ヒロコーヒー:エクアドル ガラパゴス諸島 サンタ・クルス島 サンタ・クルス農園 ブルボン

ヒロコーヒーのエクアドル ガラパゴス諸島 サンタ・クルス島 サンタ・クルス農園 ブルボンです。ヒロコーヒーは、1977年創業の大阪吹田市に本社のあるコーヒー会社です。大阪、兵庫に直営店舗があります。

エクアドル ガラパゴス諸島 サンタ・クルス島 サンタ・クルス農園 ブルボン

エクアドル

エクアドル(Ecuador)は南米西部の国です。北にコロンビア、東と南にペルーと国境を接し、西は太平洋に面しています。エクアドル本土から西に約900-1,000km離れた位置に、大西洋に浮かぶエクアドル領土のガラパゴス諸島(Islas Galápagos)があります。一般的にはあまり知られていませんが、ガラパゴスでもコーヒーが栽培されています。

エクアドルと言う国名は「赤道」を意味しており、首都のキト(Quito)標高2850m付近の中央の高地に赤道が通っていることがその名の由来です。南北約1,000kmにわたって走るアンデス山脈によってその国土を海岸地方のラ・コスタ(La Costa)、中央アンデス地方のラ・シエラ(La Sierra)、東部熱帯低地のエル・オリエンテ(El Oriente)という3つの気候区に分けられます。

エクアドルは1822年にコロンビアの一部としてスペインから独立し、1830年にコロンビアからも独立しています。しかし、長い植民地時代を経たため、現在先住民の人口は7%程度に過ぎません。わずかに採掘できる石油とバナナ、カカオ、コーヒーなどの農産物が産業の中心です。

エクアドルはアンデス山脈の険しい地形によってそれぞれの地方が隔てられているため、それぞれの都市の独立心が強い国です。エクアドルの独立後、ラ・シエラの人口が集中し、植民地行政の中心地で首都となるキトではメスティーソ(スペイン語:Mestizo、白人とラテンアメリカ先住民の混血の人々)が力を持っていました。他方で、エクアドルの独立で主導権を握ったクリオーリョ(スペイン語:Criollo、スペイン領植民地で、スペイン人を親に持つ現地生まれの人々)はカカオの輸出で力をつけたラ・コスタの主要な港で最大の新興都市グアヤキル(Guayaquil)で富裕層を形成していました。二つの都市の間に対立があったため、どちらの名前でもない「エクアドル」が国の名前として選ばれました。

エクアドルのコーヒー生産

エクアドルにコーヒーが導入されたのは19世紀半ばのことです。最初にコーヒーが植えられたのはマナビ州(Manabi Province)です。エクアドルはカカオの生産で有名で、1920年代後半にカカオが病気に侵されるまでは、コーヒ生産は大きな産業ではありませんでした。

エクアドルの経済は主に石油に依存しており、経済に対して農業の占める割合は、他のコーヒー生産国のようには大きくありません。またエクアドルでは、コーヒーの生産量よりも輸入量のほうが多く、国内のソリュブルコーヒー(Soluble-Coffee、インスタントコーヒー)の需要を満たすために、ベトナムから安価なロブスタ種を多く輸入しています。

エクアドルの隣国のコロンビアやペルーは高品質なコーヒーの生産国として知られていますが、現在エクアドルで生産されているコーヒーの多くはロブスタ種です。高品質なスペシャルティコーヒーの生産国としてはこれからに期待されます。

エクアドルで生産されるアラビカ種コーヒーの有名産地には、南部のロハ州(Loja Province)の他に西部の太平洋に面したマナビ州(Manabi Province)があります。マナビ州はエクアドルのコーヒーの約50%を生産する有名産地で、年間降雨量が安定しており、コーヒー栽培に適した環境です。

マナビ州で生産されるコーヒーには、日本珈琲貿易株式会社のブランドのグレート・マウンテン(Great Mountain)があります。品種はティピカ、ブルボン、カツーラで、標高1,200m以上で生産されています。また、マナビ州カスコル地区(Cascol)で生産されるアンデス・マウンテン(Andes Mountain)があります。品種はティピカやカツーラなどで、標高340m-2,000mにある85軒の契約農家が生産しています。

