菅原/1875-1953)こそが史上‘最狂’のモカである。
「おもかさま」,帰山人の珈琲漫考 2018年2月18日.
「おもかさま」は、石牟礼道子の『椿の海の記』に登場する盲目の狂女です。
石牟礼道子は「文化というものは、野蛮さの仮面にすぎないことも多くある」と言い、帰山人氏は「珈琲の文化というものはすべてが《野蛮さの仮面にすぎないこと》」と言いました。
お楽しみいただけましたか? 《美食を言いたてるものではないと思う。考えてみると、人間ほどの悪食はいない。食生活にかぎらず、文化というものは、野蛮さの仮面にすぎないことも多くある。》(『食べごしらえ おままごと』 ドメス出版 1994)と石牟礼道子は言いたてました。でも、珈琲の文化というものはすべてが《野蛮さの仮面にすぎないこと》ですし、そこに子どもか大人かは関係ありません。夏休みも珈琲に生きるだけです。
「子ども珈琲電話相談 4」,帰山人の珈琲漫考 2019年8月1日.
アクスムの民間伝承によれば、エチオピアの最初の王は龍でした。ゲブゲボ(Gebgebo)というエチオピア北部に住む人物が、この龍を捉え、斧で頭を割りました。そして、龍の頭から遊り出た血から「テフ」(Eragrostis abyssinica Schrad.)という穀物が生じました。
西洋の竜はつねに、太古の混沌の表象であり、打ち倒されるべく定められたネガティブな存在である。いわゆる四大文明のように治水を文化の根底にしている人類は、その開始の起源神話に父権的神格の竜退治の神話を置いている。ウガリット神話はバアルのリヴァイアサン退治を、ゲルマン神話はジークフリートの竜退治を、そもそもヨーロッパの起源を語るエウローぺーの略奪譚はカドモスのボイオティアの竜退治を語っている。西洋の竜は、文明化に抗う野蛮と混沌の「象徴」である。
臼井隆一郎(2014)『苦海浄土』論〔同態復讐法の彼方〕,藤原書店.p.224.
「テフ(Tef)」は、アムハラ語で「見失う」という意味の、非常に小さな穀物です。文明化によって「見失った」野蛮と混沌を、過去に忘れたものを取りに行くには、アビシニア・モカこそふさわしいコーヒーです。
それでも、《過去に忘れたものを取りに行け》という若松英輔の言葉に同感の思いを強くして、《たんに甘いだけじゃない》黒砂糖入りのモカコーヒーを飲みながら狂った資本主義社会への復讐を私は画策する。「おもかさま」の如く、いつの日かわれ狂うべし。
「おもかさま」,帰山人の珈琲漫考 2018年2月18日.
「砂糖の甘いコーヒーは温かい」、しかし、「たんに甘いだけじゃない」黒砂糖入りのモカ・コーヒーは、冷たくすると夏に合うコーヒーです。
長谷川利行(1891-1940)は、「砂糖の甘いコーヒーは温かい」と言い、「アルコールは芸術である」とも言った(「鶏のやうな感想」/『みづゑ』三三八 1933)。さて、コーヒーは芸術であるのか否か?
「珈琲どんとせい」,帰山人の珈琲漫考 2018年8月10日.
<参考>
「粗考:モカ」,百珈苑BLOG<https://coffee-tambe.hatenadiary.org/entries/2010/05/24>