ガラパゴス諸島とコーヒー生産

ガラパゴス諸島(Galápagos Islands)は、エクアドル本土から西に約900-1,000km離れた位置にある大西洋に浮かぶ諸島です。ガラパゴス諸島とその周辺の水域は、エクアドルのガラパゴス県(Galápagos Province)、ガラパゴス国立公園(Galápagos National Park)、ガラパゴス海洋保護区(Galápagos Marine Reserve)を形成しています。

ガラパゴス諸島はスペイン語で「ゾウガメの島」という意味です。正式名称は「コロンブスの群島」を意味する「コロン諸島(スペイン語: Archipiélago de Colón)」です。現在、ガラパゴスの123の島々に名前が付いています。

ガラパゴス諸島は赤道直下に位置していますが、冷たいペルー海流(Peru Current、またはフンボルト海流(Humboldt current))の影響を受けるため、気温と水温は低くなります。また、クロムウェル深層流(Cromwell current)が豊かな栄養と冷たい風を運んできます。

そして、北と南から吹く貿易風がペルー海流とクロムウェル海流に影響を与えるため、様々に影響を与え合う気候と海流が、多様性豊かな環境を生み出します。

ガラパゴス諸島はナスカプレートにあるホットスポット上にできた、大小多くの火山の島々です。ナスカプレートは東南東方向に年5㎝の速度で移動しているので、東のサン・クリストバル島(Chatham Island)と南東のエスパニョラ島(Hood Island)は古く500~600 万年前の火山活動で出来た古い諸島で、西に位置するフェルナンディナ島(Narborough Island)やイサベラ島(Albemarle Island)は6~30万年前の火山活動でできた新しい諸島です。現在も火山活動は続いています。これらの島々の英名はスペイン語名とは異なっています。

コーヒー生産

ガラパゴス諸島でコーヒーが栽培されていることはあまり知られていません。ガラパゴス諸島のコーヒーは、サン・クリストバル島の239ヘクタール、サンタ・クルス島の210ヘクタール、イサベラ島の35ヘクタールで栽培されています。ガラパゴス諸島のほとんどは国立公園で保護されており、 ユネスコ(UNESCO)によって世界遺産に指定されているため、農業と開発が許されているのはガラパゴス諸島全体の2%だけです。

ガラパゴス諸島は法律により一切の化学肥料の使用が禁止されているため、そこで生産されるコーヒーは「米国OCIA認定(Organic Crop Improvement Association)」のオーガニックコーヒーです。

標高は200-400mと低地ですが、独自のマイクロクライメイト(微気候)の影響で、標高1,000m以上に匹敵する環境です。栽培される品種は89%がブルボン、8%がティピカ、3%がカツーラです。ガラパゴス・コーヒーの生産量は少なく、年間3,000-4,000袋の生産量ですが、生産できるコーヒーが法律によって最大で年間5000袋までと決められています。

ガラパゴス諸島のコーヒーは、エクアドルのコーヒー輸出業者である「エクスピゴ(Expigo Corporation)」がすべて管理しています。

ガラパゴス諸島の歴史

ガラパゴス諸島は1535年、パナマからペルーへ向かって出帆したスペイン領パナマ司教フレイ・トマス・デ・ベルランガ(Bishop Father Fray Tomas de Berlanga)が強い風と波に煽られて、偶然漂着したことがきっかけで発見されました。

ガラパゴス諸島の最初に入植者は、アイルランドの船乗りであるパトリック・アトキンス(Patrick Watkins)であると考えられています。彼は1807年にガラパゴス諸島のフロレアナ島(Floreana Island)取り残された人物です。

彼は2年間野生の状態で生活し、2エーカーの小さな土地で野菜を栽培して生活していました。彼はフロレアナ島を通過する船から、彼が育てた野菜とラム酒を交換することでその存在が知られるようになりました。逸話によると、彼はフロレアナ島にいる間は、ラム酒でつねに酔っぱらった状態であったようです。

パトリック・アトキンスについてはあまり多くのことが知られていません。太平洋を航海したデヴィッド・ポーター船長(Captain David Porter)の記録に、彼についての記述があります。

「私が彼について受けた説明から、この男の外観は、想像できる限り最も恐ろしいものであった;ボロボロの服、彼の裸体を覆う欠乏、そして覆われた害虫;彼の赤い髪とあごひげはもじゃもじゃ、太陽につねに晒され、彼の肌は焦げすぎ、非常に野生的で野蛮な彼のマナーと外観、彼はすべての人を恐怖で襲った。(The appearance of this man, from the accounts I have received of him, was the most dreadful that can be imagined; ragged clothes, scarce sufficient to cover his nakedness, and covered with vermin; his red hair and beard matted, his skin much burnt, from constant exposure to the sun, and so wild and savage in his manner and appearance, that he struck every one with horror.)」

R. D. Madison(2016)"The Essex and the Whale: Melville's Leviathan Library and the Birth of Moby-Dick: Melville’s Leviathan Library and the Birth of Moby-Dick" p.84

1832年にエクアドルが領有を宣言、ホセ・デ・ビジャミル(José de Villamil)が最初の知事になりました。

1835年にはイギリスの著名な自然科学者であるチャールズ・ダーウィン(Charles Darwin)が測量船ビーグル号(HMS Beagle)に乗って来航し、進化論の着想を得た場所です。ガラパゴスは大陸とは隔絶された環境で、天敵となる大型哺乳類が存在しないため、独自の進化を遂げた固有種が多く存在します。ガラパゴス・ゾウガメやガラパゴス・リクイグアナなどが有名です。ベルランガの記録によれば、ガラパゴスの生物は天敵のいない環境のため警戒心がなく、簡単に捉えることができたそうです。

19世紀初頭、ガラパゴス諸島は過酷な環境であると評されていたため、実際に入植する人はほとんどいませんでした。初期の入植者の一部は、1832年にクーデターが失敗した後、政府によって囚人として島に送られたエクアドルの兵士でした。

サン・クリストバル島

ドン・マニュエル・J・コボス

一番左がドン・マニュエル・J・コボス氏, Discovering Galapagosより

ガラパゴス諸島で最初にコーヒーが持ち込まれた島は、サン・クリストバル島(Chatham Island)です。

1866年にドン・マニュエル・J・コボス(Don Manuel J Cobos)がサン・クリストバル島に到着し、島の最初の所有者となります。彼は「エル・プログレソ(El Progreso)」というコロニーを建設します。

エル・プログレソの砂糖精製所、Discovering Galapagosより

サン・クリストバル島は、ガラパゴス初頭最大の島の1つで、安定して新鮮な水を供給できる唯一の島です。サン・クリストバル島は群島において唯一の淡水の供給源である「エル・フンコ(El Junco)」と呼ばれる湖があるため、群島のなかでも最も古い入植地になりました。

コボスはコーヒー農園のために、フランス領ポリネシア(French Polynesia)からブルボンを輸入し、1,000ヘクタールの土地にこれを植えました。この農園は「エル・カフェタル(El Cafetal)」として知られるようになりました。

コボスがサン・クリストバル島に建設した「コボス帝国」は、グアヤキルから移送された囚人を労働力として利用していました。彼らはエクアドル政府によって島での労働を余儀なくされた人たちでした。

コボスは労働者に対して非常に厳しいことで知られていました。コボスの労働者たちは、1904年に彼に反旗を翻し、コボスは彼らに暗殺され、エル・プログレソとエル・カフェタルは長い間に渡って放棄されることになりました。しかし、植民地支配は続き、サン・クリストバル島はガラパゴス政府の所在地であり続けました。

サンタ・クルス島

サンタ・クルス島のすぐ北に位置するバルトラ島(Baltra Island)は、第二次世界大戦中にアメリカ空軍基地として使用されていました。戦後、エクアドル政府は島の領土を回復し、エクアドル本土の市民にガラパゴス諸島への移動を奨励しました。

この時、エクアドルからガラパゴス諸島に移住した、特にエル・オロ県(El Oro)やロハ県(Loja)からの移住者から、ガラパゴス諸島にコーヒーが持ち込まれました。この時代のコーヒー栽培は主に個人消費や地元の取引のためのもので、とても小さな場所で栽培されていただけでした。

ガラパゴス諸島のコーヒー生産が再び復活したのは、「スペシャルティコーヒー」が広まり始めた1990年代のことです。エクアドルのコーヒー輸出業者であるゴンザレス家(Gonzalez Family)が1990年にコボスの「エル・カフェタル」を再建、2000年代にサンタ・クルス島にコーヒー生産を拡大したことから、ガラパゴス諸島のコーヒー生産は本格化しました。

サンタ・クルス農園

このコーヒーは、ガラパゴス諸島サンタ・クルス島(Santa Cruz Island)のサンタ・クルス農園(Santa Cruz Island Estate)で生産されています。

ガラパゴス諸島の島々は地球の歴史から見て非常に新しくできた島々ですが、サンタ・クルス島も約200万年に生まれた若い島です。若い島であるため、土壌に栄養素が豊富に含まれており、良質なコーヒー生産に適した環境であることを意味しています。

この農園は「プロカフェ(Productora de Café Galapagos PROCAFE S.A.)」の所有農園です。この会社は「エクスピゴ(Expigo Corporation)」の子会社です。

プロカフェはガラパゴス諸島コーヒー生産の先駆者です。代表はウィルソン・ゴンザレス・デュシェ(Wilson Gonzalez Duche)氏です。

ゴンザレス氏は1990年にガラパゴス諸島サン・クリストバル島で、コボスの「エル・カフェタル」を発見し土地を取得、農園を再建しました。エル・カフェタル・サン・クリストバル農園の「エル・カフェタル」は、コボスの「エル・カフェタル」からその名前が取られています。

プロカフェはその後、サンタ・クルス島にもコーヒー生産を拡大しました。

サン・クリストバル島のコーヒーについては、以下の記事を参照してください。

品種

品種はアンティーク・ブルボン(古いブルボン)です。

ガラパゴス諸島のブルボンは、これまで品質改良されることなく現在に至っているため、純粋種としての希少価値が極めて高いコーヒーです。

精製方法

精製、Galápagos Coffeeより

精製方法はフリーウォッシュト(Fully Washed、湿式)です。

手摘みで収穫されたコーヒーチェリーはミルに運ばれ、水が張られた巨大なプラスチック製の容器に入れられ、水に沈まず浮かび上がった不良豆を取り除きます。

さらに木製の選別用のテーブルで不良豆を選別した後、パルピング(果肉除去)。先ほどのプラスチック製の容器で10-12時間発酵させます。水洗いし、乾燥させます。

乾燥させた豆はエクアドル本土のグアヤキルに送られます。輸送中の湿度とグアヤキルの気候を考慮して、豆は水分含有量11%まで乾燥させます。

チョコレートのようなボディと甘味が特徴です。酸味、苦味、甘味のバランスのとれたコーヒーです。

ヒロコーヒーのエクアドル ガラパゴス諸島 サンタ・クルス島 サンタ・クルス農園 ブルボン

袋のラッピング
ボトル入り

こちらのレアカップは中煎りにし、チョコレートやナッツのようなフレーバーと重厚なボディをお楽しみいただける仕上げました。

ヒロコーヒー ホームページより

焙煎

焙煎はハイロースト(中煎り)です。

チョコレートのようなボディ甘味が印象的です。酸味、苦味、甘味のバランスが良いコーヒーです。

<参考>

「Early Colonisation」,Discovering Galapagos<https://www.discoveringgalapagos.org.uk/discover/human-history/permanent-settlement/early-colonisation/>




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